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言葉のもつ意味

 榊さんに田崎さんのことを聞こうと決めたが、ここで一つ問題があった。

 どうやって榊さんと信頼関係を築くか、だ。

 僕もそこまでバカではない。聞くのは榊さん本人のことではないのだ。田崎さんのことを聞くには、僕と榊さんの間で信頼関係が必要だ。僕が藤沢に田崎さんのことを話したのも、信頼関係があってこそなのだ。誰彼構わず言いふらすことではない。

 しかし。僕と榊さんの接点はバイトだけだ。他にはない。かといって、榊さんはレジ打ちなので、バイト中に話しかけるということも出来ない。そもそもレジ打ちと商品出しでは、そこまで接点があるわけでもない。強引に行った所で無駄話をして怒られるのは僕だけではなく、榊さんを巻き込んでしまう。僕の都合で彼女を巻き込みたくはないし、そんなので信頼関係が築けるわけもない。

 ならばどうするか。そう思うと僕の行動は早かった。僕は藤沢にメイトでメッセージを飛ばすことにした。手伝えることがあれば手伝ってやる。藤沢はそう言った。藤沢の知恵と力を使わせてもらう。僕のために。榊さんと信頼関係を築くために。


「お?宮内。どうした?」


 それから十日と少しする頃には、僕と榊さんは普通以上に話が出来るようになっていた。メイトでのやり取りも頻繁に行い、バイト先で落ち合えば無駄話に花が咲いた。いまだに他の女性と話すのには手汗をかくが、榊さんとはそんなことも無くなった。友人関係になったのだ。

 僕は藤沢から言われた三つのことを忠実に守っただけだ。部活で顧問の先生に技術を習うような感じでそれを素直に実践した。その三つとはこうだ。


 一つ。人間関係は、回数×時間×密度で深くなる。

 二つ。相手を褒める。褒められてうれしくない人はいない。

 三つ。絶対にウソはつかない。絶対にボロがでる。


 何のことは無い。ただそれだけのことだった。なぜこんなことが思いつかなかったのか、自分でも不思議だったが効果は高かった。

 榊さんと話す回数を意識的に増やした。それは時に授業を自主休講する形で行われたが、後悔は無かった。彼女のコュニケーション技術を褒め、人間的に素敵だと伝えた。そしてそれらは全てウソではなかった。思ったことを素直に話しただけだった。

 最初はぎこちなかったのが自分でも分かる。だがそれは少しずつ、しかし着実に彼女との距離をつめていった。榊さんからメイトのメッセージで話しかけられたとき、それを実感した。「今お暇ですか?」このメッセージは当分僕の頭に残ることだろう。

 もっと早く藤沢に聞いておけばよかった、と思う。だが藤沢にしても「宮内、お前はダメだ。話術を教えてやる」とは言いにくかったはずだ。友人とはいえ、言いにくいことはある。今回のことが無ければ、もしかすると一生そんな機会は無かったのかもしれない。


 それから何度も榊さんとやりとりをした。学校のことはもとより、彼氏の話もしてくれた。なんでも榊さんの彼氏は、10も年が上なのだそうだ。僕も聞いたことのある会社の社員であり、そこそこ成績も上げているらしい。どこでそんな人と知り合うのか不思議ではあったが、彼女はそこはぼかした。正直なところ興味はあったが、そこを聞いて人間関係が壊れてしまっては元も子もない。突っ込むところはそこではないのだ。


 そして僕は待った。ただ待った。榊さんから「好きな女性のタイプ」の話が出るのを。そうすれば僕は言うのだ。「田崎さんみたいな女性がタイプだ」と。

 これは藤沢からのアドバイスだった。「お前の性格を考えれば、自分からは攻めれないだろ。じゃあ相手から話を引き出せ。で、無理の無い自然な形でそのかわいい子の名前を出すんだ。それが会話の糸口になる。彼女の話が出来るってわけな」と言うのが藤沢の言葉だった。

 藤沢と言う男は、友人ながら寒気を伴うほど色々見ているし、考えている。もし弁護士にでもなったら相当なやり手になるんじゃないだろうか。もっとも、二流私大の、しかも経済学部に通う僕らにとって、司法試験は夢の中ですら受からないのだろうけれど。


 榊さんと話をするのはとても楽しかった。ただでさえも会話のうまい彼女だ。話は尽きず、どんどん話題が沸いてくる。一度藤沢と話をさせてみたいと思ったが、そんな機会はあるのだろうか。

 

 それから数日が経過し、僕と榊さんは今日もメイトでメッセージを飛ばし、やり取りをしていた。まだ来ない。タイプの女性の話はまだ来ない。もしかすれば、それは永遠に話題に上らないのか、と思ったとき、ようやくそれが訪れた。


「宮内さんって、どんな女性がタイプなんですか?」


 来た。来た。来た。とうとう来た。その時が。僕は自室のイスに座りながら、自分の膝と指が震えるのを感じた。最高タイミング。今しかない。今だ。行け。僕。


「宮内さんって面食いなんですね」


 震える指でメッセージを送った僕に、そんな彼女の言葉が返される。田崎さんはかわいい。それは客観的に見てもそうだろう。面食いという榊さんの評価は正しい。僕は面食いなのだろう。僕とは吊りあわない。前にも思ったそんなことが、頭を真っ白にする。次のメッセージが出ない。なんと反せばいい。どんな言葉にすればいい。真っ白だ。頭の中が真っ白だ。痺れて意識がそっちに向かない。田崎さんはかわいい。僕とは吊りあわない。僕はダメだ。彼女はかわいい。僕は。僕は。


「田崎さんって彼氏いるのかな?」


 僕が選んだ言葉は、二階から飛び降りるようなモノだった。送ってしまった。後には引き返せない。送ってしまったのだ。愚かにも。まっすぐに。


「理沙ちゃん彼氏いますよ」


 真っ白になった僕の頭は、その言葉で真っ黒に染まった。彼氏はいる。彼氏がいる。当然だ。彼女はかわいい。僕は二流大学に通うどこにでもいる学生で、ヒーローになったことも、結果を出したことも無い。どうしようもない人間だ。そうだ。そうなんだ。最初から僕とは吊りあわないのだ。藤沢ごめん。そしてありがとう。結果でたよ。望むものではなかったけど。


 足が大きく振るえ、指先はもっと震えた。いかんともしがたい現実がそこにはあった。


 しかし、次の榊さんからのメッセージは、少し意外なものだった。


「宮内さん。理沙ちゃんのこと、気になりますか?」


 どういう意味だろう。僕の真っ黒に染まった意識に少しだけ別の絵の具がたらされた。気になる。それはどういう意味だ。いや、言葉のとおりだ。僕は彼女が気になる。それにウソは無い。藤沢の言葉を借りるなら、ウソをついてはいけない。だから思いをそのまま言葉にのせた。


「僕は彼女のことが気になるよ。でも彼氏いるんだよね」


「彼氏はいます。でも宮内さん、とっちゃえばいいんです。彼氏から」


 トッチャエバイインデス?とは、どういう意味だ?トッチャエバイインデス?とっちゃえばいいんです。とる?何を?田崎さんを。誰から?彼氏から。なんだって?なんだって?


 言葉の意味すら追えない僕と、榊さんとの今日のやりとりは、この言葉で締めくくられた。


「じゃ、今日はこれくらいで。宮内さん。努力の結果、見えてますからね。少なくとも、私には分りますから。じゃ、おやすみなさい」

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