その8 溶岩神編
南方の大陸奥深くに聳えるフレイウ火山。
これまでに幾度となく噴火を繰り返している。
フレイウ火山の麓。土が燻り
全長1メートルほどのトカゲが地面から顔を出した。
その体は、熱した鉄の如き赤い輝きを放っている。
彼は、溶岩を司る神であり
フレイウ火山の噴火が絶えないのも彼のせいだった。
彼の生き甲斐は、付近に住む生き物を捕え
焼き殺すことだった。
規則的な形を持つ生き物が、もがき苦しみ絶命し
やがて形が崩れて溶岩と同化する様は
なんとも神秘的である。
当然、人間や他の動物たちからは嫌われ
時折、彼を退治せんと
人間達が徒党を組んでやってくる。
もちろんこのトカゲが負けるはずはない。
すべて返り討ちだ。
今日も愚かな人間達が
奇妙な格好をした車に乗り込みやってきた。
一人が車から降り、ホースを引っ張り出している。
人間がホースを持ち、こちらに向けた。
人間A:「発射!」
大量の水がホースから勢いよく噴き出し
トカゲに当たった。
凄まじい量の水蒸気が立ち昇る。
放水が止まり、水蒸気が晴れると
冷えて黒く固まったトカゲの姿があった。
人間A:「やったか?」
恐る恐る石化したトカゲに近づき、そっと触れてみる。
トカゲの石像は動かない。
人間A:「ついに化け物を退治した!」
「化け物の犠牲になった方々の仇をとったぞ!」
人間が車に戻ろうとした時、変化が起きた。
トカゲの色は、瞬く間に黒から燃えるような赤へと
変化し、人間に向かって口を大きく開けた。
人間B:「おい!そいつはまだ生きてるぞ!
早く逃げてこい!」
車の運転席に座っていた、もう一人の人間が叫ぶ。
人間A:「え?」
トカゲの近くにいた人間が後ろを振り向く。
人間の視界がオレンジ色一面となった。
トカゲがその口から巨大な炎を吐き出したのだ。
トカゲの体温があまりにも高いため、
吐く息は体内から出た瞬間に炎と化すのだ。
人間は消し炭となって、その場に崩れた。
車に乗っていたほうの人間はUターンし
その場を走り去ろうとした。
トカゲ:「逃すか!」
大型の車は全速力でその場を遠ざかったが
トカゲはそれを上回るスピードで追ってきた。
トカゲはパッと飛びあがり、マフラーに飛び込んだ。
次の瞬間、車は爆発を起こした。
炎上する車の上部を溶かし、頭を形成したトカゲは
低い声で笑った。
パタパタパタパタ・・・
プロペラ音と共に、上空に二機のヘリが現れ
車の残骸を取り込もうとしているトカゲに
消火薬剤を撃ってきた。
トカゲ:「上空に居れば安全ってか?」
「随分と見くびられたものだ」
トカゲはヘリの方をじっと睨むと
カエルのように跳躍した。
ヘリとの距離をあっという間に半分まで詰めると
二体に分裂し、それぞれのヘリに突撃した。
二台のヘリは、トカゲ型の弾丸に貫かれ
墜落し爆煙を上げた。
トカゲ:「馬鹿どもをなぶり殺すのは痛快だわい」
「・・・物足りない」
「ここ周辺の民家はあらかた焼き尽くしちまったなあ」
「遠方の町でも襲うか」
トカゲは、町を求めて遠出することにした。
都市ハイト。高層ビルが建ち並ぶ、大規模な都市。
道路の真ん中を赤いトカゲが陣取っていた。
彼の足元のアスファルトが焦げ
刺激臭のする煙を上げている。
トカゲ:「さて、どこから溶かしてやろうか」
頭上に何者かの気配を感じ、上を見上げる。
身長2メートルほどの大男が
空中をゆっくりと降下してくるのが見えた。
トカゲ:「うん?何だお前は?」
男:「私は男神。貴方があまりにも暴れるもので
他の神々から、非難が殺到している」
「誰が貴方を止めるかという話になり
「私がその面倒を押しつけられたわけだ」
トカゲ:「人間如きが俺を抑えようなどと
実にくだらん冗談だ」
男神:「そうそう、普通にやり合ってはかなわんので
手加減して頂きたいのだが」
トカゲ:「何だ?」
男神:「貴方が今操ってる媒体だけで戦う事。
その代わり、こちらもこの肉体しか使わない」
トカゲ:「良いだろう。お前を消し炭にするには
十分過ぎる量だ」
「では、早速消えてもらおうか」
トカゲが男神に飛びかかる。
男神は再び宙に浮き、攻撃を避けた。
トカゲもその体を浮かせ、男神の後を追う。
しばし空中での鬼ごっことなる。
トカゲ:「どうした?逃げるだけか?」
男神:「そうだな、そろそろ反撃といこう」
男神がこちらに突進してくる。
トカゲは炎を吐こうと、口を大きく開けた。
トカゲ:「何っ!」
男神の右の掌が十倍ほどの大きさに膨れあがった。
その反面、筋肉質だった体は痩せ細った。
怯んだトカゲは、その掌に叩き落とされる。
トカゲ:「人間にしてはトリッキーな動きだ」
「だがそれが何だと・・・あっ」
いつの間にか真下に巨大な円形プールが広がっていた。
男神は逃げ回りながら
このプールの上空まで誘導していたのだ。
プールから水しぶきと水蒸気が激しく上がった。
男神:「終わったか。」
「早く腕を冷やさねばならんな」
もとの体型に戻った彼の右腕は
トカゲをはたいた際、貰った熱で
燃えるように熱くなっていた。
神の力で制御していなければ
とっくに焼け崩れているだろう。
突然大地が激しく揺れ始めた。
少し離れた場所のビル群が
次々に崩壊していくのが見える。
プールから恐ろしい量の水蒸気が湧き出る。
男神は急いでプールの真上から遠く離れた。
男神:「まさか」
完全に干上がったプールの底に長い亀裂が入り
大量の溶岩が噴き上がった。
激しく噴き出る溶岩の頂上部は
無数の巨大な赤い蛇の形をとり
ゆったりとうねっている。
」
男神:「取り決めを破るとは。
貴方にプライドというものはないのか」
溶岩神:「プライド?そんなものは冗長だ」
男神:「もはや私の力ではどうすることも出来ない」
「しかし、これ以上暴れるのであれば
上位の神々に報告し、然るべき制裁を受けてもらうぞ」
溶岩神:「ほざけ」
大蛇の一匹が飛びかかり、男神を一口で食らった。
ひとまず邪魔者はいなくなった。
溶岩神は地下深くのマグマを
引っ張り出し、更に肥大化した。
やがてその体に街全体が呑みこまれた。
溶岩神が次の標的を探していると
近くの浅瀬から、今の溶岩神に
勝るとも劣らない大きさの龍が飛び出した。
その体は透き通った青色
牙は凍てつく氷柱のような白さだ。
龍:「今度はわたくしがお相手します」
青い龍は、溶岩神の体にきつく巻きついた。
体が急激に冷やされ、溶岩神は思わず咆哮を上げた。
水蒸気が、溶岩神に接着した龍から噴き出るが
それは空に昇って行こうとせず
弧を描いて龍に吸収された。
溶岩神:「お前は・・・水神か」
龍:「そうです。わたくしがもっと水を呼び寄せて
貴方を黒い瓦礫の山にしてしまわないうちに
大人しくしなさいな」
「海の水全てを敵に回したくは無いでしょう?」
溶岩神:「ふん、地球内部のマグマを全て用いて
海を蒸発させれば良いだけだ」
龍:「恐ろしいことを・・・そんなことをすれば
海の生物が死に絶えてしまう!」
溶岩神:「知ったことではない」
龍:「!!」
そのとき、二体の前に灰色の球体が現れた。
大きさは、二体の神々の五分の一程だ。
球体の周囲には、本体の
更に十分の一くらいのサイズの
球体が幾つか周回している。
球体:「おお、水神よ、足止め御苦労だった」
龍:「遅いですわ。もう少しで
海が大変なことになるところでしたのよ!」
球体:「すまぬ。誰がこの愚かな小物を抑えるのか
決めるのに時間が掛かってしまった」
龍の姿をした水神は、溶岩神を拘束から解放し
海の中に戻って行った。
溶岩神:「誰が愚かで小物だって?
このつるっ禿げ野郎」
球体:「お主だ。それと我はつるっ禿げではない。原子神だ」
溶岩神は動揺した。
恐ろしく上位の神が来たのだ。
原子神:「地球には何百万何千万もの神々がおる」
「その程度の力量で地球を荒らし
住まう神々に喧嘩を売るとは、浅はか極まりない」
「都市一つの破壊と住民虐殺
地殻とマントルの部分改竄
ついでに男神との戦闘ルール違反」
「1500年の禁錮をもって、その罪を償うがよい」
溶岩神のいた所に巨大な光の柱が出現した。
溶岩神が一瞬で真上に吹き飛ばされたのだ。
体は原子レベルで分解され、魂だけの存在となった。
地球は平穏を取り戻していた。
溶岩神が滅ぼした都市
生物全てが元通りに修復された。
フレイウ火山は溶岩神を失って、深い眠りについた。
溶岩神:(ふん、再び溶岩を手に入れれば問題はない)
溶岩神は、地球のマグマを手にしようと
魂をその方角に伸ばそうとした。
しかし、何かに阻まれて魂を伸ばせない。
溶岩神の魂の周囲は、鉄の分厚い壁と
それに憑依した原子神の魂に、隙間なく覆われていた。
魂の牢獄である。
複数の魂が同時刻かつ同空間に
重なることは出来ない。
また、攻撃手段がない現状では
力任せに押し通ることも不可となる。
溶岩神は、これからの1500年
一切行動出来ないことを考え
深い後悔と激しい絶望に囚われた。