第?幕 “ある兄妹のための前奏曲”
――それは、錆びついた歯車時計の動き出すとき。
「……おにいちゃんのせいだとは思ってない。
――永遠音のせい。
ママは心臓が弱かった。永遠音を生んだから……。
――パパも、ママがいなくなったから……」
「そんなことない」
唯音が、驚いたように言う。
「……ある」
無表情で、永遠音が、否定する。
「そんなことない!」
大声で、唯音は、なおも、繰り返す。
「――ある!!」
永遠音も、必死で主張する。
「……っ、君が思い悩む必要はない!
ぼくのせいだっていってるだろ!!」
「違う。永遠音の、永遠音のせいだもん!!」
みかねた夏芽が、飛び出そうとする。
それを制し、私は低い声で告げる。
「――もう、いい加減にしたら?」
凍りついたように、ふたりはこちらをみる。
その姿に、私は冷めた目で告げる。
「美しい兄妹愛はいいけど、唯音。
あなたは、永遠音のことを考えていない」
「――ぼくは……!」
珍しくかっとしたように言い返す唯音に、言ってやる。
「……考えてないでしょ?
自分だけ悪者になろうなんて、底が浅すぎるのよ。
相手をみなさい。
心優しくて責任感の強い、永遠音のような子には、逆効果。
かえって、自責の念を高めるだけ」
「エマおねえちゃん……っ」
うつむいて叫ぶ永遠音に、私は、つい、と視線をすべらせる。
「あなたもあなた。
今のは、ぜんぶあなたにも当てはまることよ。
唯音とあなたは同じ。
お互いに自分だけ背負おうとするのは、優しさじゃなくてただのエゴ。
相手はそんなこと、望んでいないわ」
「だ、だって……!」
縋るように言った永遠音に、エマは言う。
「だって、なに?」
「エマ……」
「夏芽は黙ってて」
同情したのだろう、口をはさむ夏芽を、ぴしゃりと切って捨てる。
思った通り、永遠音は、ぽつぽつと話し出そうとしていた。
「パパとママがいなくなってから……、
おにいちゃんは、わたしをみるたびに、暗い顔をする。
それは、永遠音のこと、いやだから……」
「……まだわからないのかしら?
そうやって決めつけて、誰がしあわせになるの?」
ぎゅっと唇を噛み、こぶしをにぎる永遠音に、ため息をつく。
「あのね、あなた達兄妹がすべきことは、
重荷を奪いあうことじゃなく、分かち合うこと。
真実なんて、そんなもの、どんな価値があるの?
どちらが悪いとか、不毛な言い争いで、
時間を費やして、自己嫌悪に浸っている暇があったら、
お互い、相手のことを想いやりなさい。
あなた達は、真偽はどうあれ、両方が同罪。
だから、許しあいなさい。相手を、そして自分を」
「…………」
唯音と永遠音は、黙りあった。
そっと相手を伺い、そして、目をそらす。
夏芽がこくり、とうなずき、静かに立ち去るのをみて、
私は内心、ほっとしながら肩を下す。
「ぼく達は、間違っていたのか……?」
思わずだろう、心の声をもらした唯音に、私は、微笑む。
「ええ、そうよ。しばらく反省するがいいわ。話はそれからよ」
そう言い残し、踵を返すと、
いまだ沈黙するふたりを後にした。




