~おまけ~ ~奇想曲<カプリチオ> “瑠璃猫のワルツ”~
『夏芽楽団交響曲』 ~奇想曲<カプリチオ>“瑠璃猫のワルツ”~
「吾輩はねこである!!」
唯音の部屋のすみから、ぴょん、とこっちに飛び跳ねてきた毛玉。
それは、瑠璃色の体をした、どこからどうみても、猫だった。
「……夏目漱石?!」
「――夏芽、だけににゃ」
金色の目を光らせ、にやり、と笑う猫。
「気持ち悪っ……!……じゃなくて」
なんでにゃんこがしゃべってるんだろう。
ひょっとして、暑さによる幻聴……?!
(※ここは空調の効いた室内です)
思わず、ファイティングポーズを取るわたし。
「何と戦っているんだ?」
木製のドアをきい、と開け、ティーカップを持ってきた唯音が、笑いながら言う。
「……いや、このにゃんこが」
しゃべってるように聞こえたから、ちょっと身を守るか、自分の幻聴と戦うかしようと思ったんだ!
(……なんて、言えないよね!!)
おかしすぎる……。
毛玉に埋まるようにして恥ずかしさをごまかしていると、けだ……いやにゃんこが暴れだす。
「むぐっ。こら! 気安く触らないで欲しいのである! 吾輩の美しい毛並みが汚れるではないか!」
「……ふふ、夏芽、懐かれたみたいだな」
紅茶を飲みつつ、椅子に座って、まったりなごむ唯音。
「どこが?! というか、めっちゃ嫌がってるっぽいよ?」
暴れまくるにゃんこに引っかかれるのは嫌だったから、大人しく離すと、彼(?)はぴょこん、と地面に降り立った。
「なんじも吾輩の魅力には抗えないようであるな」
得意げにぴょこんとひげを立て、ごろごろと喉を鳴らすにゃんこはご機嫌さんだ。
さっきから思っていたけど、口調の古めかしさとは真逆で、声と仕草は驚くほど可愛らしい。
さえずるような声はなんというか、ずいぶん可憐な感じだ。
なんか、唯音に似てるなー……じゃなくて……!!
「唯音! なんでこのにゃんこしゃべってるの?!」
「……夏芽?」
いぶかしそうな顔をした唯音は、わたしの額に手をあてた。
「熱でもあるのか?」
えーっ……(不満)
人には、気安く触るな、君には恥じらいがどうの、っていうくせに、自分が触るのはありなんだ?
ジト目で唯音をにらむと、瑠璃にゃんこがくくっと笑う。
「熱など、あるわけにゃいであろう? まったくご主人は、おバカさんであるにゃ!」
……え―っ……(ドン引き)
じゃあ、ほんとのほんとに、わたしにしか聞こえていないんだ…!
「夏芽?」
こてっ、と可愛らしく首を傾げる唯音をよそに、わたしは、にゃんこの耳に向かってひそひそ話をする。
「吾輩ちゃん! 君ってもしかして、UMA? それとも、メンインザブラック的なミュータント?」
「――くすぐったいのである! にゃんども言うが、吾輩は猫である! ただし、ヴィオロンという正式なるお名前があるので、ご用の際は、ちゃんと呼ぶで候!」
「言葉使い似せてるっぽいけど全然似てないよ! 名前がないはすが名乗っちゃってるし、候とかもはや武士語だよ!」
「……きーん。うるさい小娘である! ちょっとは、黙るがよろしいある!」
「日本猫ですら、なくなったよ!?」
にゃんこは、ボーンインチャイナですか!!
「そうとも。我は日本猫ではない。英国紳士なのである」
「オスだったんだ……」
というか、吾輩呼びは? どこから突っ込めばいいんだろう。
「夏芽、さっきからどうしたんだ? ちょっとおかしいぞ」
心配そうに、唯音が言うので、わたしは慌てて手をぱたぱたした。
「いや、可愛いにゃんこだなーって。おお!毛並みがすごいね!! 血統書つきかなあ!!!」
「いや、ぼくもよくは知らないんだ。マルシェ……ああ、従兄弟だが、彼が拾ってきたらしい」
「ノラかあ。どっかのセレブの脱走猫だったりして」
「にゃふん。その通り。しかしその正体を明かすのはやぶさかではないな。そもそも我はご主人のヴァイオリンに宿った精霊。この体はただそれを具現化しただけのもの……、あっやめろ、そこを触るでない!」
ふよふよしてるしっぽを撫でたら、にゃうん!!と抗議された。
「フ―ッ、フーッ!」
しっぽをピンと立て、今度は威嚇しだす吾輩ちゃん。
「こらヴィオロン、やめないか。夏芽がこわがっているぞ」
唯音が怒ってびょいんびょいんしている、吾輩ちゃんのひげを指で弾いた。
「にゃむん!! なぜ我が怒られるのだ!我輩よりこのむすめのほうが大事なのか! こんな……ただ、ひとなつっこいだけが取り柄のメスに……、この我が負けるなどと……!」
「よしよしヴィオロン。またたびだ。機嫌を直してくれ」
「イヤである! このメスは吾輩の敵だ! そうに違いないのだ!!」
二本の足で立ってみゃみゃーわめきながら、またたびを弾き飛ばし、ぴょこんぴょこん交互に空中をひっかく吾輩ちゃん……。
じゃなくて、ヴィオロンのおててを、唯音はそっと自分の手のひらに、ぽふん! した。
「夏芽はただ、きみと仲良くなりたいだけなんだ。モン・プティ(可愛いひと)。きみも仲良くしてくれると、とても嬉しい」
「むにゃーん!!」
唯音の手をぱたぱた叩いたヴィオロンは、やがて叩き方を、ややぽふぽふ感ある、デクレッシェンド(だんだん弱く)に変えると、みゃおーん!! と大声で悲しげに泣いて、ばっ、ときびすを返すと、しゅたたたー!! と音が出るくらい、プレスティシモ(極めて速く)に走り去った。
「……ずるい!! ご主人のきちくーーー!!!」
(なんでさっきから、無理やり音楽用語ばっかり使っているかというと!! ようするにテスト前なのです!!(泣))
「我輩ちゃん……」
なんだか悪いことをしちゃったな……。
そう思いながらヴィオロンの去った窓をぼんやりみつめていると、
「ヴィオロンは、嬉しそうに去っていったな」と口元に手を当て、くすりと唯音は笑った。
「え…?!(泣いてたけど……?!)」と目を白黒させていると、
「彼は、モンプチが好きなんだ。そのせいか、ああ呼ぶと照れて去ってしまう」と唯音。
「いや……うん……」
モンプチ(ペットフード)は関係ないよね……と、わたしは、色男すぎる唯音の将来を、そっと憂いた。
唯音がモテモテになったらどうしよう……。
フランスの血が騒いでハーレムを作ったら……なにそれ嫌だ!!
思わず、うわっ!!(泣)となって、唯音の手を取った。
「唯音……一生育たないでね……!!」
「?!(なぜ?!)」
こうして、わたしは唯音の新たな一面と、愉快な家族のことを知ったのでした。
❤Fin.❤




