3.帰郷[4]
温かい煮込みうどんを祖母に作ってもらって食べてから、恭一はさっそく沙織の墓参りに行くことにした。祖母は最近膝の調子が良くないらしく、午前中に出かけて疲れたと言うので、一人で行くことにした。
家の裏手の崖にしつらえた急な階段をのぼり、しばらく田圃のあぜ道沿いに進むと、こんもり木の茂った丘の斜面が、母の実家の先祖代々の墓だった。こんな風に家から歩いてすぐのところに墓があるのは、恭一には何だかとてもうらやましかった。父方の祖父母の墓は、車や電車で小一時間はかかる広い霊園にあったから、春と秋の彼岸時期と祖父母それぞれの命日の、せいぜい年に四回行けばいいほうだった。墓は墓で隔離されて見知らぬ会社に管理され、生きている者達の普段の生活からは切りはなされていた。都会の生活ではその方が合理的だし、手入れの心配も要らず便利だった。だが、こんなに近くに昔からの素朴な先祖代々の墓があると、ちょっと顔を見に行ってくる、という具合に普段着ですたすた歩いて手をあわせに来れるのだ。ここでは、死者と生きている家族との距離はとても近い。
花は庭に咲いていた小菊を手折って、水はペットボトルに入れて持って来た。恭一は何だか沙織の墓参りではなく、久しぶりに沙織に会いに来たような気がした。姿が見えないだけで、沙織はちゃんとここにいるようだ。数年前に亡くなった祖父も一緒に。
薄暗い中に苔むした墓石が一見無造作に並んでいる。昨日にでも祖母が活けたのだろう、まだみずみずしい鮮やかな黄色い菊は捨てるに忍びず、恭一は無駄な葉を捨てて何とか花入れに持ってきた赤い小菊を一緒に押し込んだ。
(さっきのは、何だったのかな。さあちゃん、何かあるなら言ってくれよ)
そう心の中で念じて、線香をつけて手を合わせる。脇で水路の水の流れる音や梢の向こうで烏が鳴き交わす声と、ずっと遠くの国道を走るバイクのエンジン音が恭一の澄ました耳を訪れた。
そして、はるか上空でかすかにズン、ズズン、と雷鳴らしき音が響いてきた。そういえば、さっきから少し雲が多くなってきた気がする。
もう稲刈りも済んだのに、季節はずれの嵐が来るのだろうか。やがて目を開けた恭一の頬にぽつぽつと雨粒が当たった。
慌てて立ち上がり、墓石の小さな群れに一礼して祖母の家に走って帰った。玄関を入る頃には、だいぶ雨足がしっかりしてきた。玄関で靴を脱いで振り返ったとき、恭一は立ちすくんだ。
乾いたコンクリートのたたきに、ぬれた靴底の跡が、恭一のスニーカーの他にもう一組あった。それは、恭一のものより一回り小さく細い、ヒールの底とつま先部分の跡だった。
恭一は、沙織の気配を静かに、確かに感じていた。
夜。仏間の隣に床をのべて休みながら、恭一は確信していた。
沙織を待っていた。沙織はきっと来る。
けれども横になって布団をかぶると、ゆっくり寄せてくる心地よい眠気が恭一を次第に包んでいった。




