表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/14

同じ時間、同じ場所で

 榊さんとの話から数日が経過した。

 時間は誰でも平等に進み、気づけば時間は経っているものだ。


 土曜日。

 学生である僕は学校が休みであった。しかしバイトはある。大学生といえば時間があり余っている、と人は考えるが、人手の足りないバイトに足を踏み入れてしまえばそんなことはないのだ。「お前は青春を謳歌すべき時間をバイトで浪費している」とは友人の藤沢の言葉だ。言い返すことはしないが、お金だって必要なのだ。しかしたまには完全な休みも欲しい。

 バイトは夕方からであり、残念なことに、それまでさして予定も無い。いや、一つだけ予定があった。町の図書館で借りている本の返却期限が今日だったからだ。これだって大事な予定だ。借りたものは時間内に返す。この本は共有の財産であり、僕だけのものではない。


 僕の住んでいる町の図書館は少し変わっている。池の上に建っているのだ。そして公園も併設されており、子供からお年寄りまでの憩いの場と言えた。土日となれば、様々な人がそこには足を運ぶ。

 この図書館、大学の友人などに写真を見せると、上々の評判が返ってくる。もちろん直接自分のことではないが、少しだけ鼻とならしてしまう。オシャレで雰囲気のある建物。僕はそういうのが好きだ。「ここまで女子とのデートに使える図書館も少ない」これはまたもや藤沢の言だ。


 自宅で母特製のオムライスを昼食としてとり、自転車で図書館に向かう。

 夏の日。自転車は風を切って進み、それが非常の心地よい。全身に風を感じ、そして図書館にたどり着く。短い橋を渡って図書館の中へ。そして入り口近くの窓口で本を返却した。

 さてこれからどうするか。時計を見ればまだお昼過ぎ。図書館に来たのだから、また本を借りよう、という当然の考えが僕の頭に浮かぶ。しかし、さて何を借りようか。僕は読書が好きなので、まぁなんでも楽しんで読むことが出来る。しかし、できれば誰かと本の観想を言い合いたいのだ。


 僕はスマホを取り出し、メイトというアプリを立ち上げる。

 メイトは登録しあっている人とチャット、そして通話の出来る通信アプリだ。とにかく便利で今では世界中で何千万人もの人が使用しているアプリなのだそうだ。


 僕はメイトで大学の友人とのグループに参加している。そこに「今図書館にいるんだがオススメ頼む」とメッセージを飛ばす。図書館でスマホはいかがなものか、と思うが、まぁ通話ではないので許して欲しい。

 それからすぐに、このグループの発起人でもある八木やぎからメッセージが届いた。「今オススメなのは……」と、ある作家の名前と書名が表示された。八木曰く、この前アニメ化もされた、なかなか面白い作品があるのだそうだ。京都を舞台にした狸のお話。なるほど、確かに面白そうだし、その作家さんの名前も聞いたことがある。


 図書館の端末を使用し、本を探してみる。あった。どうやら借りられてもいないようだ。これも何かの縁であり、すぐさま指定された本棚に向かう。本との出会いは縁によるものだと思う。いい本と出合うのは、いい人と出会うのに似ている。いい出会いはよりよい人生を創ってくれる。


 その本棚に向かうと、先に一人の女性がいた。七井芽衣子なないめいこ。僕と同じワイワイマーケットでバイトをしている人だ。

 僕は彼女のことを名前くらいしか知らない。彼女はサービスカウンターにおり、商品出しの僕とは絡む機会も無い。やけに童顔で、いまいち年齢がぴんと来ない。高校生か大学生か。ただ少なくとも、僕より年上ということは無いだろう。いや、童顔だからこそ、そういう可能性も否定できないのか。


 僕がそんなことを考えていると、彼女が僕の気配に気づいたのか、視線をこちらに向け、そして会釈をした。彼女も僕を顔見知りと認識したのだろうか。顔を覚えられるのはそんなに悪くない。僕も会釈を返した。

 しかし、さてどうしたものだろうか。そこから話があるわけでもない。何事も話さないのも失礼かとも思うが、声をかけるにしても親交がそれほどあるわけでもない。もっとも、バイト先で話しかけるほど親交のある人なんぞ、商品出しの男性グループ以外、頭に浮かんでは来ないのだが。


「あ……」


 僕は彼女が手に取っている本を目にし、言葉が出た。八木から紹介された本、それを彼女が持っていたからだ。どうするか考えた末、僕は声をかけることにした。少なくとも、全く知らない間柄ではない。なんとかなるだろう。それが僕の背中を押した。


「あの……七井さんですよね」


「こんにちは。そうです。七井です。宮内さん、でした……よね?」


 意外なことに、彼女は僕の名前を知っていた。顔を知られているだけでなく、名前まで知っていてもらえた。率直にうれしい。

 彼女ははにかみ、その童顔をさらに幼くし、僕に言葉を返した。


「七井さん。その本、今読まれてたんですか?」


 今思うと、少しとんちんかんな質問だ。緊張のせい、としておきたい。


「いえ、今から借りようかと思ってたんです。ネットでレビューを見ていたら、なかなか面白そうだったので。買おうかどうしようか迷ったんですが、図書館にあることを知って、今日来たんです」


「そうなんですか。いや、実は僕も友達から同じ本を薦められて」


「よかったら先に借りちゃってもいいですよ?私、他にも借りようと思っている本があるので」


 こんなこともあるのか。なんだか小説のワンシーンのようだった。偶然、同じ本を、同じ図書館で、同じバイト先の人が、同じ時間に借りようとしていた。偶然と考えるにはあまりに出来すぎている。しかしこれは運命だ、と思うほど僕は夢見がちでも無い。逆に言えば、同じ時代に生まれ、何かの縁があって出会った。運命的で無い出会いを探す事のほうが難しいのだ。ただこう理屈をこねて考えてしまう自分が少し嫌いでもある。


 結局僕は、七井さんから本を渡され、それを借りることにした。

 そして、横にある公園で、二人で話をすることにした。

 七井さん曰く「なかなか本の話を出来る人が回りにいないんですよ」とのことだ。そういう意味で、僕は友人に恵まれているな、と思った。本のことで相手をしてくれる友人がいる。八木もそうだし、鈴本もそこそこの読書家だ。


 公園の脇にある自販機で缶コーヒーを二本買い、一本を彼女に渡す。初夏の日差しは強く、陰が覆っているベンチに二人で腰をかけた。


 ひとしきり、七井さんと本の話をした。

 彼女には好きな作家と言うのがいないらしい。その時々ネットで見かけ、興味がわいたものを読むのだそうだ。純文学も、エンタメも、恋愛も、SFも、ミステリーも、ライトノベルも、分け隔てなく、興味の赴くままに。

 最近のオススメは、怪異を扱った高校生が登場する小説のようで、アニメ化もされているのだそうだ。そのアニメ、そういえば八木の話にも出ていたな、と頭によぎった。今度それを見てみようか。それにしても、最近アニメ化されている小説は多いのだろうか。僕はよく知らない。


 二十分ほど話して、七井さんは「じゃあ家事がしないといけないので失礼します。一人暮らしの身なので、何かとやることがあるんですよ」と言うや、ベンチから立ち去っていった。そうか、彼女は一人暮らしをしているのか。では大学生なのだろう。いや、フリーターかもしれない。そこまで彼女に突っ込んで聞いていいのか分らないあたり、僕の女性に対する免疫の無さが見て取れた。

 手を見れば、榊さんのときと同じく手汗がひどかった。暑さのせいにしておこう、と思った。


 ともかく、まだまだバイトまでは時間がある。僕は自販機で二本目の缶コーヒーを買い、ぐいっと一息に飲み込んだ。夏の日差しに照らされて、喉がさらに渇くのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ