その7 金属の神々編
蔦に覆われた古びた城。
現在は観光地として保護され
許可なく中に入ることは禁止されている。
その、今は無人のはずの城内に
金属質の重い足音が響く。
ある子部屋に横長のテーブルと椅子が配置され
9体の鎧がテーブルを囲んでいた。
重い足音が段々近づき
小部屋の入口から赤茶色に輝く鎧が姿を表した。
「銅神よ、1分の遅刻だ」
長いテーブルの片端の席に座る鎧が声を発した。
彼は他の鎧よりいくらか黒ずんでおり
鉄臭さを周囲にまき散らしている。
銅神と呼ばれた鎧は、一つだけ開いている席に座った。
鉄神は再び声を発した。
鉄神:「さて、いよいよ明日の正午
クロノ派とウス派による戦が
イリスの地で行われる」
「我々はクロノ派に付き、戦を勝利に導くのだ」
「まさかとは思うが
参加したくないなどと言う輩はおらんだろうな?」
6名の手が上がった。
鉄神:「ふむ。その理由を聞いていこうか」
「まずは錫神」
錫神:「争い事に興味などない。くだらん」
鉄神:「次、金神」
金神:「人間の集団ごときに何体もの神が
相手にすることなかろう。一体で殲滅すれば良い」
鉄神:「我らに対抗するため
敵勢力にも神々が付く予定だ」
金神:「それは面白そうだ。
喜んで参加しようではないか」
鉄神:「次、アルミ神」
アルミ神:「我が金属は性質上
戦闘向きではないのだ」
鉄神:「次」
プラチナ神:「貴金属においては、戦闘での強さよりも
美しさと希少性がより重要なのだ」
鉄神:「もう良い。参加の意を示さない者は去れ」
5名の神が立ち上がり、小部屋から出て行った。
小部屋が静かになるのを待って、銀神が口を開いた。
銀神:「戦闘時のルールはどうなっている?」
「対神戦となれば、ルールなしでは泥沼になるぞ」
鉄神:「第一に、戦中
戦場の外から物資を持ちこまぬこと」
「第二に、頭部が破壊された者を敗者とし
その者は速やかに戦闘から離脱すること」
「また、頭部は変形させてはならない」
「ルールはもちろん相手側の神々とも了承済みだ」
「我々は本来頭部など必要としない。従って
擬似的な頭部を持たねばならん。今の状態のようにな」
鉄神は自身の兜に親指を向けた。
銅神:「どんな奴らが相手なんだ?」
鉄神:「生物系の神が2名。他は不明だ」
銅神:「道理でルールが生物寄りな訳だ」
「より単純な構造を持つ物質の神が相手では
生物の神が圧倒的に不利だからな」
「よいハンデではないか」
鉄神:「多少手加減をしたところで
我らの勝利に揺るぎはない」
「圧倒的な力の差による畏怖と無力感を
奴らの魂に叩き込んでくれる!」
イリスの地。かつて平和な時代には
空に幾重もの虹が架かり、人々に愛されたという。
やがて宗教対立に巻き込まれ
戦が絶えなくなってから
その地で虹が見えることはなくなった。
静寂をキャタピラの轟音が破り
十数台の戦車を先頭にして
クロノ派の兵士たちが行進してきた。
金属の神々は、ひときわ大きな戦車の上に座っている。
行列の後方で、兵士が小声で何やら話している。
兵士A:「いくら戦争に勝つためとはいえ
異教徒の神を味方に付けるなんて」
兵士B:「止むを得まい。何が何でも勝たねば
我らに未来は無いのだ」
「おっと」
行進が止まった。前方を見ると
ウス派の勢力が立ちふさがっていた。
しばしの沈黙。
鉄神は、対峙するウス派の先頭にいる神々を視認した。
大ぶりの剣を持った、2メートル超えの大男。
血色の悪い顔をした細身の男。
そして、何とも形容しがたい姿の化け物。
巨大な赤い肉塊の下部から
何本もの太い木の根が生え
それを足のように使い移動していた。
肉塊の上部には、大きな毒々しい茶色い茸と
人間の、首から上の骸骨が生えていた。
首の骨は1メートルほどの長さで
頭蓋骨と合わさって、カタツムリの触角の如く
ゆっくりとしなっていた。
金神:「相手はたった3体か」
鉄神:「魂を探ってみろ。4体だ」
「大男が持っている鋼鉄の剣。」
「あれにもしっかりと魂が宿っている」
双方の指揮官が号令を掛けた。
「構え!」
「撃て!」
敵側から銃弾と砲撃が飛んできた。
こちらは・・・
皆、銃を構えたまま固まっていた。
戦車も動きを止めている。
鉄神:「早速やってきたか」
剣を持つ大男は男神。その能力を用いて
クロノ派の兵士全員を支配したのだ。
鉄神:「先に神々を潰すぞ!ゆけ、金銀銅!」
金、銀、銅の神は素早い動きで
相手の神々のもとに突撃した。
それぞれ銃弾の雨を浴びたが
ただの雨を浴びているだけように
平然としている。
時折飛んでくる砲撃は、流石にきっちり避けているが。
銀神は男神、金神は細身の男、銅神は化け物を
剣で攻撃できる間合いまで入った。
銀神:「お手合わせ願おうか」
男神:「望むところだ」
銀の剣と剣神が刃を交える。
やがて、少しずつ剣神が銀の剣にめり込み始めた。
剣神が震え、言葉を発した。
剣神:「鋭さも強度も足りん!私には役不足だ」
そう言い終えた時、銀の剣が真っ二つに切れた。
男神:「もらった!」
男神と剣神が一体となった強烈な突きが
銀神の兜に炸裂する。
兜が貫かれると、銀神は負けを認め
ドロドロに溶けた。
そして銀の小川となり戦場を去った。
銅神は、目の前の巨大肉塊にどう対処すべきか
少し考えていた。
銅神:「これはフェアとは言えん」
「お前の頭部の位置を教えてもらおうか」
化け物についている人間の頭蓋骨が口を開いた。
化け物:「これは失礼。ここだ」
銅神:「親切にどうも。お前は構成要素からして
生物神と言ったところか」
化け物:「惜しいな。我は細胞神だ」
銅神:「さあおしゃべりはここまでだ。覚悟はいいかな?」
銅神は、体から二本の銅剣を取り出し
両手に装備した。
細胞神:「はて、なんの覚悟やら」
銅神が真上に飛び、細胞神の頭蓋骨に
向き合おうとした。
しかし何かが足に絡まり
その高さまで到達できない。
足元を見ると、大量の蔓が足に巻きつき
締めつけていた。
銅神:「ふん、舐めるなよ!」
銅神の足から無数の刃が突き出て
蔓をバラバラに切り刻んだ。
次の瞬間、銅神の頭部を極太の牙が貫いた。
蔓に気を取られていて、肉塊から突き出た牙に
気付かなかったのだ。
こうして銅神も敗れ
銅の川となって戦場の外に消えた。
この男は・・・ただのひ弱な人間にしか見えない。
そして今にも倒れそうなほど、顔色が悪い。
まあ良い。さっさとこの男の頭をぶち壊せば良いだけだ。
金神は金の剣を構えた。
ふと背後に何者かの気配を感じた。
振り返ると、銃弾を浴びて力尽きたはずの
クロノ派の兵士数十人が立ち上がり
あと一歩のところまで迫っていた。
金神:「くそっ、何だこいつらは」
金の剣を振りかざし、反逆者たちを切り刻む。
しかし足を切っても首を切っても
彼らは歩みを止めず
金神を呑みこむ雪崩となった。
その恐ろしい圧力により、金の兜は簡単に
押しつぶされてしまった。
やがて、亡者の塊から金の小川が流れだし
その場を去った。
鉄神:「奴は死体の神か。
どうやら予想以上に大物揃いだったようだ」
戦況を見守っていた鉄神は呟いた。
クロノ派側の5体の神のうち、3体があっけなく
やられてしまった。
鉄神:「そろそろ本気を出すとしよう」
「やれ」
その声と共に、クロノ派の戦車が火を噴き
死体神の頭を粉砕した。
他の2体と1本は、予想外の攻撃に驚いているようだ。
男神:「馬鹿な。戦車内の人間も
支配下にあるというのに」
鉄神:「戦車や銃は何で出来ているんだろうな?」
そう、それらはほぼ鉄の塊なのだ。
クロノ派、ウス派問わず全ての戦車の主砲と銃口が
男神らを取り囲んだ。
一瞬後、激しい銃弾と砲撃の嵐が男神らを襲う。
鉄神:「この攻撃の中では自由に身動きできまい!」
鉄神ともう一体は戦車を飛び降り
男神と細胞神に接近してきた。
鉄神は鉄の剣を鞘から抜き、男神に斬りかかった。
その斬撃を剣神が受け止める。
剣神:「なかなか手ごわい剣だ」
男神が銃撃を避けるのに精神を集中しているので
せいぜい鉄神と同威力の一撃しか出せない。
何度も斬り合いをしているうちに
チャンスは巡ってきた。
男神が兵士たちを操り、勝手に動いていた大量の銃を
一斉に破壊したのだ。
男神と剣神はタイミングを合わせ
剣神の体を鉄神の兜に向けて超加速した。
鉄神はそれに気づき、剣で受けようとしたが
一足先に剣神の一撃が頭に直撃した。
鉄神の動きが止まる。
鉄神の兜には深い傷跡が刻まれていた。
鉄神:「敗者は去るのみ。後は頼んだぞ、チタン」
そういえば細胞神は・・・
男神がそちらを見ると、細胞神の頭蓋骨がすっぱり切れ
地面に落ちるのが見えた。
もう一体の金属の神が細胞神を破ったのだ。
鉄神と細胞神の退場後、男神とその神は向き合った。
男神:「お前で最後だ」
そう言うや否や、強烈な突きをその神の兜に繰り出す。
しかし、その一撃は確かに命中したが
剣先は兜に一ミリも刺さることはなく
ピタッと停止した。
金属の神は微動だにしていない。
直後、剣に込められた力が行き場を失い
猛烈に振動した。
その震えが男神の腕に伝わってくる。
男神:「なんて強度だ」
金属の神:「我はチタン神。我が強度は鋼鉄を上回る」
そう言うと、チタン製の剣で何度か斬りつけてきた。
その斬撃を受けるごとに剣神の刃がこぼれる。
男神:(剣がダメならば、この拳で)
チタン神:「終わりだ」
チタン神の胴体部分が、無数の弾丸に変化し
放射線状にばら撒かれた。
避けきれず被弾し、男神は吐血した。
男神:「ぐはっ」
間髪入れずチタン神の剣が動き
男神の頭部を切り捨てた。
チタン神:「さて、剣のほうは」
空を見上げると、剣神がすごい速度で
こちらに落下してくるのが見えた。
大気による摩擦の影響か、白熱している。
チタン神:「相討ち狙いだろうが、無駄だ」
チタン神は頭部以外の全てのチタンを
大型の槍へと変化させ、剣神に放った。
限界まで加速しているせいで
剣神にこの一撃を避けるすべは無かった。
剣神とチタンの槍は、空中で白い花火となった。
チタン神:「奴の頭部は・・・その柄にあったか」
「まあ今となってはどうでも良い事」
チタン神は、周囲に飛散したチタンを回収し
鎧の姿に戻った。
チタン神:「人間どもよ、もはや貴様らに勝ち目はない」
「我に滅ぼされぬうちに退却せよ」
生き残ったウス派の兵たちは震えあがり
慌ただしく撤退し始めた。
こうしてクロノ派は勝利を収めた。
しかし、好戦的な神々にとっては
勝利よりも参戦が重要だった。
人間の戦も、神々にとっては自然現象でしかない。
それに乗じて戦えば、多少の死者が出ても
他の神々から文句を言われることはほとんどないのだ。