オープニング
「それは大昔のことじゃった。どれくらい大昔のことじゃったかはこの婆にも分からん。この大陸に二つの種族が誕生した。人族と魔族。それら二つの種族は初めはほんの少ない数しかおらんかった。お互いのことなどまったく知らず。ひっそりと大陸の片隅でそれぞれ暮らしておった。
それから何年も何百年も何千年も立つうちに、それぞれの種族は仲間を増やし、知恵をつけ、文明を築き上げ、その生活範囲を広げていったのじゃ。それぞれの種族が繁栄し、領地を拡大していった結果、互いの生活範囲は重なり、初めて人族と魔族は出会ったのじゃ。
わしら魔族は初めて見る自分たち以外の種族に恐れ驚いた。それはお前の母親である人族側も同じ気持ちだっただろうがな。」
そう言ってばぁちゃんは笑って見せた。ゆるんだ口元から少し尖った歯が顔を覗かせる。僕はだまっておばぁちゃんの話の続きに耳を傾けた。
「まぁ得体の知れんものには怖さを感じるものじゃ。ではその怖さをとり除くにはどうしたらいいと思う?」
「そんなの簡単だよ!友達になればいいんだ!!」
僕は胸を張って答えた。そんな姿を見ておばぁちゃんがほほ笑み、しわくちゃの手で頭をなでる。お母さんの手とはまた違う、温かみのある手だ。
「そうじゃな、友達になればお互いに怖がることもないのう。でもな、人族も魔族も選択を誤ってしまったのじゃ。お互いに怖いと思う相手を消し去ることで、恐怖をけしさろうとしたのじゃ。どちらから仕掛けたのかは分からんが戦いが始まった。数で勝る人族と、身体能力で勝る魔族、その戦いは何年も続いたが、戦局は均衡を保っていた。お互いに多くの死者を出した。多くの仲間が死んだことを嘆き、悲しんだ魔族の王は自分の過ちに気付き、人族を攻撃することを辞めたのじゃ。すると人族の魔族に対する攻撃が止まった。そして、多少の小競り合いはあるようじゃが、大きな戦いのない今の世の中があるのじゃ。まぁ最も人族と魔族の友好関係は築けておらんがのう。」
「この村では魔族も人族も仲がいいのにね。この村のようにみんなで楽しく仲良く暮らせていけたらいいのに。」
「まぁこの村はちと特殊じゃからなぁ。でも、孫の言うとおり、世界中の種族がこの村の住民のような気持ちを持てば、本当に平和な世の中になるじゃろうな。」
おばぁちゃんが少し悲しげな表情になる。おばぁちゃんはどうしてこんな顔をするのだろう?仲良くすることってそんなに難しいことなのかな。
「ねぇ、おばぁちゃん―――」
「バール、どこにいるのー?お使い頼まれてほしいのだけれどー」
おばぁちゃんに質問をしようとしたら部屋の外から声が聞こえてきた。どうやら僕を探しているようだ。
「ほら、孫よ、お母さんが呼んでいるよ。しっかりとお手伝いをしておいで」
正直、おばぁちゃんの話をまだまだ聞いていたかったけれど、こう言われれば仕方がない。お手伝いが終わったらまた話を聞かせてもらいにこよう。そう決めて僕はおばぁちゃんの部屋を後にした。
「おかーさーん。こっちだよー」
どうやらおばあちゃんの部屋を通りすぎてしまったらしいお母さんに聞こえるように大きな声を出す。すると、とてとてとお母さんが戻ってきた。
「あらあら、またおばあちゃんの部屋にいたの。ほんとにおばあちゃんが好きねぇ」
お母さんはおばあちゃんに比べて小さい。小さいといっても僕よりは遥かに大きいのだけれど。人当たりが良く、村ではちょっとした人気者だ。
「それでね、バアル。ちょっとお手伝いをしてほしいのだけれど、暖炉にくべる用の薪を切らしてしまってね。森まで木の枝を取りにいってほしいのよ。頼まれてくれるかしら?」
それくらいのお手伝いならいつもしているので、もちろん大丈夫だ。
「いいよ!行ってくる!」
「ありがとう。助かるわ。はい、じゃあこれを持っていって」
お母さんは鞄を渡してくれた。いつものようにこの鞄いっぱいに枝を拾ってこいということだろう。
「気をつけていってらっしゃい」
お母さんに見送られ家を出ると、僕の友達たちが元気良く走り回っていた。
友達はこちらの存在に気づくとすぐに近寄ってきた。
「「「バアルあそぼーぜ」」」
僕を取り囲んだ友達たちを改めて見ると、目の色だったり、肌の質感、尻尾の有無、耳のある場所など、それぞれ違いがあるが、人族ほど、シンプルな作りとなっているようだ。
魔族には色んな種類があって、美人で長生きなエルフや、製造業にすぐれたドワーフ。戦うことが好きな鬼や竜みたいなのもいるらしい。おばぁちゃんの部屋にあった本で学んだ。おばぁちゃんの部屋のにはたくさんの本があってそれを読むことは僕のひそかな楽しみだ。
そりゃ、魔族はちょっと皮膚が岩みたいに硬い人や、猫のような耳が頭から生えてる人もいるけど、人族も魔族もあまり違いはないように思える。
こう思うのも、この村で育ったからなのだろうか。それとも僕が人族と魔族の間に生まれた子だからなのだろうか。
友達たちにお母さんのお手伝いをしなければいけないことを告げ、村を出た。村を出るとすぐ近くにいくつもの畑があり、そこでは大人たちが人族も魔族も協力して農作業を行っていた。
大人たちはこちらに気づくと手を振ってくれる。僕もそれ答えて手を振り返す。ここでとれる野菜たちが僕は大好きだ。とれたての野菜を大きめに切り、煮込んだスープがお気に入りである。そんなことを考えながら歩いているとすぐに森に到着した。
・・・・・・・・・
一時間ばかり森を散策していると火種になりそうな薪はたくさん集まった。これくらいあればきっとお母さんも満足するだろう。
少し疲れたので大きめの木の幹にもたれて座り、鞄の中から水筒を取り出し、中身を飲む。ぷはぁ、と思わず声が出てしまう。乾いた喉が一気に潤っていく。労働後の一杯はたまらない。
目印になっている良く分からない紋様の彫られた大木を見る。村を四角く囲うようにして同じ紋様を彫った木が村の周りにあと三本生えている。ここから先は危ないから行ってはいけないと言われている。
僕のいる村はおばぁちゃんいわく、へんきょうちーきにあるらしく隣の村まではなかなか簡単にはいけないそうだ。確かに生れてこれまで村人以外のひとを見た記憶がない。でもこの森を抜けさえすれば近くに村があるような、そんな気がする。
「ん?なんだろうあれは。」
もう一度、森の奥に目をやるとなにかいる。ここからでは良く見えない。森の奥へは行ってはいけないと言われていたが、高まる好奇心には勝てなかった。それに少し奥に入るぐらいなら大丈夫だろう。
なにかに恐る恐る近づき、良く見てみるとそれは人だった。茶色くぼろぼろになったローブを身にまというずくまっている。
「ねぇ大丈夫?」
返事がない。もしかしたら死んでしまっているのではないか、そう考えると不安になった。
「・・・・みず、みずをくれ」
わずかな擦れた声でローブを身にまとう人から言葉が発せられた。いまにも命のともしびが消え入りそうだ。鞄から水筒を取り出し、ローブの人の口元へ持っていくと、ゆっくり水を飲んでいった。自分で水筒を持てるようになったことを確認して僕はその場をあとにする。
「少し、まってて!」
あれだけ衰弱しているのだ、きっと何日もご飯を食べていないのだろう。そう思い、森にあるいくつかの果物や山菜をとってローブの人の元へと戻った。
「はい、これ!!」
とってきたばかりの物を目の前に広げるとローブの人は勢いよくむしゃぶりついた。いい食べっぷりだ。やっぱり何日も何も食べていなかったのだろう。あっという間に取ってきた食べ物をたいらげてしまった。
「ふいー、助かったぁ。ありがとう。少年。」
低い声だ。深くかぶったローブのフードから無精ひげの生えた口元だけが見える、顔全体は良く見えないがきっと男の人だろう。
「困った人がいたら助けるっておばぁちゃんと約束したからね!」
「そうか、そうか、少年のおばあさんは大層立派な人なんだろうなぁ。」
男の僅かに見える口元がゆるむ。どうやら笑えるぐらいには回復したらしい。良かった。
話をしていくうちに分かったことは、この男はやはり村の外から来たようだ。世界中を旅してまわっており、様々な町や地域をめぐっているのだという。そして辺境の地であるこの付近を歩きまわっているうちに食料が尽き野垂れ死にそうなところを僕に助けてもらったというわけだ。
ローブの男の話には見たことも、聞いたこともないような言葉が出てきて、それがどんなものなのか想像するだけで、胸が高鳴った。
本で読んだ冒険のような話の数々が男の口から聞かされる。いつかこの村の外へ出て、この男のような冒険をしてみたい。男の話は幼い僕の冒険心をくすぐった。男の話を聞いていると時間が立つのはあっという間だった。
「おっと、喋りすぎたな。もうこんな時間か」
森の木々ははもうぼんやりと赤く染まっていた。そろそろ帰らなければみんなが心配するだろう。
「そうだ、少年。助けてもらったお礼だ。いいものを見せよう。」
そう言って男はローブの中から小さな箱を取り出した。小さな白い木の箱。その周りは金色の装飾が施されている。
男の顔を見ると箱を開けるように目で促してきた。ゆっくりと箱を開けると声にならない声が出てしまった。
箱の中からはきらきらと光るものが溢れ、僕の体を包んでいった。温かい光だ。
「すごい!なにこれ、見たこともないよ!!とってもあたたかい!!」
「ほぅ」
興奮のあまり、はしゃぐ僕をよそに男は少し驚いたような表情をした。
「見たことがないか。まぁ、これは少し特殊な魔法だからな。無理もない。さぁ、もう日が暮れる時間だ。家にお帰り。」
「うん!そうだね!ありがとう!おにいさん!」
森の出口の方へと走っていき、途中で男の方へと振り返る。
「おにーさーん!またお話聞かせてねー!」
大声で叫ぶと男は黙って手を挙げた。僕はそれに満足して帰路に着いた。
今日は家族に話すことがいっぱいだ。森で出会った人のこと。そしてその人から聞いたお話。見たこともない魔法を見たこと。みんなに聞かせたらどんな顔をするだろうか。きっと驚くだろう。みんなに早く話を聞いてもらいたくて自然と足取りも早くなる。
あたりはもう薄暗くなり、暗闇に包まれてもいい時間帯だったが何かがおかしい。何がおかしいのか僕はそのことにすぐ気がついた。周りはもう薄暗いのに一か所だけ色濃い夕焼けのように赤みがかかった場所がある。
・・・・・僕の住む村がある方向だ
慌てて走り出す。鞄いっぱいに詰めた木の枝がこぼれているがそんなこと気にしていられない。早く、早く村に着かないと。家族、それに村の友達たち、大人たちは無事なのだろうか。
村の近くの畑まで来ると村がどうなっているのか良く分かった。赤く、すべてが赤く燃えている。畑には誰の姿もない。不安な気持ちが極限まで高まる。僕は村まで一気に駆け抜けた。
村に入ると熱風が僕に押し寄せた。みんなの家が燃え盛っている。家だけじゃない、倉庫も柵もみんなで集まる集会所だって燃えている。
「うぁあああああああああああああああああああああああああああ」
大きな叫び声を上げた。
目線を下におろすと多くの人達が血を流し、倒れていた。子どもも大人も。背中にささったままの剣からは血が滲み出ている。大人たちの手には鍬や鋤がにぎられていた。きっと村を守るために必死に戦ったのだろう。
目の前の現実に足が震える。呼吸が上手くできなくなる。息ってどうやってしていたっけ?震える足を必死に前に進め、自分の住んでいる家へと向かう。下はなるべく見ないように上を向いて歩いた。
僕の家も燃えていた。しかし、もしかしたら家族が中で助けを待っているかもしれない。そう思い僕は炎の中に飛び込んで行った。
外観はごうごうと燃えてはいるが中に入ると火の手はそこまで進行していなかった。これならば生きているかもしれない。息を何度か吸い込み落ち着かせる。
「おかーーーーーさーーーーーん」
「おとーーーーーさーーーーーーん」
「おばぁちゃーーーーーーーーーん」
叫んでみても返事がない。ガシャンと足元に何かかぶつかる。
「ひっ」
恐る恐る下を向くとフルプレートの鎧を着た人だった。胸元には見たこともない紋章が描かれている。顔はフルフェイスの兜を身につけているので良く分からないが、動かない。きっとこの人も死んでいるのだろう。その先へと視線を向けると2人ばかし同じような姿をした人が倒れていた。そしてその更に奥には
「おばぁちゃん!!!!」
倒れている鎧の人達を抜け、おばぁちゃんの元へと駆け寄る。
「しっかりして!おばぁちゃん!!」
「あぁ、バアルかえ、無事でなによりじゃ」
ぐったりとしているおばぁちゃんを揺すると僅かに目を開けてくれたが、その眼に生気はこもっていない。おばぁちゃんの手をとると、その手は赤く染まっていた。血の出所を探すため身体に目をやるとお腹から血がだらだらと流れていた。
「わしはもう駄目じゃ。なんとかこいつらは倒せたが・・・。お前の両親も村を守るため、戦いにでたがきっと・・・げほっ・・」
おばぁちゃんの血が僕の顔にかかる。生暖かい。きっと、みんな死んでしまっているのだろう。そしておばぁちゃんはもう駄目なのだろう。そう思うと目から涙が溢れてきた。おばぁちゃんの手を僕は力強く握る。
胸の中にどす黒い感情がこみあげてくる。
「いったい誰がこんなひどいことを・・・」
「いいかい。バアル。村がこうしてなくなってしまったのはとても悲しいことだ。でも村を焼き払った人たちを憎んではいけないよ。」
握られた手とは反対のもう片方の手がゆっくりと僕の頭の上に乗せられる。優しくおばぁちゃんがなでてくれる。
「お前が憎み、復讐をし返せば、きっとお前も恨みをかい、復讐し返される。そんなのは悲しすぎるじゃないか。村が無くなるのも何かの運命なのさ。そしておまえだけが生き残るのもね。」
「それでも、僕は・・ボクハ・・・」
この胸の中の気持ちはどこから生れてきたのだろう。今までに感じたこともないような感情が僕を支配する。怒り、悲しみ、嘆き、憂い。この気持ちを僕はどこにぶつければいいのだろうか。
手を思いっきり握り締めて床へと振り下ろす。バン!と鈍い音がした。こぶしがじんじんする。呼吸がまた荒くなる。
「こっちから声がした気がしたが、生き残りがいるのか。」
「こんな辺境の村一つ無くなったところでかまわん、すべて燃やしつくせ」
「はっ!!」
「それよりも奴は見つかったのか?」
「いえ、まだです!!」
「早く見つけ出せ、そして見つけ次第処分しろ。重罪人だ。」
「分かりました!!」
火がはぜる音の中にがちゃがちゃと鎧の音が混じって聞こえてくる。家の外にどうやら、床で死んでいるこいつらの仲間が集まってきているようだ。
「アイツラガ、アイツラガ、みんなを。。」
立ちあがりふらふらと出口へ向かおうとすると、背中を貫かれたような衝撃が走り、その場に崩れ落ちた。朦朧とする意識の中でおばぁちゃんの温かみを感じる。
「手荒なまねをしてすまんねぇ。バールだけはわしが命に代えても助ける。バールなら大丈夫じゃ。恨みにとらわれずにきっと生きていける。なんせ、このわしの孫なんじゃからな。」
額のあたりが熱くなったと思ったら、僕の意識はそこで途切れた。
・・・・・・・・・・・
「おーーーーーーい、人が倒れているぞーーー」
「まぁ、血だらけで大変よ」
「息はあるようだ」
「とりあえず村まで連れて行こう」
「ええ、そうね。」
「きみ、名前は分かるか?」
「・・・・・ぼくのなまえはバール―――」