バールの長い一日(1)
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翌朝
窓から差し込む日の光で目が覚めた。
軽く身なりを整えて、階下へと降りていくともうみんな起きていた。
昨日、床に大量に転がっていた酒樽は片づけられ、初めに宿に入ってきた時よりも床も、テーブルも綺麗な印象を覚えた。
今まで汚かった場所が、綺麗になっていることで、そう見えるだけかもしれないが、テーブルなんかにはキチンとクロスが掛けられており、その上には花瓶に入った花なんかが置いてある。
きのうはなかったはずだ。
アンナさんは何かの書類に目を通し、それに印を押していっている。慣れた手つきで次々と書類をさばいている。早技だ。
バーボンさんはキッチンの奥からいい匂いがしているので朝食の準備をしているのだろう。
オデットさんは椅子に腰かけ、のんびりとお茶をすすっている。
夜遅くまで飲んで騒いでいたというのにこの人たちはぴんぴんしている。
一人を除いては。
副村長は床に仰向けで白目をむきながら寝ていた。口からはだらしなくよだれが垂れていた。
大丈夫なのかこれ?
みんなが放置しているのできっと気にすることはないだろう。
そう思ってオデットさんの正面に座った。そして簡単な朝の挨拶を交わす。
あいさつをするのは気持ちがいい。そしてされるのも気持ちがいい。
店の奥からバーボンさんが出てくるとおれの前に無言でお茶を置き、戻っていった。
「バールくん、いよいよ今日は魔王様への謁見の日だね。緊張しているかい?」
「緊張はあまりしていませんね。むしろ楽しみなくらいです。」
「頼もしいかぎりだ。魔王様に会うのはそれくらいの気分でいいと思うよ。」
そう言ってオデットさんはハハッと笑った。
そう、おれは魔王に会うことが楽しみでここまで来たのだ。正確に言えば魔王に会いおれの作った大根を食べてもらう。そして、大根のうまさに驚愕する魔王の顔が見たいのだ。きっと食べるのを止められない、止められない状態になるだろう。
ひとしきり大根をむしゃぶりついた後、口をぬぐいながら魔王はおれにこう言うのだ
「これほど美味なるものをわれは今まで食べたことがない!!是非ともこの味を魔族界全土の者に知ってもらいたいぞ!!」
そうなれば、こっちのもんだ。またたく間におれの大根の名が魔族界全土に響きわたるだろう。
目指すは野菜界のアイドルだ。
あ、でも今の畑じゃ村の分の大根しか作れないからな。帰ったら畑を拡張しないと。人手もきっと足りなくなるだろう。足りない部分はエリーに任せるとして・・・。
魔族界全体の大根を作るとなるとどれくらいの大きさの畑が必要なのだろう?多くの人に食べてもらいたいからな。調べてみる必要があるな。
ドン、ドン
遠くの方で何かがうち上がる音がした。
「今の音は?」
「祭りを祝う祝砲だよ。魔王軍の魔導士が空に向かって魔法でも上げてるんだろうさ。パーッとね。はーあたしゃ疲れたよ。」
仕事を終えたのかアンナさんが質問に答えながら、どさっと近くにあった椅子にもたれかかる。
そしてすぐさま奥から運ばれてくるお茶。出来る男だバーボンさん。
王都だ、肉だ、野菜だ、魔法だ、なんて喜んではいたものの、結局このお祭りとはそもそも何の祭りなのだろう?一度も聞いたことがなかった。
「そういえば、このお祭りって何のお祭りなんですか?」
「ああ、これは魔王様の誕生日を祝うお祭りだよ。あの人が生れて、今年で何年目だったかねぇ・・・。即位したのは5年くらい前で・・・。細かいことは忘れたよっ!」
「ということは、村や町の人達は魔王の誕生日プレゼントとして、特産品を魔王に献上するってことなのか・・・。」
誕生日だからって、無理やり村や町から誕生日プレゼントを巻き上げるとは強欲だな・・魔王よ。
もしかして親しい王室の人にプレゼントを貰えないから、こういう仕組みにしたのか?そこまでしてプレゼントが欲しいか。
いや、でもこの制度があるからこそおれの大根が魔王様の口に入るわけか。感謝歓迎雨あられ。
「一般の人から見たら、そう見えてしまっているかもしれないね。特にバールくんぐらいの年頃だと余計にね。」
オデットさんが苦笑する。
なんだろう、おれには魔王が誕生日プレゼントが欲しくて巻き上げているようにしか見えなかったが。
どういった違う見え方があるのだろうか。
「確かに、魔王様の誕生日プレゼントとして、特産物を献上することは間違いないよ。でもそれは建前で魔王様の本当の目的は村や町の人達と交流をはかるためなんだ。魔王という立場上、気軽に村や町にいって交流をすることは難しいからね。そこで特産品を献上するという名目で、魔王城に来てもらい村人一人一人に会って話をすることで村や町の様子を聞くんだ。特産品からも色んなことが分かる。献上された野菜が痩せてたりしていたら、村で何かあったのではないかと思って、調査団を派遣するぐらいだからね。民に優しいよき王だと思うよ。」
つまり、魔族界の庶民とも積極的に交流しようとしていて、町や村のことを心配して面倒までみてくれるよい魔王ということか。
友達がいないから代わりに村人からプレゼントを巻き上げるような魔王じゃなくて安心した。早とちりをしてごめんなさい、魔王様。
オデットさんたちが親しい感じで魔王様の話をしてるから、庶民にもとっつきやすい人柄なのかもしれないな。魔王様っていえば厳格なイメージがあったものだ。
高級そうなマントを羽織り、両手には大きな宝石がついた指輪を何個もはめている。口は常にへの字に結ばれれており、その下には何年伸ばせばその長さになるのであろうか見当もつかないアゴ髭が立派に生え整っている。民衆の前に立つその姿は威厳に溢れている。
小さい頃、悪いことをすれば、「魔王様につれてかれちゃうよ~」とよくミヨさんに脅されたものだ。
しかし、話を聞いてみて今のところおれの中では魔王様は良いイメージだ。オデットさんみたいに優しいお父さんといった感じの人かもしれない。魔王様に会うことがますます楽しみになった。
オデットさんの話を聞いている間にいい匂いがしてきた。
バーボンさんが朝食をテーブルまで運んで来てくれた。焼きたてのパンの香りが食欲をそそる。
後ろでがばっと副村長が立ち上がり、トイレへ駆け込んでいったが何をしているのかは気にしない。
だって、こんな美味しい朝食が並んでいるのだもの。ご飯はいい気分で食べるからこそ美味しいのだ。
「さぁ、出発するよっ!!」
アンナさんの元気な掛け声で出発をする。アンナさん夫妻も宿を休みにしてついてきてくれるらしい。
朝食を食べた後、支度を整えて城へと向かった。支度とはいっても朝のうちに献上品はオデットさんが城に届けて来てくれたらしく、手ぶらである。
魔王に謁見するときに係りの人が大根を渡してくれるのでそれを受け取り、魔王に直接献上しろとのことだ。
ちなみに副村長はというとトイレへ駆け込んだあと、しばらくしてから出て来て、元の位置でまたぐったりと倒れ、白目をむいてお休みになっている。
すこし不憫に思えたが、ほっておいた。
大通りに出てから城の方へと向かって歩くと人、人、人。人の波だ。昨日とは比べ物にならない。みんな城の方へと向かって歩いていく。そして城の前の広場に辿り着いた。
「昨日より人が多いですね。」
「今日は魔王様が民に向って演説をするからね。みんな魔王様の姿を一目見ようと集まっているのさ。」
広場は魔族で溢れかえっている。どれだけ多くの魔族がこの場にいるのだろうか?
先程までざわざわとしていた民衆が次第に静まり返っていく。民衆はみな同じ場所を真剣に見つめている。
その視線の先にはメガネをかけた若い女性。もふもふしたくなるような大きなしっぽがここからでも良く見える。
「これより魔王様の演説が始まる。皆の衆、心して聞くように!!」
もふもふのしっぽをお尻から生やした女は、そう言うと少し横にずれて、跪き、頭をたれた。
そして、城の奥から登場してくる魔王。その姿が見えるや否や、聴衆から大歓声があがる。
「わぁー魔王様ー」
「素敵よー」
「かっこいいー」
「抱いてー」
「おぉ、偉大なる御方じゃ」
そこらじゅうで魔王様に対する褒め言葉が叫ばれている。耳が痛くなりそうだ。
すごい人気だな。
さすが民のことを思う魔王だ。この歓声を聞くと民に愛されていることが良く分かる。
城の広場がすべて見える位置に魔王が立ったところで、おれもその姿をやっと拝めることになった。
全身を覆う白銀の鎧、肩から掛けられている漆黒のマント、指には宝石のついたいくつもの指輪をはめている。白髪から生えた二本の黒い角、あごにも髪と同じ色の立派なひげがたくわえられていた。そしてなにより、するどく光るその眼からは何か力強い意思のようなものを感じさせる。
初めに想像していた魔王像とほぼ同じじゃないか。オデットさんのような優しそうな魔王様は何処へ?
威厳のある立ち振る舞いをした魔王が片手を挙げると民衆は再び静まり返った。
への字に固まった口が開かれる。
深く腹の底に響くような太い声だ。
「皆の者、わたしのために毎年、毎年、このような素晴らしい祭り事を開いてくれることをまずは深く感謝する。今日このような場を設けたのはどうしても皆に伝えたいことがあったからだ。過去に人族と我ら魔族は争っていた。お互いが良く知らない相手を初めて見て恐怖し、戦争がはじまったのだ。同胞たちが多く血を流し、それを嘆き悲しんだ先々代魔王、ルシフ・フォン・ゴルトキアが、かの戦争を止め、このゴルトキア王国を建国した。それから今年で80年の月日が立つ。どうだろう?そろそろ人族と話し合ってみるのも。彼らとて我々と同じく、獣を喰らい、畑を耕し、家族を作り、生活をしている。きっと腹を割って話し合えば話も通じるであろう。80年前の戦いで家族や恋人など親しいものを失い、人族を恨んでいる者も数多くいると思う。先の大戦であったことを水に流せとは言わん。しかし、恨んでいるからといって相手のことをよく知ろうともせずにこのままの関係を続けるのはわたしは良くないと思う。人族のことを殺したいほど恨むのは相手のことをよく知ってからでも遅くはなかろう。魔族界の繁栄のためにもわたしは人族と共存していきたいと思っている。新しい時代を作っていくには私一人の力ではどうにもならん!皆の協力が必要だ!どうか私に力を貸してくれ!!」
魔王が民衆に向って頭を下げる。魔族界の中で一番偉い魔王が、だ。
民こそ国の元、民なくしては国も王も成り立たない。
そんな言葉が頭に浮かんできた。村で読んだ本の一説だろう。
王、独自の判断で国を動かし、反感をかい、滅んでいった王国もある。時には独裁をしても誰にも真似できないようなカリスマ性を発揮し、民衆を引きつける力をもつ王もいる。しかし、そんな王はめったに登場しない。
そして、この演説を行っている魔王は自分に選ばれた者だけがもつカリスマ性がないことを分かっている。だからこそ、こうして民に頭を下げお願いしているのだろう。
魔族と人族が共存していく道をわたしと共に探してくれと。新しい時代を共に作っていこうと。
その謙虚な姿勢には好感を持つことができた。魔王を自分たちとはどこか違う存在だと思っていた。
しかし、自分も含めた聴衆たちと同じように魔王も悩み、苦しむ。
そして自分一人では解決できないようならば周囲に協力を仰ぐ。
魔王も自分たちと同じような存在であることに気づき、親近感を覚えた。
広場が静寂に包まれる。
その後、広場からは溢れんばかりの大歓声が沸き上がった。