エピローグ・恭一と伊知恵[1]
学年末試験が終わり、結果が出るまでの宙ぶらりんの一週間は、学生達にとって休みも同様だった。
講義はほとんどなく、次の授業の予習も、割り当てられた演習の範囲も何もない。それでもとりあえず大学には学生の姿がちらほらあった。
サークル活動室は、四年生が去って人影がぐんと減った。
再び顔を出すようになった恭一を、同期たちはもちろん先輩たちも屈託なく受け入れた。
旅研は春休みの企画で盛り上がっていた。
だが、ようやく決まった北海道の流氷ツアーの参加者名簿に恭一の名前はなかった。
「恭一くん、春休みは旅研の旅行には行かないの?」
学食でランチを食べながら、伊知恵に聞かれて恭一はうなづいた。
「うん、春休みは別の予定があるから」
「予定って・・・また三重に帰るとか?」
伊知恵が尋ねると、恭一は伊知恵から目をそらして含みのある言い方をした。
「まあ、新学期、楽しみにしててよ」
そう言う恭一は久しぶりに生き生きした笑顔で、伊知恵がどきっとするほどまっすぐ伊知恵を見つめた。
年度が替わり、新入生の入学式が終わった午後、スーパーの休憩室で一休みしながら携帯電話を見ると、恭一からメールが来ていた。
「今夜、空いてる?バイトだったら何時に終わる?」
六時までスーパーでバイトが入ってる、と返した。
すぐに、六時半に迎えに行くから正門の前で待ってて、と返事が来た。
(迎えに?)
変な言い回しだな、と伊知恵は首をひねったが、休憩時間も終わるので、とりあえず了解の絵文字だけ返信しておいた。
四月に入って、夜もだいぶ過ごしやすくなった。
伊知恵はジーンズの上に紺色のフード付きトレーナーを着て、大学の正門前に立った。
七分咲きの大きな桜の枝が、敷地内から門の外にたわわに垂れ下がっている。
伊知恵は念のためもう一度メール画面を開いた。
すると、傍らに停まっていた軽自動車に軽くクラクションを鳴らされた。
(ここに立ってたら、邪魔なのかしら・・・)
伊知恵が怪訝そうに見ると、運転席から恭一が顔を出した。
そして面食らっている伊知恵に乗って、と声をかけた。
伊知恵が助手席に乗り込むと、車はすぐに走り出した。
「びっくりした。いつの間に車の免許取ったの?」
伊知恵が尋ねると、恭一はにやにやしながら嬉しそうに言った。
「昨日。春休み、教習所の合宿行ってたんだ」
それで、他の予定があるって言っていたんだ。
伊知恵は納得した。
メールの「迎えに行く」の意味も、ようやくわかった。
「車は親父の借り物だけど」
ややぎこちないハンドルさばきの向こうのフロントガラスには、初心者マークが吸盤で留めてある。
「それで、どこへ行くの?」
「こことうちの間ぐらいの多摩川沿いの高台に、夜景のきれいなところがあるって親父に聞いて、そこに」
恭一が少し緊張した面持ちなのは、慣れない運転のせいだけではないようだった。
「・・・つまり、初デートのつもりなんだけど。いい?」
伊知恵は顔がほてった。
それなら、こんないい加減な格好してくるんじゃなかった。化粧だって、ほとんど直しもしていない。
ハンドルを握る恭一の右手に伊知恵が作った初矢川の石のブレスレットを見つけて、伊知恵の胸がとくんと鳴った。




