~ 交響曲 第8番 “飛翔” ~
――それは、さしのべられた手。
守ってくれる人が、欲しかった。
なんでわたしは、パパにもママにも似ていないの?
かばってくれる人が、欲しかった。
『あいつん家、ママハハとママチチだぞ! おれ聞いたもん!』
お姉ちゃんが欲しかった。血の繋がった、家族が。
『パパとママの――うそつき!!』
そう思ったこともあった。
でも、わたしは、笑わなきゃならないんだ。
強くならなきゃいけないんだ。
わたし、バカだよ。でもバカだからわかるよ。
パパも、ママも、わたしを愛してくれてることが。
たとえ血が繋がっていなくても。
本当の家族じゃなくても。
本当の本当は他人でも。
それでも、この繋いだ手のぬくもりは消えないよ。
抱きしめてくれた感触は、なくならないよ。
優しくしてくれた事実は、変わらないよ。
そう。
“笑顔は、愛は、最強”なんだよ。
だからわたしは、不安を笑顔に、さみしさを燃料に、
いつも明るく元気に生きてきた。
たまにこっそり泣いて、
でも、そのことは誰にも知られないように振る舞った。
なんの悩みもない、どこにでもいる、
フツーの、元気なだけが取り柄の女の子として。
そう、わたしは望んで、うそをついたんだ。
明るいわたしも、元気なわたしも、
本当はぜんぶうそで、うそで、うそなんだ!!
顔を覆ったわたしに、唯音は、手を伸ばしたのかもしれない。
頭に触れようとしたのか、肩に触れようとしたのか。
衣擦れの音が、わたしの耳を掠めた。
数瞬ためらって、そして唯音は、口を開いた。
「ペルソナって知ってるか」
「――え?」
わたしは思わず、顔を覆った手をわずかに下ろした。
「心理学用語だ。
人がなにかを演じようとする時の、仮面のことを言う」
一体、何を――?
わたしは不思議そうに、唯音をみあげる。
「何回演じようが、きみの本質は変わらない。
取るに足らない、つまらないものだ――……、
……そう思うかもしれない。
だがそれは嘘だ。それこそ嘘なんだ。
嘘どころじゃない、大間違いだ」
唯音は、らしくもなく、誇張するように言った。
「君の仮面も、また君自身なんだ。
人は美しい表現を口にすることで、自らも美しくなる。
いや、美しいと感じる、その感性こそが、美しいんだ。
人は他人のなかに、自分自身をみつける。
そして、自分自身のなかに、他人をみつける。
そう、君の演じたものは、君の作りだしたものは、
すべて君自身という材料からできているんだ。
君は明るい自分を、元気な自分を、
本当の自分ではないといった。
――でも、そんなわけはない。
材料がなければ、家は作れない。
食材がなければ、料理はできない。
君は、明るくて、元気な種を持っている。
だから花が咲いた。
いつも明るくて元気な、君という花が」
唯音は、こんどはためらうことなく、わたしの肩に触れた。
「……だから、悲観するな。嘆くな。
君はいつだって、君だ。君自身だ……。
君の嘘など、君の隠し持った真実の前では、ちっぽけなものだ。
たとえ君がどんなに落ち込もうとも、日は昇る。
君がどんなに暗くなろうとも、光はさす。
――そう、多くの影を取り除くのは……、一筋の日光でじゅうぶんなんだ」
唯音はそっと、その手を差し伸べた。
「“笑顔は、愛は、最強!”なんだろ?
――それを、君の手で証明してみせてくれ」
わたしには、唯音の姿に、まるで太陽がさしたようにみえた。
唯音らしかった。
その場しのぎのウソも、甘いだけの優しさもくれない。
理屈っぽくて、長ったらしくて、
バカなわたしには、半分も理解できない。
だけどね、唯音。わかったよ。
きみは全力でわたしを励まそうとしてくれている。
理屈っぽくて、長ったらしいなりに、
愛を込めて、激励してくれている。
だったら、わたしは、応えたい。
唯音の、励ましに、優しさに、その、溢れそうな愛に。
「――うん!!」
わたしは大きくうなずき、その手を取った。
その手はひんやりと冷たくて、でも少し柔らかくて、どこかあたたかった。
ほんのちょっぴり、しめっていた。
わたしは少し泣きそうになって、思いっきり顔をあげ、笑った。
「証明なんて簡単! 笑顔は、愛は、いつだって最強だから!」
理由になっていない、と笑い、おかしそうに涙を拭う唯音に、
照れながら、はにかむ。
ねえ、唯音。
きみは、わたしを救ってくれる。
そんなきみに、わたしも応えたい。
……最初はね。
きみをすきになったのに、理由なんてないと思ってた。
だけど、今日、わかったよ。
わたしは、きっと唯音に救われるために、
そして、唯音を救うために、生まれてきたんだって。
今日までの悩みも、痛みも、悲しみも、辛さも……。
――ぜんぶぜんぶ、そのためにあったんだって。
もしこの朝顔の世界に、女神さまがいるなら、わたしはこう言うよ。
『約束します。
――わたしは、唯音のために、この命を使います!』
難しいことはわからない。
単純思考かもしれない。
後先なんて、ぜんぜん考えていない。
だけど、今、わたしは唯音を、過去も未来もひっくるめて、大切にしたい。
――守りたい。
時には守られたいし、それ以上にたくさんのものをあげたい。
わたしは唯音に、ぜんぶあげたっていいし、唯音のぜんぶがほしい。
そのためだったら、命をかけたっていい。
(( ――だから、誓うよ、唯音。わたしは、きみを――……。 ))