白く透き通るようで思わず顔をうずめたくなるような、アレ
「ふいー」
さっきまで畑を耕していた鍬を置き、木陰に腰を休める。水筒の中身を一気に飲み干す。あぁ、労働後のいっぱいとはなんて美味しいのだろう。このいっぱいのために俺は生きている。そういっても過言ではないだろう。まぁ中身は酒でも何でもなく、ただのお茶なのだが。
今日もいい天気だ。太陽がギラギラと自己主張をしている。10日連続の絶好の畑日和である。そろそろ、雨雲さんがでしゃばる太陽君をやさしく包み込んで雨を降らせてくれてもいいのだけれどね。うん、いや、そうしてほしい。
先程まで畑に植わっていた。本日の収穫物を両手に取り眺める。このむっちりとしたほどよい太さ、手に吸いついてくるような感触、そしてこの透き通るような肌の白さ。あぁこれは思わず
「顔をうずめたい。」
「何を言ってるの、変態!!」
思わず声に出してしまったところで、誰かに頭をはたかれた。顔を上げると大根が4つに増えている。手にしていた大根は2つだというのに。いや、良く見ると増えた二本の大根はおれの手にしている物よりも細い。
なんだこれは、おれは自分の大根をこんな軟弱に育てたつもりはないぞ。
しかし、むぅ、いい白さをしている、そして肌には張りがあり、いったいこれは・・・あぁ何だか知らないけれどこいつにも飛び込みたい。バシッ!
そう考えたとき、頭に二激目の衝撃が走る。一体なんだと言うのだ。大根の神にでも祟られたのか俺は。大根神様何か不手際があったのなら誤ります。どうかお許しを。
「はいはい。そこじゃなくて、もっと上を向ですよ。」
大人しく顔を先ほどよりも上げていく。順番に、大根、ショートパンツ、Tシャツ、少し主張の強めな膨らみ、俺を蔑むようなじとっとした目、そして頭の上にある獣耳が順番に目に入ってきた。
「なんだエリーか。」
「わたしじゃないなら何だと思ったの?」
そう不機嫌そうに言うと俺のとなりに座ってきた。大根の神様なんて言ったらきっとエリーは怒るだろう。それにしてもいつの間にこんな立派なものをエリーは手に入れていたのだろうか。成長とは早いものである。
「なんか、いま、やらしいこと考えてなかった?」
頭の上についた猫のような耳をピコピコ動かしながらエリーがたずねてくる。女の勘はするどい。おれはぶんぶんと首を振る。何も言わないほうが良いこともあるのだ。
「はい、これお母さんから。」
そう言って、包みの中から出てきたお弁当を手渡され、二人並んで食べ始める。今日のおかずは卵焼きに、茄子と肉を炒めたもの、そしてこの畑でとれた大根の煮つけだ。野菜はこの村で採れたものしか使っていない。どれも絶品だ。
「それにしても早いものね、もう10年よ。バールがこの村に来てから。」
「もう、そんなにたつのか。」
燃え盛る炎の中、どうやら俺はばぁちゃんに転移魔法で魔族の村の近くまで飛ばされたらしい。気を失って倒れている所をエリーの両親達に保護され、今もこうして色々と面倒をみてもらっている。
村についたときの俺はひどく衰弱しており、危ない状態だったらしい。見つかるのがあと半日遅れていれば死んでいたかもしれない。
治療を受けてもしばらく目を覚ますことはなく。目を覚ましても魂が抜けてしまったように一日を怠惰に過ごすだけだった。
しかし、抜け殻のような俺をエリーの村の人たちが事あるごとに構ってくれて、今の元気な自分を取り戻せている。本当にこの村の人達、特にエリーの家族には感謝している。
「初めはセミの抜け殻みたいで、心配したけど、ここまで元気になってくれて良かったわ。すべては私の献身的な介護のおかげね。」
「そうだね。おれがこうして元気でいられるのもエリーのおかげだ。ありがとう。」
そう言ってにっこりほほ笑むとエリーは顔をそむけた。少し顔が赤くなっている気がするのは気のせいだろうか。
「そ、そうね。もっと感謝してくれてもいいのよっ。いや、もっと感謝しなさい。」
鼻を高くして満足そうにうなずいている。いつものエリーだ。
「それにしてもあの引きこもりが、村で一番美味しいものを作りだしちゃうことになるとはねぇ」
そういって弁当箱の中からひょいと大根の煮つけをつまみ上げて口に放り込む。
「ん~~~この大根の甘さ。ほんとに反則だわ。」
手をほっぺたに当てて満面の笑みを浮かべている。どうやら知らないうちに俺はこの村一番の野菜の作り手になっていたらしい。特に俺の作る大根は村で一番の評判だ。普通、春から秋にかけて大根は、苦味を増し、秋から冬にかけてが一番みずみずしくなり、甘く感じる。しかし、不思議なことに俺の大根はどのシーズンに取ったとしても究極のうまさを誇るそうだ。
「本当に、なにか特別なことをしているわけではないの?」
もう一きれ大根を口に放り込みながらエリーがたずねてくる。行儀の悪い子だ。
野菜を作るときには何も意識をしていない。ただただ、愛情をこめて一つ一つ育てていくだけだ。そう一本一本に名前をつけるぐらいに。なぁ、タカとトシ。先程まで手に抱えていた大根たちに目をむける。
うむ、やはり、立派に育っている。今すぐにでも飛び込んでいきたいぐらいに。
「うわ、なにその顔。すごく、ものすごく寒気を感じたんだけど。気持ちが悪いこと考えてなかった?」
「いや、何も。考えてないよ。」
おっと危ない野菜のことを考えすぎて、顔がゆるんでいたようだ。
「ふぅん。どうせ、また野菜のことでも考えてにやついていたんでしょう。ほんとにバアルは野菜バカね。」
野菜バカ。悪口を言われているのだろうが悪い気はしない。だが、言われたままでは何か悔しいので言い返しておこう。
「おれのどこが野菜馬鹿なんだよ!」
エリーの口から言われた野菜バカっぷりは以下の通りである。
家の屋根が吹き飛んでしまうような、雨、風の中、ちょっと畑を見てくるといい、外に出た瞬間、飛ばされてしまう。
野菜の苗を植えた日の夜、畑のほうから獣の声がするので、心配になり、ちょっと畑を見てくるといい、畑でたぬきに遭遇。右腕を負傷するも追い払うことに成功。
エリーの誕生日の日に、何故か畑のことが心配になり、ちょっと畑を見てくるといい、そのまま畑で一夜を過ごす。
まだまだ、ぐちぐちと言われているが今日はこのぐらいにしておいてやろう。いや、しておいてください。何も言い返せず、悔しくておれは叫んだ。
「野菜ばんざぁあああああああああああああああああああああい」
「もう、耳元で大声で叫ばないでよ。」
やっと、エリーの小言が止まった。野菜の神様俺に力を貸してくれてありがとう。次の満月の夜には牛の糞をたっぷり、畑に捧げてやろう。
「そういえば、お父さんが後でバアルに話があるって言ってたわ。」
「話って何だろう。野菜についての質問かな。」
「とにかく畑仕事を終わらせて家に帰りましょう。私も手伝うから。」
鍬をもってエリーが立ちあがる。うーん鍬がこれほど似合う女性がいるだろうか、いや、いない。
俺は残っていた弁当の中身をかきこみ、再び畑仕事に戻った。