大神官長 セバスチャン 談話集(その一)
大神官長 セバスチャン 談話集(その一)
女神システィーナ様のこの地における最初の奇跡は、かの「プレンシブルの井戸」をお示しになられたことでございました。
そもそもこの地において水は命をつないでゆくには十分存在していたとは言い難く、それによって一家離散など悲惨な運命をもたらす契機となっていたところがございました。
システィーナ様より「なにか人々のため、できることはないか」とご下問がございました時に、ふと頭をよぎりましたのはそのことでございます。
「手持ちのデータを解析します。今の状態では全体のごく一部しか使用できませんが、明日にはなんとかご要望に沿える計画を提示できる見込みです。」
卓に向かい白き衣をまとったその気高き姿は、かの折、幾度となく拝見させていただいたもの。……今やその姿を見ることはかなわぬのですが。
そもそも、わたくしと女神様が邂逅いたしましたのは、今や大神殿となりました、セパイトナイズ神殿の元となりました神々の時代からの遺跡でございました。
今では想像もつかぬでしょうが、そのころは神々の時代からの遺跡には、不敬な侵入者を死に至らしめる”呪い”が存在していると信じられており、人々が近づくことなどまれなことであったのです。
幸いなことにわたくしは昔、医療奉仕のための地方遍歴修行の際に地方の老婆から「気休めかもしれんけども」と手作りのお守りをいただき、そのせいもあってかそのような遺跡に立ち寄っても逆に安心して一夜を過ごすことができるようになっておりました。
かの遺跡に立ち寄りましたのも、その夜の宿を借りるため、でございました。
おっと、プレンシブルの井戸でございましたな。
いやいや、歳をとるとつい昔話が長くなる。
その時女神様がお手づからお書きになられました地図は御宝として宝物殿に収められているはずですよ。ええ、お書きになられたのです。お手づから。
御覧になられましたか。人の手によるものとは思えぬほどの美しさでありましょう?
「プリンターがあればもう少し見やすいものができるのですが」
などとよくおっしゃられておられましたが、とても人の手にはまねできるものではありません。あの曲線など、まるで円のものをなぞって書かれたかのように……おっと、また話がそれましたな。
女神自らが書かれた絵図をいただき、己を神官と称しております者が奮い立たないことがありましょうか。
たとえ御自ら「不完全」と申されましてもそれを補うのが神官というものでありましょう。
おそらく神々の時代の知恵を元にお描きになられたものなのでしょう。長い年月の間には地震、水害、噴火などによる様々な変化がございました。
水脈の場所として示された土地には地面を掘り返すこともはや能わぬ場所もあり、いくつか回るだけでも苦労したしました。
正直、女神様の啓示と申しましても、そのころにはどなたも我がシスティーナ様を存じていらっしゃる方はなく、「井戸を掘るだめのお手伝いをお願いしたい」と申しましても誰も手伝っていただけはしませんでした。
もともといました本院で「これも修行である」と様々な課業をいたしました折に井戸掘りの作業がありましたことはまさに神のお導きでございました。
覚悟していたより浅いところで水が出ましたのは、やはりシスティーナ様のお導きでありましたのでしょう。
そのころには近くに住まう方々も女神の威徳に感銘を受け、わたくしは「これこそ女神システィーナのお力」と初の布教を致したましたのです。
まだあの頃は、神殿すらも整えられておらず、わたくしと女神様だけしかおりませなんだ。
……いつか女神様がお戻りになられたとき、わたくしはもはやいないのでありましょうなぁ。
それまでわたしはかの方のことをお話いたしましょう。どうかそれをよく読んで、かの方がお帰りになられたとき、お寂しくないように図ってください。
あの方は、お優しい女神様なのですから。