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言葉の洪水にさらされて

 次の授業が終わった後、八木と少し話をすることにした。他愛のない雑談ではあったのだが、藤沢の言葉に沿ってキャッチボールを意識してみた。言葉を受け取り、言葉を投げる。また言葉を受け取り、また言葉を投げる。それを繰り返してみた。

 八木の趣味は読書だ。古いものから新しいものまで。洋の東西を問わず、気の向くまま心の赴くままに本を読む。なので、そこをつつくように話を振ってみた。最近読んで面白いものはあったか。好きな小説家は誰か。どんな物語が好きなのか。映画はどうだ。マンガは?

 考えてみれば、僕は八木のことを何も知らない。ただたまたま同じ授業を受けていて、席が横だったのがことの始まりだ。何度か顔をあわせるうちに言葉を交わすようになり、メイトのIDを交換し、今に至る。だらだらと人間関係が出来た、が言葉としては適当だろう。ただ話したいことを話すだけの関係。言いたいことを投げつけるだけの関係。それはちゃんとした人間関係なのだろうか。


 八木との話は盛り上がった。それは授業と授業の合間、たった10分の出来事であったが、八木の顔は明らかに輝いていた。こんな顔は見たことがない。八木とはこんな表情をする人なんだ、とその時初めて知った。八木とは友人であったはずだ。僕は自分のダメ差加減を改めて思い知った。

 会話をキャッチボールすると言うことは、その人のことをより知る、という意味もあるのだ。


 僕はもう一人と話をしたいと思った。

 それは鈴本とだ。


 付き合いは長い。だが、では何を知っているか、と問われれば多分何も知らない。ファッションと将棋が好き。IT系の専門学校に通っている。学校の成績は中の中。背は低めで細身の体。大雑把に言ってしまえば、その程度のことしか知らず、まったく上辺うわべのことでしかない。僕は幼馴染のことですら何も知らないのだ。


 鈴本にメイトでメッセージを飛ばす。コーヒーでも飲みながら話をしようかと。


「宮内君。お誘いありがとう。コーヒーを飲もう。今日の20時なんかはどうだい?」


 僕は鈴本と向かいあって、アイスコーヒーを飲んでいた。

 そういえばいつ以来だろうか。こうやって鈴本と席を共にするのは。記憶を辿ればここ3ヶ月ほどはなかったように思う。前回の季節は冬だったし、鈴本は派手目の上着を着ていたはずだ。間が空いてもこうやって付き合ってくれるのは非常にありがたい。榊さんがいたとはいえ、服も一緒に選んでくれた。持つべきものは友人なのだ。


 鈴本と近況報告をした。久しぶりにちゃんと話をする意味もあったし、旧交を温めるにはそれが一番だと思ったからだ。この前の将棋のときも、服を選んだと肝、ちゃんとした話はしていない。僕が一方的に鈴本の力を借りただけだ。それは一種、打算的でもあったのだろう。自分の利益と思いのために。


 鈴本の話は長く続いた。就職先がまだ決まってないこと。学内で流行っているカードゲームのこと。将棋で初段になったこと。最近見かけた面白いネットの記事こと。鈴本は勢いよく話をしている。僕はそれを聞き、相槌を打ち、話を投げかけ、時に笑った。僕にとって話術の練習、その意味はもちろんある。だが、会話自体が面白いのだ。人と言うのは際限のない話の鉱脈なのかもしれない。どこまでも掘り進めることが出来る。どこまでも湧き出てくる。溢れんばかりの言葉の交わりだ。


 一時間半ほど話をして、今日の話を終えることにした。話はまだまだ続けることは出来たが、今日で全部が終わるわけでもない。また話をする機会と言うのはあるのだ。

 僕と鈴本は、こんなやり取りで話を締めくくることになった。


「宮内君。久しぶりだったけど楽しくお話が出来たよ。ありがとね。なんか雰囲気変わったよね。何かあった?やっぱあれ。恋をしたからかな」


「かもしれない。少なくとも、以前の僕がダメだったかは身にしみたよ」


「ダメかどうかはおいておこうか。でもそれは成長というやつだね。いいんじゃない」


「鈴本、君はどうなんだ?恋をしてる?」


「してないね。ま、相手がいないってのが一番の理由かな。別の彼女が欲しくないわけでもないし」


「お互い色々あるね」


「お互いね。ともかくうまくいくことを祈るよ。また付き合うことになったら紹介してね」


 結局僕のこの会話の練習は、バイト先のパートのおばちゃんたちにまで飛び火することになる。バイトが始まる少し前。バイトが終わった少し後。合間を見つけては話かけた。

 繰り返すうちに、それはもうすでに練習ではなくなっていた。ただただ会話が楽しかったのだ。ただただ言葉を使ったキャッチボールを楽しんだ。話を投げ、受け取り、また投げる。その繰り返しの中で、僕は楽しさと感じていた。そして、たったこれだけのことに、何を僕は苦労していたんだろう、と思う。


 少し時間が経過した日曜日のことだ。僕はいつもより少し早くバイト先に到着し、早々に準備を終えた。明日は魚の特売日らしいのだが、僕はそこの担当ではない。いつもより少しだけ楽なバイトになるだろうな、と内心思った。


 僕は控え室のイスに座ったが少し手持ちぶさただった。バイトが始まるまであと30分もある。スマホでもいじっていればすぐに経ってしまう時間なのだろうが、それはなんとも味気ない。

 そんなことを考えていると、控え室に七井さんが入ってきた。


「あ、宮内さん。お疲れ様です」


「お疲れ様です。あれ?七井さん、そういえばなんか久々な気がしますね」


「バイトには来てましたよ。でも私、カウンターですし、時間も少し違いますからね。いても印象には残らないかも」


「あぁなるほど」


 そこから七井さんとの会話が始まった。そして、それは少しだけ僕の予想を外れる会話だった。

 七井さんと前回話したのは、図書館の横にある公園でのことだ。そこで本の話をした。興味の赴くまま、様々な本を読むことを知った。それは覚えている。なので、今回もそんな話になるだとうと思った。しかし違った。七井さんは僕に質問を投げかけた。学校ではどんなことを勉強しているのか。何かスポーツはやっていたか。最近おもしろい本はあったか。などなどだ。

 ここで僕は一つの思いが心に浮かんだ。そうか。七井さんは、僕と会話をしたいのだ。

 僕と七井さんは、バイトが始まるまでの30分余り、色々な話をした。お互いがキャッチボールを意識している会話。話題は尽きない。そして僕は七井さんのことを知り、七井さんも僕のことを知ったのだ。


 そして、七井さんは言った。


「宮内さんって、最近少し変わりましたよね」


 鈴本にも似たようなことを言われたのが思い出される。間違いなく僕は変わったのだろう。努力の結果が出ていることは素直にうれしい。でも僕は答えをはぐらかすことにした。うれしいけれど、それを表には出したくなかった。何故なら、僕が変わった理由は田崎さんに振り向いてもらうためだからだ。


「ありがとうございます。いい友達に恵まれているからですよ」


「ふふ。でももう少しでバイトですね。よかったら、明日図書館についてきてくれませんか?読みたい本があるんですが、一人だと少し寂しいので」


「……え?」


 突然の言葉に僕は色を失う。頭の中も心もだ。


「あ、おいやなら仕方ないんですが、よかったらです」


「いやいやいやいや。よかったらも何も、いいんですか?」


「はい。なのでお誘いしてるわけで」


「あ、いや、その。行きましょう!」


 そんなやり取りがあり、僕は翌日七井さんと図書館に行くことになった。


 バイトが終わったらすぐに帰宅し、ご飯を食べた後自室にこもった。

 僕の頭の中は一つの言葉でいっぱいになっている。「デート」。たったそれだけで埋め尽くされている。どこを見てもどっちを向いても「デート」という言葉で埋め尽くされている。明日は七井さんとデートなのだ。僕は変わった。成長した。その結果がこれなのだ。何も考えることなく、明日デートすることになったのだ。


 しかし。田崎さんのことはどうするのだ。宮内洋。お前は田崎さんが好きで、今までの自分と決別したのではないのか。変わったのではないのか。努力をしたのではないのか。お前はどうしたいのだ。違う。田崎さんのことは好きだ。でも七井さんからの誘いを断る必要だってないはずだ。女性からの誘いを無碍に断ることなんてできない。異性を誘う、それには勇気がいる。断られるリクを負うんだ。まして女性からだ。並大抵のことじゃないはずだ。宮内洋。お前、浮かれただろ?初めて女性から誘われて浮かれただろ?榊さんとだって出かけたはずだ。何も問題はないじゃないか。それとは少し違う。その時は、田崎さんという意思があった。目的があった。今回はどうだ。どうなんだ。


 言葉は渦を巻き、そして考えても考えても結論は出ない。


 しかし僕はお誘いにOKを出したのだ。だから明日はデートなのだ。その事実は変わらない。そうだ。もしかしたら、七井さんだってもっと軽い気持ちで誘ったんじゃないだろうか。単純に、一人で行くよりも二人で行くほうが楽しい、とかそういうやつだ。うん。一人で行くのは寂しいし、七井さんだってそう言っていたじゃないか。


 僕は布団に入り、目を閉じた。言葉の洪水の中、僕の意識は沈んでいった。

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