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6.帰還[5]

 香苗が自宅の自分の部屋で首をつって自殺していたという事実が智志から知らされたのは、香苗の死から一週間以上たってからのことだった。

 身内だけで密葬が行われたらしく、学内に張り出された訃報には「不慮の事故」とだけ記されていた。

 学内の同級生や旅研の有志のメンバーが自宅を訪問しようとしたが、今はまだ気持ちの整理が付かないので、と家族に固辞されてしまった。

 信じられない事実を前に、誰もが宙ぶらりんの気持ちを持てあましていた。

 冷たい雨の降るある夜、正樹の下宿にあのキャンプのメンバーが集まった。

 紅一点になってしまった伊知恵は、終始うつむいて黙りがちだった。

「かなちゃん、いったいどうしちゃったんだろうな」

 弘文がぼそっとつぶやいた。あんなに元気で明るく、誰よりも生きることを謳歌していたような香苗が、なぜ・・・。

「何か、心当たりがあるやついる?」

 智志に問われて、恭一はふとあの写真を思い出した。

 乙橋や伊知恵の祖母がまるで相手にしなかった以上、あれはやはり香苗のいたずらだったに違いない。

 伊知恵の祖母は、これを細工した人間はいずれ良くない目に遭うと言っていなかったか。

 だが、今更どうなるものでもない。あの写真はもうないし、香苗が戻ってくるわけでもない。恭一は口をつぐんだ。

「・・・あの場所って、やっぱり強烈な心霊スポットなんだろうな」

 話はいつのまにかあの事件に変わっていた。

 正樹が眉をひそめてつぶやいた。

「そういう場所って、安易に足を踏み入れちゃいけないって、身に染みたよ」

 弘文がぶるっと肩を震わせた。

「気を紛らそうとしても、楽しく過ごそうとしても、足引っ張る記憶、っていうの?時々ふっと出てきて、心から笑えないし、楽しめない」

「俺だってそうだよ」

「俺だって」

 智志と弘文も口々に言う。

 恭一は今更ながら彼らを巻き込んだことを悔やんだ。

「ごめん、俺が変なこと言い出したから・・・」

「だけどまあ、人助けは出来たよな。それだけが救いだな」

 恭一を気遣うような智志の言葉に、弘文も正樹も深く頷いた。

 そうだ。確かにあの時、一つの幼い命が救われた。それだけは、彼らにとって誇っていいことだった。

 伊知恵は黙ったまま、ずっと考えていた。

 伊知恵に対する香苗の悪意など、世の中にあまたあふれる様々な闇に比べればほとんど害のないものだったし、香苗の中にあったものは伊知恵の中にもあったものだった。

 それなのにどうして、香苗だけが連れて行かれて自分はここに残っているのだろう。

 香苗の魂が未だにおぞましいものに捕らえられたままでいると思うと、伊知恵はいたたまれなかった。

 自分が何をすべきか、わかっている。

 だが、あの双眸に立ち向かう自信が、今の伊知恵にはなかった。

 あらゆる記憶が未だに生々しく、伊知恵の心に暗い影を落としている。

 沙織の魂でさえ呑まれそうになったのだ。自分の力のなさが悔しかった。


 無力感を抱えたまま、日々が過ぎた。

 香苗の死が原因なのか、沙織のことが尾を引いているのかわからないまま、あれ以来、伊知恵と恭一が二人で会うことはなくなっていた。

 せっかく始まりかけていた恋がこのまま立ち消えになるかもしれないという寂しさはあったが、伊知恵自身も香苗の死が重く、とても今恭一と楽しくつきあえるとは思えず、自分からは何も言い出せずにいた。

「そのまんまの自分をよしとして、目の前のことをただ一生懸命にしんさい」

 ヨシノの戒めが頭をよぎる。香苗への罪悪感や、香苗を救いたいという願いは、伊知恵が自分自身を正当化したいと思う欲の一つなのかもしれない。

 ヨシノの言うとおり、伊知恵は香苗への様々な想いを抱えたまま、日々の生活に専念した。

 あまり興味がないが単位のために選んだ苦手なドイツ語や哲学も、丁寧にひもといてみればそれなりに面白かった。

 年末が近づき日増しに忙しくなるアルバイトも、旅研の活動で集めた資料を小冊子にまとめる作業も、時間を惜しまず出来るだけのことをした。


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