~ 交響曲 第6番 “運命” ~
――それは、旅の終わり。
「この朝顔の世界では、芸術ばかりがもてはやされる。
私みたいに、学問を極めようとする人間は、
まるで希少動物のような扱いをされるわ。
まあ、でもここはいいところよ。
<昼蝉>にいた私ならわかる―-。
……あそこはまるで動物園よ。
残酷な子どもたちが、大人達を飼い慣らす、最低な世界。
その点<朝顔の世界>の美しさは……私にはまるで宝石のよう。
だれもが愛し、愛されていて……私には眩しすぎる。
でも、不思議と、住みにくさは感じないの。
美しいものが大好きな、朝顔の人たちは、みんな、美しいの。
きっと心のなかに、宝石を隠しもっているに違いないわ。
そう、<常闇>の、
<青の禁猟区>の動物たちのように……」
そう語るエマは、穏やかな喜びと憧れを瞳に宿し、
深みのあるこんがりとした三つ編みを揺らした。
「もしかして、エマは多重世界の旅人<エヴェレット・トラベラー>?」
「……そう」
静かに、うなずくエマ。
伏せられた長いまつげの奥には、胸を締め付ける、
ちいさくて大きな悲しみと、決意と、
それらをすべて包み込むような、肯定の光が宿っていた。
「―-でも、もうあの長い旅は終わりよ。
私の家<ホーム>はここ。
私は朝顔の世界で一生を終える。……そう決めたのだわ」
嬉しそうに、誇らしそうに、柔らかな微笑みを浮かべるエマは、
いつものクールな振る舞いを、軽やかに脱ぎ捨てていて、
とっても素敵にみえた。
きっと、たぶんだけど、エマは……エマニュエルは、
悲しみや苦しみの果てをみつけたんだ。
どこでもない、誰でもない、自分自身のなかに。
だってそれは、そこにしかないから。
天国なんてない。楽園なんてどこにもない。
救いだってない。――自分のなかにしか。
ひとはみんな、自分のなかの宝石をみつけるために生きていて、
誰かに隠れている宝石だって、自分自身の鏡なんだ。
エマがたどり着いたのは、そういう種類の答えだって、
わたしはなんとなく悟った。
「へえ……でも、ちょっと羨ましいな。
わたしは昼の世界と朝顔の世界しか知らないから、
ちょっと興味あるかも。
……って言ったら、どんどん気になってきた!
――ねえ、エマ、教えて!」
私はエマの膝に、くっつく勢いでねだった。
「甘えないの。夏芽は本当に知りたがりなんだから。
あなたの悪いくせよ?」
「……でも、教えてくれるんでしょ?」
わたしは目を輝かせ、
エマの穏やかで大人っぽい、湖みたいに優しい目を見上げた。
そして、謎めいた紫の斑点の散る、
とてつもなく冷たいのに、あたたかくて、
落ち着いた闇をたたえているのに、
ほのかに光の抱いたように澄んでいる、
その暗緑の瞳の奥に、わたしはみつけたんだ。
エマの、宝石を。
わたしの、胸の奥にもきっと隠れている、それを。
エマはふふ、と嬉しそうに微笑った。
「――あなたが、どうしても知りたいならね?」
そうしてわたしは、たくさんの知らない世界のことを、
わくわくしながら聞いた――。
その頃のわたしは、本当になにもしらなった。
まさかこの世界が、終わりを迎えているなんて――。
でも、断言できる。
それは、きっと<運命>で、<定め>なのかもしれないけれど、
だからこそ、<エヴェレットの子どもたち>であるわたしたちなら、
その運命に抗い、立ち向かうことができるんだって――。
わたし、<空橋夏芽>の物語は、
こうしてはじまりを迎えようとしていた。
終わりが襲い来るのが先か、はじまりが、終わりを追い越すのが先か――。
……賽は投げられた。
――神々がいなくなるまで、あと7日間――。