~ 協奏曲 “秘密” -finale- ~
―それは、はじまらないけれど、終わらない物語。
「ねえ、夏芽」
烈火が振り返った。
「あたしは、あなたに恋をしなかったわ。
自分の物にしたいなんて、独占したいなんて、ちっとも思わなかった。
――そう……大切にしたかった。
丁寧に守って、頭を撫でて、可愛がりたくて、たまらなかった」
烈火は泣きそうだ。なのに、すごく嬉しそうに、笑うんだ。
「だから、恋なんかじゃなかったのよ」
――今も。
それは変わらないの、と烈火は目を細め、
わたしの頭を、くしゃりとすると、するり、と頬を撫でた。
優しい手だ。
あったかい手だ。
すべらかで、きれいで、少し大きい、烈火の手。
「だって、こんなしあわせは、他にないわ」
烈火は、笑う。
くらり。
あんまりその笑顔が甘くて、まばゆくて、
わたしの世界が、まるで一回転したみたいになる。
女神に愛された美貌の烈火が、本気で微笑うなら、
きっと、あらゆる物は、あらがう力をなくして、
服従を誓ってしまうだろう。
だって、烈火のそれは、女王にふさわしい、
圧倒的で、絶対的な“力”だから――。
……一瞬。
言葉も、呼吸も忘れて、わたしは烈火の、
あざやかに燃える、炎みたいな瞳をみつめかえした。
「……エマを独占したい、ずっとみつめて、
うらやんで、触れないでいたい。
……そんな気持ちとは、違いすぎる。
あたしはあなたと出会って、エマに恋をした。
それは、必然よ。
すべてはあなたがいなかったら、成立しなかったこと。
エマと、恋人になれるなんて奇跡、あなたがいなかったら……」
そういって、目の端を拭う烈火は、
頬に流れる、透明な一筋を、おかしそうに笑った。
「……本当に、変よね。あたしが、こんなこと言うなんて……」
明日は雨かしら、そう苦笑する烈火の頬は、
赤い果実みたいな、実りの色をたたえていた。
「――ううん」
わたしは、言う。
「……全然、おかしくないよ。
わたしは、唯音を、わたしだけの唯音にしたかった」
独占したかった。
可愛い唯音も、賢い唯音も、
気難しい唯音も、照れ屋な唯音も、ぜんぶ、ぜんぶ。
「誰にも渡したくなかったよ。……今だって、そうだよ。
烈火にだって、譲れない。だけどね――……」
烈火にはしあわせになってほしかった。
強くて、一途で、綺麗で、いつもすごくて……。
ほんとうは泣き虫な烈火が、しあわせになってくれたら、いいなって。
それがわたしじゃなくても、
ううん、わたしじゃなくて、エマだったらいいなって。
烈火のだいすきなエマが、烈火をしあわせにしてくれたらいいなって。
「……だから、わかるよ。 すごく、うれしいよ。
わたしたち、全然違うけど、すっごく一緒なんだもん……!」
そういって、わたしは、烈火に抱きついた。
まったいらな胸。
すらっとしていて、かたい体。
もう、烈火は、女の子の格好をしない。
舞台以外では、ちゃんと男の子だ。
――女の子の口調も、たぶん、今日が最後だ。
……そう。
烈火は、エマのために、女の子のふりをやめたんだ。
それが、ちょっとさびしいけど。
わたしは、一回だけ、すり、と頬をこすりつけると、その胸から離れた。
「これからも、ずっと、一緒にいようね……!」
「……そうね。あなたは、あたしの、最高の友達だわ……」
……ほんとはね。
まぶしそうにわたしをみて笑った烈火の、
ほんのすこしのさびしさを、わたしは知っているんだ。
それでも、それは触れない約束。
わたしたちは、恋愛と友情を履き違えない。
それは、すごく似ていて、でも、ぜんぜん違う。
色も、味も、手触りも……すべて。
「……あたしは……、俺は、約束する。
お前を、これからも、見守る。唯音とは違うやり方で。
――許してくれるか?」
「……うん。もちろんだよ、烈火」
わたしは、まっすぐ烈火をみつめると、ちょっと照れて笑った。
「……でもこれで、有斗としゃべり方、被っちゃったね」
「……ばか。
あいつはいじられキャラで、俺は王なんだよ。完全にレベルが違う」
「女王から、王かあ……さらにたくましくなったね」
「……当然だろ。俺はもともと強い」
わたしは、頭をくしゃくしゃにされそうになったので、逃げ回った。
新しい、烈火との関係。
今日から、女友達から、男友達になった烈火は、
明日には髪を切って、とびきりかっこいい姿で、
周りを騒然とさせるだろう。
だけど、今日だけは、そのままの、烈火の姿でいてくれた。
口調も、ぎりぎりまで、わたしのだいすきな烈火でいてくれた。
いつもと違う烈火に、ちょっとドキドキしたのは、ないしょの話。
それがわたしの、烈火に対する、最初で最後の“秘密”だから――。




