物語の始まり
「いらっしゃいませー」
某大都市から電車でおおよそ40分。街と言うには人が少ないし、町と言うには店が多い。そんな中途半端でどこにでもある所に僕はいる。
「や、磯くん。そっちの準備は順調?」
改めて僕と言う人を振り返ってみる。
僕はここと同様、平凡な大学生と言えた。
何か人並みはずれた能力を持っているわけでもない。スポーツでヒーローになったこともないし、勉強だって高校と大学の第一志望を落ちるくらいの学力。顔もどこにでもいるような冴えないものだ。
友人の藤沢のように楽器が弾けるわけでもないし、また別の友人、鈴本のようにオシャレでもない。
あえていうなら、人より身長が高く、人より体重が軽いくらいか。
石を投げればコツンと当たりそうな、そんなどこにでもいる大学生だ。
「あー。明日分の商品ださなきゃ。忘れるとまた怒られる……」
そんなありふれた大学生である僕は、これまたありふれたスーパーマーケットでバイトをしていた。
そのスーパーは「ワイワイマーケット」という、これまた平凡な名前。同じ名前のスーパーなんて、探せばいくらでも出てくるのじゃないか。
売り場が広いわけでもなく、ものすごく商品が安いわけでもない。ただただありきたりで、取り立てて書くことが思い当たらないスーパーマーケットだ。
「またレジの子、たこ焼き屋さんと話をしてる……。確かにあの人カッコイイけどさ……。なんだかな……。いや、羨ましくなんかないんだからな」
彼らは付き合っているのだろうか。それは僕には分らない。でも彼らは親しげに話をしている。羨ましくないと思いながら、それでも何かを感じてしまう。
はたして恋愛とはどういうものなのだろうか。
僕の両親は恋愛結婚だったというし、藤沢にも彼女がいる。だから恋愛とはそれくらいにありふれた、そして身近なものなのだろう。
小説でもマンガでも、恋愛を題材にしたものは多い。ありふれているが、それでもなお人を惹きつける魅力が恋愛にはあるのだ。
「あ、パスタソースですか。ご案内しますね。こっちです」
今年21才になる僕には、今まで恋人がいたことが無い。
もちろん、誰かを好きになったことが無いといえば嘘になる。小中高、それぞれで好きになった子はいる。かわいい子、元気な子、目立たない子。様々な子のことを好きになった。結局は言い出せず遠くから眺めているだけで、そのまま時間だけが過ぎていった。
告白出来なかった理由なんて今となってはどうでもいいことだ。僕とは吊り合わない、勇気がなかった、それこそ理由なんていくらでもひねり出せる。
ただ失恋すらしたことが無い、というのは自分の中ではかなり大きなことだった。
よくも悪くも結果は出ていない。
僕と恋愛との距離は、いささか遠いものだった。
「浜口さん、今日も来てくれたんですか。いつもありがとうございます」
恋人がいる、とはどんな気持ちになるのだろうか。僕はそれを考える。
天にも昇る気持ちとも聞くし、恋をすると詩を書きたくなる、と言う人もいた。
いずれにしても、こればっかりは言葉では表現できないもの、経験をしてみないと分らないものなのだろう。
好きな人と一緒に映画を見て観想を言い合ったり、雑貨を見て買うのを悩んだり、海辺で手を繋いで歩いたり。そう考えただけでも心が暖かくなり、そして締め付けられもする。
「いくら特売日だからって売れすぎだろ、冷凍食品……」
そんなことを考えながら、僕はバイトに精を出す。商品の補充とポップ貼りも終え、少しだけ時間が空いた。
僕はレジに視線を向けた。
視線の先には一人の女の子がいた。長身で細身の女の子だ。
彼女は今日もレジ打ちをしていて、特売日ということもあり、それなりに忙しそうだ。
商品のバーコードを読み込ませ、カゴからカゴへ商品を入れ替える。単調でもあり、しかしお金を扱う大事な仕事だ。
僕は思う。クラスで3本の指に入るかわいさ、という表現がぴったりくるか。少し幼さの残る、少女と女性の中間にいるような顔立ち。
僕と彼女は話をしたことは無い。一方的に遠くから目線を送るだけ。それでも僕は彼女のことが好きだった。
そう。好きなのだ。
これは、僕、宮内洋と彼女、田崎理沙、そしてそれを取り巻くみんなの物語。