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七九九万  作者: つちたぬ
9/20

その9 本神編



とある国立図書館。

そこには国内のみならず、世界中で出版される

あらゆる本が逐一保管されている。

図書館の最深部、ひと気がなく陰気くさい通路を

大男が急ぎ足で歩いていた。

男は通路の中間で立ち止まり、本棚に向かって

囁いた。


男:「本神殿、おられるのだろう?」


一冊の分厚い本が、本棚からゆっくりと飛び出し

空中でとまり、こちらに表紙を向けた。

やがて細かく震えだし、くぐもった声を発した。


本神:「これはこれは男神殿ではないか」

   「男神殿が図書館に出向くとは、こりゃ雪でも降るかな」


男神:「冗談など言っている場合ではないぞ」

   「前代未聞の事態につき、是非知恵をお借りたい」

   「力でなく、知恵をな」


本神:「ふむ」


男神:「得体の知れない者達が突如現れ

    世界各地で暴れまわっているのだ」


   「奴らは魂を持っている、

    いや、魂だけの存在と言ったほうが適切か」

   「これまで、魂を所持するのは神の特徴の一つであり

    魂を持つもの=神という認識でも問題は無かった」


   「しかし奴らは、魂を持つにも関わらず

    今までの神とは性質が異なる」

   「様々な物や生命に取り付き

    媒体の性質などお構いなしに

    でたらめに操作し、媒体およびその周辺に

    大変な被害をもたらす」


   「奴らに荒らされた人間の町をいくつか見たが

    惨いものだった」

   「人間の空想の産物である、地獄を

    目の当たりにしているかのようだった」


   「また、恐ろしいことに

    奴らは他の魂を傷つけることが出来るのだ」

   「奴らを取り押さえようとした神が一柱いた」

   「空気を操る、力のある神だ」

   「当然、魂だけの者には

    物質を用いた攻撃は効かないので

    魂の牢獄を形成し、奴らを封じ込めようとしたのだ」


   「だが、牢獄はあっけなく破られ

    その神は消滅した」

   「以降、神々は奴らに対抗する術を持たず

    ただ逃げ惑うことしか出来ない」

   「今こうして話をしている間にも

    何柱もの神が捕まり、滅ぼされているかもしれん」

   「それでだ。少し思い当たる事があって

    貴方の元を訪ねたのだ」


   「悪意のある霊魂から身を守る呪文。

    そういったものが、もしかすると有効なのでは

    と思ってな」


本神:「なるほど。これまでの理を覆すような輩には

    かつて迷信とされてきた術も効くかもしれんな」

   「私に聞きに来たのは良い判断だ。

    私は世界中の本の殆どを

    一字一句暗記しているからな」


本神は自身のページをパラパラとめくり

ある一箇所で止めて男神に見せた。


本神:「これなんてどうだろうか?」


”むかしむかしあるところに

おじいさんとおばあさんが住んでおったそうな。

おじいさんは山へ柴刈りに・・・”


男神:「何だこれは?」


と、そのページの全ての文字が揺らぎ

別の文章に置き換わった。


”古の神より授かりし十字、邪を破らんとす”

”言葉無き者は記せ

光無き者は唱えよ

双方無き者は念じよ”


”羅 天 与 陀 僧 典 巣 帝 阿 穴”


本神:「神聖十字といってな」

   「個々の文字に力は無いが、この十字を

    この順で連結すると効力を発揮し

    悪霊を祓ってくれるらしい」


男神:「試すとしよう」

   「術が効かず、私が敗れたら後の事は頼むぞ」


本神:「別の術をかき集めて

    他の神に伝えれば良いのだろう?」

   「任せておけ。ああそうだ、これを持って行け」


本棚から小さめのルーズリーフが飛び出し

男神の手のひらに収まった。

中を見ると、先ほどの十字が

全てのページに書かれていた。


男神:「ありがとう。ぞんざいに扱わせてもらうよ」


そう言い、男神は図書館を後にした。


図書館から十分離れた場所まで来ると

男神は魂の触手をいくつか伸ばし

悪霊どもの位置を探索した。

ここから北東1000キロほど進んだ地点に

魂が不自然に集結している。

そこにいる男達の恐怖と狂気も読み取れる。

間違いない、悪霊どもはそこで暴れている。

男神は肉体が耐えうる限界寸前のスピードで

その場に向かった。


そこに着くと、辺りは血の匂いに満ちていた。

建物は崩れ、木はなぎ倒され

アスファルトは血と肉塊で着色されている。

悪霊どもは、住人を全員バラバラに

引き裂いてしまったらしい。


男神:「おのれ、好き放題荒らしおって」


そのとき、近くの建物の窓が割れ

一体の悪霊が飛び出してきた。

その悪霊が不気味な声で叫ぶと

どこからともなく他の悪霊が沸いて出てきた。

全部で30体ほどか。


悪霊達:「憎イ、憎イ・・・」

    「殺ス、殺ス・・・」

    「虚シイ、虚シイ・・・」


悪霊達は男神を取り囲み

手首を包丁や巨大な鋏に変化させた。


男神は、ルーズリーフから素早く1ページちぎり取り

真正面の悪霊に叩きつけた。


悪霊:「ギャアアアアア!」


一体の悪霊の輪郭と色が薄まり、虚無と化した。

神聖十字は確かに効力がある。至って強力な。

それだけ分かれば十分だ。

次の1ページをちぎる間もなく

悪霊達の攻撃が男神に次々と命中した。


しかし、男神の体が傷つくことは無かった。

いつの間にか、男神の全身に

黒色の神聖十字がびっしりと書かれていたのだ。

男神に攻撃を加えた悪霊達の手首が溶け

苦しそうに呻いた。


男神:「皮膚の色を操っただけでこの様か」

   「もはや貴様らなど敵ではない!」


男神は、神聖十字付きの拳を

その場にいる悪霊全てに叩きこんだ。

30体余りの悪霊は瞬く間に消滅した。


男神「さて、と」


土神:「そうか。身を挺しての実験、ご苦労だった」


男神から報告を受けた土神はため息をついた。

大地を蹂躙し、友である空気神を葬った侵略者に

ようやく神罰を下せる。

土神は吼えた。

全ての大陸が振動し、土神の声が響き渡った。


土神:「よく聞け、邪悪な侵略者よ。

    貴様らの暴挙は、貴様らの存在をもって

    償ってもらう。

    それが世界の選択だ。


    羅 天 与 陀 僧 典 巣 帝 阿 穴!」


神聖十字の言葉と共に、山ほどの大きさの

漢字十字が各大陸から突き出た。

逃げ場を失った悪霊達は、一体残らず無に帰った。


日が西に沈みかけている。

図書館の窓から射すオレンジ色の光を受けながら

本神は物思いに耽っていた。


本神:(異様な者達の出現・・・確か前にもあった)

   (魂を貪る怪物がどこからか現れ

    影神が犠牲となった)


   (二つの騒動の間隔は三年と短い。

    しかもそれ以前は全く見られなかった)

   (一体世界に何が起きているのか・・・)


景色の一部が歪んだ。

本神は我に返り、歪みを注視した。

歪みから、鋼色の鎧を着た若者が歩いて出てきた。

少しして、歪みは収まったが

鎧の男は歪みと共に消え去らず

その場に留まっている。


男:「ここは何処だ・・・本が浮いている?」


本神:「新たな訪問者だと?悪霊騒動が収まった端から」


男:「本の化け物とは珍しい」


男は剣を抜き、本神に斬りかかった。

本神は剣を避けると、本棚から無数の本を取り出し

自らを中心にゴーレム状に積み重ねた。

ゴーレムの大きな拳が男を殴り飛ばす。

男は壁に背をぶつけ、その場にくずおれた。


ゴーレム:「いきなり斬りかかるとはご挨拶な奴だ」


そのとき、窓から射す陽光が消えた。

日が完全に沈んだようだ。

ゴーレム形態の本神は

男から怪しげな気配を感じた。

男の鎧が黒ずみ、やがて漆黒に染まった。

男の顔は、黒い闇に変化し輪郭が無くなり

目だけが元の姿を維持していた。

黒い鎧、黒い兜、

そして暗すぎて影のように見える剣。

両眼以外、黒一色に統一されている。

黒い鎧は、剣を握りなおして

立ち上がるとこちらに向かってきた。


ゴーレム:(こんな化け物は初めて知った。

      かつて見た、どんな本にも記されていない)


ゴーレムは一冊の本を呼び寄せ

中身を神聖十字で埋め尽くした。

その本を、黒い鎧めがけて投げつける。

黒い鎧は、剣を持っていない左手のひらで

本を止めた。

本の周りを小さな稲妻が走った後

本は灰となって崩れた。


ゴーレム:(やはり効かんか)


ゴーレムは小細工をやめて黒い鎧に殴りかかった。

変身前とは比べ物にならないスピードで

剣が孤を描き

ゴーレムと、その後方数十メートルにあるもの全て

真っ二つとなった。

図書館の床から天井付近にかけて

長い裂け目ができ、少しばかり塵が降ってきた。


黒い鎧:「弱い。もう少し骨のある奴を探すとしよう」


黒い鎧は周囲の闇に溶け込み、姿を消した。


本神は呻いた。

黒い鎧の剣は、本神の魂までは切り裂けなかったが

剣が通った部分が激しく痛み

その場を動くことが出来ない。


本神:(これが痛みというものか)


神経を持たない媒体を司る本神にとって

痛みは初の体験だった。


本神:(奴も魂に干渉する何らかの力がある)

   (放置は危険だが、今の私に出来ることはない)

   (それよりも心配なのが空間の歪みだ)

   (異世界の怪物が、次々と入り込む)

   (それだけで済めばまだ良いほうだな)


図書館の傷口から見える外の光景は

妙に静かだった。


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