土臭いとは失礼な
まずは初めに見たあの大通りに行ってみよう。そう思って馬車できた道を引き返していった。
改めて街並みを見返してみると良く作りこまれている。大通りだけでなく、今歩いているようなある程度な広さの道もキチンと舗装がされている。
流石に人が通れるスペースほどの道幅の場所までは舗装がされていないが、良く整備がされていると言っていいだろう。村の近くに通っている畦道とはわけが違う。
街並みも石造りの頑丈そうな家が目立つ、もちろん木の家もあるが、その造りは、ベジタ村のように土を踏み固め、そこに柱を立て床や壁、屋根を取り付けていった物とは一味違う。なんというかおしゃれな雰囲気をかもし出していた。
そんな街並を見ながら歩いて行くと馬車や人通りが次第に増えてきた、大通りに近づいているということだろう。家も段々と大きなものが立ち並ぶようになってきた。
大通りに辿りついたので、とりあえずお城が見える方へと向かって進むことにした。
相変わらずの魔族の多さだ、ときどき、すれ違う人とぶつかりそうになりながら歩を進めていく。
街のそこらじゅうで楽器を手にした人が、音楽を奏でている。そしてその周りでは音楽に合わせて多くの魔族が踊っている。曲名は分からないが、聞いているとどの曲も楽しい気分になってくる。
演奏家の他にも路上でパフォーマンスを行っている魔族もいた。その中でひときわお客を集めている男の前で足を止める。
「紳士、淑女、そしてちびっ子の皆さん!お集まりいただき光栄です。今日、この日!皆様に出会えたことを感謝します!」
黒い燕尾服を着た男はかぶっていたシルクハットを取ると右手を胸に当て、軽くお辞儀をした。観客から拍手が起こる。
「これから起こることは一瞬の出来事です。どうか見逃さないようにしてください。」
男はポケットからコインを取り出し、観客全員に見えるように手に持った。そしてそれを空高く投げる。観客の視線が宙に舞うコインに移る。そしてそのコインが重力に逆らわず、チャリンと音を立てて地面に落ちたところで観客は気がついた。男の姿がその場から消えていることに。
男の声だけがその場に響く。
「どうでしたか?ささやかな私のパフォーマンスは?今日は年に一度のお祭りだ!みなさん楽しんでいってください!!」
そこで、ワァーという観客から歓声や拍手が起こった。おれもすごいと思って観客にまざって拍手をした。今のも魔法なのだろうか。王都にはすごいやつがいるなぁ。
音楽に耳を傾けていながら歩いていると、肉の焼ける香ばしい匂いがしてきた。
ぐぅ~とお腹が鳴り自然と匂いのする方へと足が向かってしまう。
「へい、らっしゃい!!ボアバイソンの串焼き、一ついかがかな!!」
屋台ではタオルを首に巻き、汗を流しながら肉を焼くおっさんの姿があった。顔や腕は濃い毛におおわれて少し不気味な感じがした。相手の表情が読めないと不安になるものである。
おっさんが大ぶりの肉を串に5つ刺し、大火力の火で一気に焼き上げていく、この肉が焼けていく匂いはたまらない。
おっさんの不気味さに少し買うのを考えたが匂いに負けた、これは絶対に旨いはずだ。
「おっちゃん、ひとつくれ。」
「まいどあり!」
王都に入る前にオデットさんからもらったお金で支払いをして、焼きたての串を受け取った。
受け取るときにおっさんの毛が手にあたって少し不快だった。
そんなことはさておき、受け取った肉をほうばる。獣臭さが一切なく、噛めば噛むほど肉汁が溢れだしてくる。
肉のうまみを損なわない程度に味付けされた絶妙な味加減だ。これは
「うまいっ・・・!」
あまりの旨さにガッついてしまう、食べていて気付いたのだが、肉の一つ一つに違う味付けがされており、食べていても飽きがこない。むしろ次の肉の味はどんなものなのか気になり、食べ進めていきたくなる。あっという間に食べ終わってしまった。
「おっちゃん、これほんと旨いよ。」
「そうか!その一言が聞ければおれは大満足だ。」
そう言って二カッと笑う、おっさん。毛のせいで笑うと余計に不気味である。
「いやぁ、喰った人はみんな「旨い!」って言ってくれてんのに、なかなか売れないんだなぁ、これが。」
いい匂いを漂わせているものの、屋台の周りにはおれしか人がいない。きっと毛むくじゃらのおっさんが不気味で近寄りがたいのだろう。
「おっさん。たぶんそれ毛のせい、毛を剃りなよ。」
「おれの毛と屋台の売り上げになんの関係が・・・・。」
ぶつぶつと呟くっさんに「ごちそうさま」と言い屋台を後にした。しかし、この串焼きは旨かった!帰る前にでもまた来よう。
お腹も少しふくれ歩いて行くと、気になるお店を発見した。露天商で武器や防具を売っている中、一人だけ野菜を広げて売っている青年がいた。
畑大好き人間のおれとしては必ず見ておかなければならない店だろう。
「いらっしゃい!」
青年はとびきりのスマイルをおれに向けてくれた。
並べられている野菜を見ていく、トマト、茄子、ニンジン、そして大根。この辺りはおれの村でも収穫できる。大根なんかはうちの方が絶対に美味しいな。見ただけで分かる。色、つや、曲線美。どれをとってもうちの方が上だ。
しかし、そのほかに見慣れない野菜が並んでいた。
握りこぶしぐらいの大きさで、表面はごつごつとしいる。色が茶色っぽく、土がついているのは地面から出てきたからなのか。
「この野菜はなんというんだ?」
「お客さん!!そいつに目をつけるとはお目が高い。そいつはうちの村の名産品で”じゃがいも”って野菜ですわ!煮たり、ふかしたりするとホクホクして美味しいでっせ。」
この茶色いのはじゃがいもというのか。見たことがない野菜なので是非ともうちの畑で育ててみたい。そして自分の手で愛情込めて育てたものを食してみたい。どんな味がするのだろうか。
「この野菜ってうちの村でも育てられるのか?」
そう聞いた瞬間、青年の顔から笑みが消え、きつく睨まれた。
「お客さん。どこの村の人?」
先ほどとはうって変わって、ぶっきらぼうに言い放つ。
「ベジタ村だけど・・・。」
「ベジタ村・・・ベジタ村・・・。聞いたことがねぇな。つーことはこの辺の村ではなくて遠くから来たわけか。」
おれは黙ってうなずく。
青年はハァとため息をつき、肩の力を抜いた。
「いいかい、お客さん。遠い村から来たようだから忠告しといてやる。この街でめずらしいものを見たからって自分の街で作れるか?なんて聞いちゃいけねぇ。この近辺に住んでる村や町のやつらはここで商品を売って生計を立ててるんだ。村の名産品がそこらかしこで作られるようになったら、商売あがったりだ。自分の生活にかかわってくる。だから、名産品の作り方や苗は外に出回らないようにどの村も隠すのさ。それを知ろうとした奴が酷い目にあうところをおれは何度も見ている。だからお客さんもあんまそういうことは言わないようにな。」
「そうだったのか・・・。忠告ありがとう。」
初めに声をかけたのがこの青年で良かった。他の人に聞いていたならば問答無用で酷い目にあってかもしれない。村の自給自足生活生活に比べれば街での暮らしは華やかに見えたが、商人は色々と苦労しているようだ。
「これからは気をつけな。こんな暗黙のルールも知らないんだから相当辺境の地から来たんだろうな。まぁ、わざわざ遠いところから来てくれたみたいだし、じゃがいもの作り方ぐらいは教えてやるよ。この地域じゃどの村でも作ってて、隠す必要もないしな。」
「ほんとうか!!」
「ああ、その代わり料金はいただくぜ!!」
そして青年からじゃがいもの作り方と、種をいくつか買い取った。種と言っても売られていたじゃがいもの実のことだ。この実を植えることで芽が出て来て地中に大量のじゃがいもができるようになるらしい。村に帰ったら早速試してみよう。
じゃがいもの実を手に入れた後も、歩き続け、お店を回った。村では見ることのできないものがたくさんあり、飽きることはなかったが――――
「つかれた・・・・。」
おれは人通りの少ない小道に入り、近くにあった石のベンチに座り休んでいた。
王都ゴルトキアは様々な店や、人が集まる非常に魅力的な場所である。ぶらっと街を回って見てとても楽しかったし、料理は旨かった。
しかし、人の数が多すぎる。村の低い人口密度の中で過ごしてきたおれにとって、この人が溢れんばかりにいる王都は慣れないもので、つかれてしまった。おそらく人に酔ってしまったのだ。
王都で暮らすよりも村で畑をいじる生活の方が合っているなぁ
あぁ、そういえばうちの畑は無事だろうか。土いじりをしたい。
そんなことを考えながらぼーっとしていると
「隣、座るわよ。」
声をかけた主はおれが返事を返す前にベンチに腰を下ろした。
隣を見ると赤髪のロングヘアーの女が座っていた。年は自分と同じくらいだろうか。端正な顔立ちで、少し釣り上った目からは赤い瞳が輝いていた。気の強そうな女だ。可愛いというよりは綺麗といった方がしっくりくるだろう。
頭には角が二本生えており、お尻の辺りからは悪魔のしっぽのようなものが生えている。胸は残念ながらほとんどないようだ。
キュロットにシャツといった、わりといい格好をしているので、おれのような村から来た人ではなく、きっとこの王都で暮らす人間なのであろう。
赤髪の女と目があう。
「あんたさぁ、じろじろ見てきてなんなの?気持ちが悪いわよ。この食べ物目当てならならあげないわよ。」
食べ物?顔や体に目が言って気がつかなかったが女の手には大量の串焼きが握られていた。指と指の間に串をはさみ片手に4本。両手合わせて計8本の串をもっていた。
持っているのはすべて肉の串焼きだ。残念ながらおっさんのところのボアバイソンの肉は買ってはいないようだ。
「・・・・ひとりでそんなに食うのか?」
「そうだけれども?」
なにか問題でもある?と言いたそうな顔をして串焼きにかぶりつく女。食べている間はきつそうな表情も笑顔にかわり、可愛いなと思ってしまった。ずっとその顔をしていればいいのに。
あっという間に7本の串を平らげ、残りが一本になったところで女が席を立ち、手を何もない空間にかざすと黒い穴のようなものが出現した。その中に食べ終わった串を投げ入れると、穴は消滅した。
なんだ今のは?何もないところに穴があいて、その中に女がゴミを放り込んで・・・・。今のも魔法か?頭のなかに疑問がよぎる。こういうときは聞くのが一番だろう。
「いま使ったのって―――」
「空間魔法よ。」
そっけなく答えて女はそのままスタスタと歩いていった。
「あっ、ちょっと待てよ。」
もう少し詳しく魔法について聞きたくておれは女の後を追った。
空間魔法か・・。名前の通り、他の場所に空間を作り出して、物を出し入れできる魔法なのだろうか?
どこにいても物を出し入れできるということならばとても便利な魔法だ。是非とも覚えたい。
さもあたりまえのように答えていたということは、この王都では使えてあたりまえの魔法なのだろうか。いろんな商品を買って持ち運ぶわけだしな。
女は歩くのが早く、曲がり角を曲がったところで追いついたが、他の男に絡まれていた。
「よぉ、ねーちゃん。綺麗な顔してんなぁ。暇ならおれとあそばなぁい?」
ちゃらちゃらとした男に肩を抱かれているが、表情一つ変えずに肉をほうばる女。落ち着いている。
派手な柄のシャツを着たちゃら男はぺらぺらと女に話しかけているが、いっさい無反応。これは見知らぬ男に絡まれてどうすればいいかわからず、困っているけどとりあえず肉を食べてごまかそうという意図が見えた!!
ここで声をかければ面倒なことに巻き込まれそうだが、女の子が絡まれて、困っているのであれば黙って見ているわけにはいかない。
「おい、おまえ、その子から離れろ。」
「ぁあん!?なんだてめェは?」
「むぁ、ふぁっきのふぃとじゃない。」
「おい、女。とりあえず物を食べながらしゃべるな、行儀が悪いぞ。」
しばらく口をもぐもぐと動かした後、ごくりと肉を飲み込んだ。
「何?助けに来てくれたの?優しいのね。」
ニコリとほほ笑む、笑っているとやはり可愛い。
女が肩に回された男の手をつかみ投げる。きっと男の視点では天地が上下がさかさまにうつったことだろう。きれいな背負い投げが決まった。
男は一瞬のことでなにが起きたか分からない、という顔でポカンと口を開けて仰向けに倒れている。
おれも何が起きたのかすぐには理解できなかった。きっと第三者から見たらおれも男と同じまぬけな顔をしていただろう。
しばらくしてから襲ってきた背中の痛みに悶える男の喉元に女がたべ終わった串の先端をつきたてる。
「いい?二度と私に近寄らないこと、約束できる?次やったら殺すわよ。」
必死にコクコクと涙目になりながら首を縦に振る男をみると、串をまた女が作りだした穴の中に入れ、スタスタと歩きだした。
目の前の光景に何もできず、茫然としていると女がこちらを振り返った。
「そうそう。言い忘れてたけどあんた、土臭いわよ。」
そう言い残し女は路地裏へと消えていった。