バールの長い一日(2)
広場は魔王の演説に今日一番の盛り上がりを見せている。広場に集まった魔族は手を挙げ歓声を挙げている。
「すごい歓声ですね。」
「魔王は国民の間でも人気があるからね。それにここにいるのは戦争を知らない魔族が大半を占めているからね。人族と争おうという気持ちがない魔族が大半だろう。でも・・・人族に今なお恨みをもつ魔族がいることも事実だ。」
オデットさんがある一点を見つめ、なんとも言えない表情をする。おれもその視線の先を見る。
多くの魔族が魔王様に歓声をあげている中で、口をきゅっと結び、うなだれている魔族がそこにはいた。魔王の政策に納得がいかず、おそらく人族に反感をもつものだろう。彼は人族に大切な人を殺された一人なのかもしれない。
「戦争で大切な人を殺されていれば、人族と仲良くしていこうという気持ちは持ちにくいはずだからね、水に流せと言われてもなかなか流せるものじゃない。これからも問題は山積みだ。」
おれも大切な人を殺された気持ちはよく分かる。10年前おれは大切な家族を殺された。村が焼かれ、傷ついた家族をみたときには、相手を殺したいほど憎む、そんなどす黒い感情に支配されそうになった。
あそこでうなだれている魔族も同じような気持ちを持っているのだろうか。
「バールくんは君の村を焼いた相手を恨んでいるかい?」
オデットさんはおれの村が何者かによって焼かれたことを知っている。そして、最後の力を振りしぼってばーちゃんに助けてもらったことも。ベジタ村での生活に慣れてきたころにすべてを話した。
それ以来、今までおれの気持ちを酌んでか話に出てくることは一切なかった。
「・・・・難しいですね。」
腕を組み、少し考える。
相手を許せないという気持ちはあるが、今は、殺したいほど憎いというわけではない。それはもっとも恨む対象がはっきりとしていないからかもしれない。ただ、傷ついたばーちゃんを目にした時の相手に対して抱く感情は本物だった。
「・・・やった奴のことは間違いなく許しはしませんが、恨んでいるかは・・・分かりません。ただ今はばーちゃんの言葉・・『憎んではいけない』という言葉を守ろうと思っています。」
相手を憎むことで復讐をすれば、それは自分に帰ってくる。復讐は復讐を呼ぶ。だから相手を憎んではいけない。
ばーちゃんが最後に言っていたことだ。この言葉があったからこそ、復讐心にとらわれず、今は村であったことは考えずに畑をいじりながらほのぼのと生きている。
しかし、実際に復讐の相手を見つけてしまったら、おれはどんな気持ちになるのか分からない。
またあの感情が呼び起こされるかもしれない。
その時はその時だ。相手が見つかった時にでも自分の気持ちをどうするのか、ゆっくりと整理しようと思っている。
今は恨みとかそういうことは忘れてやりたいことをして生きていこう。そう畑をいじって。
「バールくんがそう考えていてくれるのなら僕はうれしいよ。」
「村を燃やした相手をみつけて憎むより、おれの野菜を魔族界に広めることの方が重要ですからね。」
「うんうん。そうだな」
何度もうなずくオデットさん。
おれの場合、特に人族に恨みはないが、人族に恨みをもつ者の気持ちをどうしていくか、それは人族と手を取り合おうとしている魔族界の大きな課題になるだろう。
「ともかく、これから人族と魔族がどうなっていくか魔王の手腕に期待ってところですね。」
「意外とバールくんの野菜が魔族と人族をつなぐきっかけになったりしてね。」
「野菜が平和の架け橋になったら、魔王様もこんな苦労してないよっ!!」
ハハッと笑うオデットさんをペちぺちと叩くアンナさん。
いつの間にか魔王は城の奥へ下がり、もふもふしっぽの女が入れ替わって観衆の前に立っていた。
「これより魔王様への謁見を行う!代表者は正門の前までくるように!」
それだけ言うと女も城の奥へと下がっていった。
さぁ、いよいよ魔王に会える時が近づいてきた。おれの胸も高鳴っていく。
オデットさん達に見送られ、正門の前に集まる。
何十人かの人々が集まると兵士が重そうな鉄の扉を開け、城の中へと招き入れてくれた。兵士に連れられて場内をすすむ。城の廊下には高級そうな装飾品は一切なく、質素な雰囲気だった。いくつかの曲がり角を曲がり、部屋の一室に案内された。
「ここでしばらくお待ちください。」
兵士はそう言って立ち去っていった。
案内された部屋は数十人の村人たちが余裕で入れるほどの広さがあった。おれ達のために用意してくれたのか、ソファーや椅子が並べて置いてあり、テーブルの上には飲み物や、軽くつまめるような軽食が置かれていた。
どうしたらいいのかわからず、うろうろする村人たち。それをよそにおれは椅子に座り、ポリポリと軽食をつまんだ。
何か分からないけどこの木の実みたいなやつが美味しい。ほどよい塩味に噛んだ瞬間、木の実特有の香ばしさが口に広がる。やばい、止まらなくなる。
なんの木の実なのだろうか美味しいのでぜひ村で育てられるのなら育てたい。帰りに市場でも行って似たような物を探してみるか。
売っていたとしても育て方は聞けないだろうから色々と試行錯誤する必要がありそうだな。
ポリポリと木の実を食べていると扉が開かれ、女が入ってきた。
魔王様の演説のときにいた女だ。もふもふした大きなしっぽは近くで見ると存在感を増している。このもふもふを触ってみたい。きっととても良いさわり心地だろう。
端正な顔立ちで少し高めの鼻。頭にはこれまたもふもふしたくなるきつねのような耳がついていた。
演説のときにはしていなかったメガネをかけており、一目見ただけで仕事ができるタイプの人だということが分かる。
「みなさん、よくぞいらしてくれました。魔王様には一人ずつ謁見してもらいます。呼ばれた方から順番に部屋の外に出て、兵士の指示に従ってください。呼ばれなかった方はこの部屋で今しばらくお待ちください。部屋にあるものは我々からのささやかなおもてなしです。どうぞご自由に手に取り、この部屋でごくつろぎください。ではまず、リーザス村の方。魔王様がお待ちです。」
呼ばれた人が出ていくと立っていた人たちも席に座り、思い思いに用意されたものをつまみはじめた。
代表者たちがくつろぎはじめたのを見て、女は部屋の入り口近くにあった机に腰掛け、なにやら書類を整理し始めた。
ちなみに用意されたもので一番人気があったのは燻製肉だった。あっという間に用意されたものが無くなり、女が何やら兵士に耳打ちするとすぐにおかわりの燻製肉をもった女中さんがやってきた。
燻製肉はおれも食べて、おいしいとは思ったが、昨日食べたボアバイソン程ではなかった。あれを食べていなければ、この燻製肉に群がる魔族の一員におれもなっていたことだろう。
おれのおすすめの木の実はあまり人気が出ず、ほとんど一人で皿を空にしてしまった。それでも女中さんはおかわりを持ってきてくれた。
人気のものであろうがなかろうが用意されたものがなくなれば、すぐにおかわりを持ってきてくれて大変よいサービスであったと思う。
・・・・・・
さて、次々と代表者達が呼ばれていき、部屋の人口密度が低くなっていく。
どれほどの時間をこの部屋で過ごしたのだろうか。朝、魔王様の演説を聞き、この部屋に入った。とっくにお昼は過ぎており、もうすでに夕方に近い時間になっているはずだ。部屋に残っているのはおれともふもふの女とおっさんの三人。
6つ目の木の実の入った皿を空にすると、お声がかかった
「ハンデンス町の方、お待たせしました。魔王様がお待ちです。」
呼ばれなかった。どうやらおれのベジタ村は最後らしい。
おっさんが部屋から出ていき女とおれの二人っきりの空間になる。女中が7皿目を持ってきたが食べることにも飽きてきたおれはもふもふの女に話かけてみることにした。相変わらず女は書類とにらめっこしている。待っている間も次々と書類は運び込まれており、それを休む間もなく次々と片づけていっていた。
出来る限り笑顔を作ってスマートに話しかける。
「こんにちわ。しっぽをもふもふさせてください。」
女が手を止め顔をあげる。今日この部屋に来て初めて視線が合った。
「しっぽは駄目です。」
「・・・では耳なら?」
「耳も駄目ですね。」
「では、どこのもふもふなら?」
「・・・どこも駄目です。あなたは・・・・ベジタ村のバールさんですね。初めましてわたしは魔王様の補佐を務めさせていただいているチコと申します。」
席を立ちお辞儀をするチコさん。この人は村の代表者の顔と名前を覚えているのだろうか。
くいっとずれたメガネをチコさんがかけなおす。
「ベジタ村と言えば、オデット様はお元気ですか?」
「はい、元気に毎日筋トレをしていますよ。」
「相変わらずのようで安心しました。はぁ、オデット様といいバーボン様といい突然辞めてしまうからずっと私は大忙しですよ。後任もこれまで決まらず、一人でほとんどの仕事をこなしてきて、とくにアンナ様なんて・・・」
ぶつぶつと愚痴をチコさんがこぼしている。アンナさんやバーボンさんの名前まで出ているのでおそらく知り合いなのだろう。
「大変そうですね。」
「そうなんです。大変なんです。猫の手でも借りたいくらいです。」
しっぽがはげしく上下に揺れているどうやら怒っているようだ。いやがおうにもしっぽに目がいってしまう。どうしたらこの人はもふもふさせてくれるのだろうか。
「ところで、オデットさんたちと知り合いのようですが、どのような関係で?」
「わたしとオデット様たちは元同僚です。この魔王城で働いていましたが、仕事をわたしに押しつけるように皆、同時期に辞めてしまいましてね。それからはもうてんてこまいですよ。」
「忙しそうですね。」
「そうなんです。忙しいのです。魔王様もろくに仕事をしてくださらないので困ります。」
「えっ、魔王って仕事をしないんですか。」
演説を行っていた魔王が目に浮かぶ、あの風格だとばりばり仕事をこなしていきそうなタイプだと思ったんだけどなぁ。民のためにいろいろ動いていると聞いていたので驚いた。意外と仕事してないのか魔王。
「今のは失言でした。やるときにはやってくれます。しかし、書類仕事が嫌いなようでそれは全部わたしにまかせっきりですね。そのほかの分野では非常に活躍してくださっていますよ。」
慌ててチコさんが取り繕う。ずれたメガネを再びかけなおす。
大量の仕事を毎日、一人でこなしているようなので、そりゃ上司の愚痴の一つや二つこぼしたくなるよな。忙しそうなチコさんに少し同情する。現に今までずっと書類と格闘していたわけだし。
あまり魔王のことを聞くのも悪いように思えたので話題を変えよう。
「ところでチコさんこの食べ物は何ですか?」
先程まで口にしていた木の実の入った皿を指差す。そしてついでにひとつまみ。ポリポリ。うん、やっぱりうまい。
「それはラッカセイという花の種子を炒って味付けしたものです。お気に召されたようですね。」
「とても美味しいです。これは止まらなくなります。村で育てて食べたいくらいですよ。」ポリポリ
「それならば、ラッカセイの種を持って帰りますか?」
「えっ、いいんですか?」
思いがけないチコさんの提案に喜ぶ。これを村で育てて食べることができたならとても嬉しい。
しかし、露店で忠告されたように作物の作り方をここで聞いてしまっては、トラブルのもとになるのではないだろうか。
「ここでおれにラッカセイの栽培方法を教えては周辺の商人達に文句を言われませんか?」
「その点は大丈夫です。ラッカセイを特産品として力を入れて作っている地域はありません。ベジタ村は帝都に野菜を持ちこんで売ることはありませんし、ここで栽培方法を教えたからと言って文句を言われることはないでしょう。それに人気もありませんしね。お気づきかもしれませんが、ラッカセイを召し上がっているのはこの部屋ではバール様ただ一人でしたよ。」
そういえばラッカセイの皿には誰も手をつけていなかった気がする。こんなに美味しいのにな。ポリポリ。ではチコさんが大丈夫だと太鼓判を押してくれたので遠慮なく種を貰って帰ろう。
「では遠慮なくいただいていきます。」
「はい、お帰りになるときに種と一緒に簡単な栽培方法をお教えいたしますね。」
魔王城に来たことで思わぬ収穫を得ることができた。帰ったらすぐに畑に種をまこう。
「では、バール様。お待たせしました。魔王様がお待ちです。最後なのでわたしがご案内します。」
話しているうちにおれの番がやってきたらしい。チコさんのあとに続いて再び、質素な廊下を歩きだす。
しばらく歩いたあと大きな扉の前に辿り着いた。扉の前には兵士が大根を持って立っている。
大根の完璧な色、つや、輝き。どこからどうみてもおれの作った大根だろう。市場の物とは存在感が違う。
兵士から大根を渡され、それを赤子を抱くようにして持った。
この扉の向こうに魔王がいると思うと少し緊張してきたな。演説の時の姿を見るとなかなか怖そうなおっさんだったけど、おれの大根を食えばどんな人でも心を打ち抜かれるはず、大丈夫だ。おれの大根の魔族界デビューは確実だ。
「魔王様に謁見する前になにかご質問はありますか?」
少し考える。
「最後に一つだけ、・・・・しっぽを触らせてもらっても?」
「駄目です。耳も駄目です。」
きっぱりと断られ、睨まれた。本気で嫌がっている目だ。少し軽蔑のまなざしも入っているかもしれない。人の嫌がることは何度も言うべきではないな。
何はともあれやっと魔王に会える。
目の前にある巨大な扉を開けた。