表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
七九九万  作者: つちたぬ
6/20

その6 車神編



八月中旬、お盆の時期。

男は実家に帰るため、田舎道を車で走っていた。

少し前まで渋滞の真っ只中に居たため

時刻は深夜0時を回っていた。


男:「すっかり遅くなっちまったなあ」

「まあ他の車も見かけなくなったし

飛ばせばもう少しかな」

「あー、赤かよ・・・」


前方の信号が赤に変わり

男は少し苛立ちながら停止した。

しかし、渋滞の時は鬱陶しいことこの上ないが

周辺に車が一台もいないというのも

少し寂しいものである。

と、反対車線に赤い乗用車が来るのが見えた。


男:(こんな夜中に町の方向へ?)

  (コンビニでも行くのかな?)


赤い車も、赤信号の手前で止まる。

男は目を疑った。

赤い車の運転席に誰も座っていない。

助手席、後部座席にも人の姿がない。

赤い車は無人だった。

信号が青に変わり、赤い車は音もなく

男の車の横を通り過ぎた。

男は車を前進させるのも忘れ

走り去る赤い車を茫然と眺めていた。


後に知ったことだが、赤い無人車は

2ヶ月ほど前からたびたび出没しているらしい。



ひと気のない道路の行き止まり。

工具箱を持った怪しげな男が通りかかった。


男:「さて、久々にお仕事と行きますか」


路上には、一台の赤い自動車が止めてあった。

男は周りに人が居ないのを確認し

自動車の運転席を覗き込んだ。


男:「何も置いてねえな」

  「使えそうなのはカーナビくらいか」


男は工具箱からハンマーを取り出し

運転席の窓ガラスを割ろうとした。

ハンマーが当たる直前、いきなり窓ガラスが開き

結果的に座席を殴ってしまった。


男:「な、なんだ?」


男は再び周囲を見回す。しかし誰もいない。

なんだか薄気味悪いが

せっかくのチャンスを無駄するのはアホらしい。

男は気を取り直し、窓から助手席に乗り込んだ。

カーナビに手を伸ばし、引きはがそうとする。

シートベルトがシュルシュルと音を立てながら

伸びてきて、男の首に巻きついた。


男:「ぐっ!」


窓が開いたときに頭によぎった嫌な予感が

的中してしまった。

近頃出没していると噂に聞く

幽霊自動車に違いない。

男は首に巻きついているシートベルトを

はがそうとしたが、更にきつく締まるばかりだ。

男は必死にもがき、車のドアに体当たりした。

意外にもドアはあっさり開き、男は外に投げ出された。

首に巻きついていたシートベルトも同時にほどけた。


男:「ひえぇぇお助けぇぇ!」


男は情けない声を上げながら逃走した。

行き止まりからT字路に出て、左の道を選ぶ。

その道幅は車一台分しかなく

前方から車は来ていない。

男は後方を確認した。

先ほどの幽霊自動車が交差点に差し掛かり

こちらに曲がって来るのが見えた。

追ってきた!このままでは追いつかれてしまう。

男は左側にある塀に手をかけ、急いでよじ登った。

塀の向こう側に落ちると同時に

男が先ほどまでいた場所を

幽霊自動車が猛スピードで通り抜けた。

助かった!しかし、ここは?

塀に仕切られた広い敷地。

塀の内側に沿って並んでいる木々。

その中央に、大きな屋敷がひっそりと建っている。


?:「あら?わたくしの庭は立ち入り禁止ですよ?」


声の方を見ると、ショートヘアで黒髪の美人が

立っていた。


男:「た、助けてくれ、車が、赤い車が!」


女性:「少し落ち着きなさい

何を言っているのかわからないわ」


男は今までの経緯を話した。


女性:「まあ、それは災難でしたね」

   「でも、この敷地に侵入してくることは無いから

    安心していいわ」


男:「なぜそう言いきれる?」


女性:「わたくしの敷地内で勝手なことは許されなくてよ」


いまいち説得力に欠けるが

女性の自信に満ちた態度からして

大丈夫だという気がしてきた。


男:「あんたはここに一人で住んでいるのか?」


女性:「他に、殿方が一人居ますが

    彼はアウトドア派なので

    この屋敷に居ることはあまりないですね」


男:「じゃあ今はあんた一人な訳か」


女性:「それが何か?」


男:「つまりこういうことだよ!」


男は女性に襲いかかった。

女性の狂おしいほどの美貌に

理性を保てなくなっていた。

だが、男が抱きつこうとする寸前に

女性は消えてしまった。

つんのめった男が姿勢を立て直し、頭を上げると

目の前に女性がいた。

女性は片手を振り上げ、男にビンタした。

男の首は、力を受けた向きに砲弾の如く吹っ飛んだ。


女性:「わたくしの手を汚させるなんて、とんだ客人だこと」


女性は敷地の外に顔を向けた。

すると、その方角から数人の女性が飛んできた。

女性の一人は男の首なし死体を担ぎ

敷地の外へ持ち去った。

他の女性は清掃具を持ち

庭の血痕を拭き取っている。


この殺人は、奇妙なことに事件として捜査されることはなく

ニュースに取り上げられることも無かった。



場所と時は変わり

ある山奥の道路のでのこと。


禿頭の少年が一人、道路脇に立っている。

少年は、車が通るたびに手を上げているが

どの車も少年の横を通り過ぎるだけだ。

そこに、一台の赤い車が通りかかった。

例の幽霊車である。

幽霊車は少年の横に止まり、ドアを開けた。

少年は特に驚くこともなく

車の後部座席に乗り込んだ。

ドアが閉まり、車が走り出す。


「どちらへ?」


カーナビの声色を用いて幽霊車が尋ねた。


少年:「ここから北東のほうに大きな屋敷があります」

   「もしその方面に向かうのでしたら

    そこまで乗せてください」


幽霊車:「了解」

    「ところで、あんたは何者なんだ?」

    「神々の一柱であることは分かっている」

    「後部座席の空間を満たしていた

     我が魂の一部をどかさなければ

     あんたを乗せられなかったからな」


少年:「私はご覧の通り、人間を操る者です」


幽霊車:「すると、これから向かう

     屋敷の連中の上位互換なわけか」


少年:「屋敷の方々をご存じでしたか」


幽霊車:「顔見知り程度に」


少年:「あなたも見た目通りの方ですか?」


幽霊車:「そうだ。俺は車全般を操る化け物さ」

    「今はこの赤くて小柄な体が気に入ってる」


前触れもなく地響きが鳴り、道路が軽く振動した。

前方を見ると、今走っている道路の先にある

トンネルが崩れ、砂煙を上げていた。

少年の表情が強張ったが、すぐに表情を緩めた。


少年:「良かった、誰も巻き込まれていない」


幽霊車:「脇道無しか」


道は崖に沿った一本道なため

トンネルが使えないのは致命的だ。


少年:「飛べば良いでしょうに」


幽霊車:「車は大地を走るもの。飛ぶのは飛行機の仕事だ」

    「とはいえ、他に手段は無さそうだ」


赤い自動車は、ふわりと浮かびあがり

レールを飛び越え、崖に沿うように山を下っていった。

間もなく別の道路に着地し

車は屋敷のある方角に走り出した。

しばらくして、住宅地の入り組んだ道路に入り込み

住宅同士の狭い隙間から

直列に並んだ木々が見えた。


少年:「着きましたね」


車が角を曲がると、頑丈そうな門が正面に構えていた。


少年:「ここまで運んでいただき、感謝致します」


幽霊車:「感謝されるなんて初めてだが

     案外悪くないもんだな」


少年が下りると、赤い車はヘッドランプを二度点滅させ

Uターンをして走り去った。


少年:「さて」


ぴんぽーん

チャイムを鳴らすと、インターホンから

女性の声が聞こえた。


女性:「はい?」


少年の口から、テンポの速い奇妙なメロディが

発せられた。

神々が編み出した、人語とは異なる言語だ。

ほとんどの神々にとっては

こちらのほうが発声が楽なため

神同士のコミュニケーションによく用いられるのだ。


門が開き、美しい女性が出迎えた。


女性:「人神様、ようこそおいで下さいました」


少年:「お久しぶりです、女神殿。

    100年ぶりくらいになりますね」

   「近くの山でちょっとした実験をしていたのですが」

   「雨風の凌げる場所が恋しくなり

    ここを訪れた次第です」


女性:「昨夜はひどい嵐でしたものね」


少年:「ええ、その雨で土砂崩れが起きるほどに」


少年は、ふと何かに気づき、顔をしかめた。


少年:「お宅の庭から微かに血の匂いがします」


女性は嫌な顔をした。


女性:「わたくしを襲おうとした不届き者の血ですわ」


少年:「何も殺すことはないでしょう」

   「人間は、我々神に比べると、とても弱い存在です」

   「罪を犯した者でも

    手加減をして適度に罰するべきです」


?:「あ、人神様じゃないですか、お久しぶりです」


体格の良い男が屋敷から出てきて、声をかけた。


少年:「男神殿、お久しぶりです」


女神:「男神よ、お聞きになって。

    人神様ったら、わたくしが変質者を罰したことを

    お咎めになったのよ」


男神:「ううむ、まあ良いではないですか。

    人間の一人や二人。」

   「どうせ時が来れば何事も無かったかのように

    蘇生するんですし」


人神:「その時が来るまで放置するつもりですか」

   「リセットが来るまでの数年の人生を

    女神殿は奪ったのですよ?」

   「その人間を神と置き換えてごらんなさい」

   「到底許されることではないはずです」

   「それで女神殿、人間の遺体はどうしました?」


女神:「火葬場で灰になりました」

   「でも頭部はこの付近にあるでしょうけどね」


女神は不貞腐れ気味に答えた。


人神:「頭部は私が探します。男神殿は食肉加工場から

    適量の肉と骨を運んできてもらえますか?」


男神:「人間を蘇生されるおつもりですか。物好きな方だ」


人神:「完全にとは行かないまでも

奪われた人生の数年を戻してあげましょう」


やがて男の頭部と、十分な量の肉と骨が運ばれてきた。

頭部は白骨化が進み、しゃれこうべとなっていた。


人神:「まだDNAの損傷は少ないので

    肉体の再現は容易です。」

   「ただ脳が残っていないので、記憶の修復が出来ない」

   「女神殿、男の生前の記憶は保持されていますか?」


女神:「持ち合わせていませんわ」


人神:「本当に?」


少しの沈黙。


女神:「ええ、保持していますとも。

    付近の人間の脳を覗き見ることは、

    人を支配する神々の間では慣習ですから」


人神:「では、その記憶を私に全て伝えてください」

   「始めましょうか」


人神は用意された骨付き肉の塊を

恐ろしいペースで食べ始めた。

人神が食べた分だけ

彼の背中にコブができ、盛り上がった。

十分な量を食べ終わる時には

彼の背後に、生前と同じ姿の男がくっついていた。

人神が男を背中から切り離すと

男は事前に用意された服を着用した。


人神:「後は記憶ですね」


人神が男の額を見つめると

男の目に知性の光が灯った。


人神:「修復完了。自宅に帰して差し上げよう」


修復された男はどこかに飛び去り、見えなくなった。


人神:「これから宿を借りる立場だというのに

    我が儘を言って申し訳ありません」


男神:「まあもう済んだことですし、お気になさらず」


女神:「嫌な事は水に流しましょう。

    それより、先程のお口直しにワインでもいかがです?」


人神:「口の中がまだ血生臭いので、助かります」


彼らは屋敷の中へと入り、談話を楽しむのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ