筋肉と夢
二人で行うと流石に作業ははかどった。エリーも農家の娘なだけあって俺がやってほしいことを指示を出す前にこなしてくれる。いつもより早く作業が終わり、片づけをして、畑を出た。
話しながら、村へと帰っていく。途中まで普通に会話していたのにどうしてエリーのお説教タイムになっているのだろうか。がみがみと小言を言ってくる。お前は姑か。
帰っている途中で畑が気になるとおれが言いだしたころから説教が始まった気がするが、気にしないでおこう。こんな時こそ野菜たちが待つ妄想の世界へと逃げ込むのだ。あぁ、素晴らしき野菜の世界。
エリーの小言を生返事で聞き流しつつ、取れたての大根とどちらが熱湯風呂に長く入っていられるか勝負する妄想をしていると、俺たちの住む村、ベジタ村が見えてきた。
ちなみに妄想の勝負は厚切りにした大根を箸でほどよく切ることができるほどの時間、お互いに熱湯に入っていた。この勝負の決着はまだついていない。続きは今度行うことにしよう。透明になるまでゆであがった大根と熱い握手を交わして再戦を誓った。
ベジタ村まで、あと少し、というところまで来るとエリーが突然走りだし、村の入り口を超えたところで立ち止まる。
「へへっ、いっちばーん。」
嬉しそうな顔をして、こちらに向かってVサインを送ってくる。こういうところは非常に可愛い。俺と同い歳ぐらいのやつがこれをやったら持っていた大根でぶん殴っていただろう。俺より4つ年下で妹のような存在だからこそ許されるのだ。がみがみと口うるさくなければ妹になってもらいたいくらいだ。
村へと入り、エリーの家、というか俺も住んでいる家なのだが、家の前で何やら大男がヒンズースクワットをすごい勢いでこなしている。
「ふっ、ふっ、ふっ、6882、6883、6884・・」
もう少し近づくと大男もこちらの存在に気づいたようだ。
「やぁ、6894、二人とも、6895、おかえり、6896、っ!」
「「ただいま」」
何を隠そうこの筋トレをしており、頭から立派な一本角を生やした人こそ、俺のことを助けてくれたエリーの父親。オデットさんだ。趣味は見ての通り筋トレ。毎日かかさず、家の前でトレーニングを行っている。雨、風が強い日に畑を見にいき、おれが飛ばされたのを受け止めてくれたのもオデットさんだ。彼があの日にも外で筋トレをしていなければおれはどうなっていたか分からない。
助けられたあの日から、おれは筋トレの偉大さを知り、時々、オデットさんと共に筋トレに励んでいる。そのおかげで筋力は人一倍あると思っている。
昨日はヒンズープッシュアップで上半身をいじめていたので、今日はヒンズースクワットで下半身をいじめぬいているようだ。
「バール君も一緒にどうだい?」
いい汗をかきながらオデットさんが聞いてくる。毎回家に帰ってくるたびに一緒にどうかと誘われる。残念ながら今日は収穫物があるため、丁寧にお断りをして家の中に入った。
収穫物がない日はここで一緒にオデットさんと筋トレするのがおれの日課だ。もちろんオデットさんほどの回数をこなすことはできない。あの人は化けもの並の筋力だ。
「ミヨさーん、今日取れた野菜ここ置いときますね。」
そう言うとキッチンからひょっこりと顔だしたのは、ふくよかな女性だ。エリーの母親ミヨさんである。エリーの猫耳はミヨさんからの遺伝だろう。ミヨさんにも立派なものがついている。どこにとは言わない。オデットさんとは違い身長は普通のサイズだが横に少し広い。
「ありがとう。バール。お仕事疲れたでしょうけど、いまエリーがお風呂沸かしてるから手伝ってあげて。」
採れたてのタカとトシに別れを告げ、お風呂場まで行くと、浴槽に向かってエリーが目を瞑り、手をかざしていた。
「ほっ」
そう言いエリーが目を開けると手から大量の水が溢れ出し、すぐに浴槽は水でいっぱいになった。
エリーが使ったのは、いわゆる魔法というやつである。魔法には水、火、風、土、雷などの基本的な属性があり、その上に光や闇、召喚魔法、ばぁちゃんが使った転移魔法などと才能のあるものしか使えない魔法があるらしい。普通の人でも鍛えれば基本的な属性の魔法はある程度使えるようになるらしいが、威力が高い物を扱えるようになるのは、やはり少数らしい。
魔法は身体の中にある、魔力とかいうエネルギーを使って操る。魔力を使い果たすと意識がとんでしまい、ある程度魔力が回復するまで意識は戻らないそうだ。ほとんどの場合半日もあれば目覚めるらしいけど。身体にもつ魔力の量は生れつき決まっているそうだ。
おれも浴槽に向かって手をかざし、力を込めると、浴槽からいい感じに湯気が立ち上った。今使ったのは火の魔法。熱で水を沸かしたのだ。これでお風呂の準備は万端だ。
エリーも俺も大抵の人はこれくらいの生活に役立つ魔法なら楽に使いこなせる。ただ、火の球を飛ばしたり、風で物を切り裂くような魔法は俺達には使えない。それらを使えるようになるためには相当な練習が必要らしいし、今の俺達には全く必要のないものだ。
レディーファーストということで沸きたての風呂に先にエリーを入らせ、そのあとに俺が湯に浸かった。一日の疲れが取れていく。風呂からあがり、リビングへと向かうともう夕飯が並べられていた。俺以外のみんなが席に着いて、俺のことを待っていてくれたようだ。
「それじゃあ、みんなそろったところで・・・」
「「「いただきます!!!」」」
収穫してきたタカとトシは細長く千切りにされ、美しいサラダへと姿を変えていた。サラダを口にいれ噛めば噛むほどみずみずしさが口の中に広がっていく。うまい。みんなもご満悦の表情をしている。
サラダを食べ、思い出したのか、自分のぴったりなサイズより、ワンサイズ小さいTシャツを着ているオデットさんが口を開いた。
「そうそう、バール君。実はお願いがあるんだよ。今度、ゴルトキア王国でお祭りが開かれるのだけれど、そこで毎年、魔王様に村の特産品を献上しなければいけなくてね。村のみんなで相談し合ったところ今年の献上品はバール君の大根を出そうということになったんだよ。引き受けてくれるかい?」
Tシャツの袖から出ている丸太のような太い腕がぴくぴくと動く。どうやら興奮しているらしい。オデットさんは興奮するとどこかしらの筋肉が軽い痙攣を始めるのだ。
ゴルトキア王国とは魔族の王様つまり、魔王が住む国である。その魔王様に自分が丹精込めて作った大根を献上できるとあれば大変名誉なことであり、大根たちにも箔がつくだろう。
もし、大根を魔王様が気に入ってくだされば、魔族界全域におれの大根がデビューする日もくるかもしれない。そう考えるとにやにやが止まらなくなった。
「いいですよっ!」
「ほんとかい、ありがとう!!」
そう言いオデットさんとおれはがっちりと腕を組み交わす。
「それとね、バールくんには大根の生産者として、村を代表して魔王様に献上品を差し出す役目をやってもらいたいんだ。」
王国に行ける上に魔王に会えるだなんて断る理由もないだろう。引き受けようと思い、口を開こうとしたとき、一つの疑念が浮かび上がる。
畑は・・・おれが村にいない間、畑はどうなる。
魔族が毎日、歯や身体を洗い手入れをするように、畑もまた、生き物と同じように毎日、手入れをしなけば状態が悪くなってしまう。一日たりとも手入れを怠ってはいけない。
畑をとるか魔王をとるか、一瞬迷ったものの答えはすぐに出た。
「いいわ、バールがいない間、私が畑の管理をしてあげる。どうせ、畑のことが心配で魔王様に会いに行くことを断ろうとしているのでしょう?王国に行って帰ってくる間くらい、面倒みてあげるわよ。」
エリー、なんとできた妹候補だろう。おれの思考を完全に読まれている。いまならいくらでも小言に付き合ってあげよう。オデットさんの胸筋も痙攣している。
「エリーになら畑を任せられるので、その話引き受けます。エリー、ありがとう。」
「おお、本当かね。出発は7日後だからよろしく頼むよ!」
畑を任せる代わりにゴルトキア王国のお土産を買ってくることをエリーと約束した。
出発は7日後か、おれの作る大根の白さを見たらきっと魔王も腰を抜かすに違いない。魔王に会えるときが楽しみだ。