その5 影神編
昼休み。給食の時間が終わり
クラスの二分の一程が教室に残っていた。
景三は左腕を押さえつけ、ぶつぶつ独り言を言った。
景三:「や、やめろ・・・
これ以上犠牲者を増やしたくはない!」
「落ち着け・・・影の悪魔よ」
金髪でタバコ臭いクラスメートが近づいてきた。
金髪:「また影の悪魔と戦ってるんスかww
景三さんマジパネェッスww」
景三:「ゴミが。死にたくなかったら今すぐ消えな」
金髪:「あ?調子こいてんじゃねえぞ池沼!」
妄想の産物である影の悪魔が手を貸すはずもなく
金髪にボコボコにされ
5時間目の授業が始まるころには全身が痛かった。
今日の授業が終わり、帰宅部員の景三は帰る途中
小さな公園の入口で足を止めた。
夕日に染まった地面に、自分の黒い影が伸びている。
景三は再び左腕を抑え、少しうつむいた。
景三:「くそ・・・まだこの体を
乗っ取られる訳にはいかない!」
ほんの一瞬視界が暗くなった。
景三は驚き、辺りを見回した。
周りには誰もいない。
目につくのは自分の影だけだ。
突然、影が手を振った。
景三は眼をこすり、もう一度影を見た。
影の頭に穴が二つあり、まるで目が付いているようだ。
景三:(落ち着け俺。もしかしたら
悪い夢を見ているのかもしれない)
景三は太ももをつねった。
ボコられた時にちょうどアザが出来ていたので
ものすごく痛かった。
影の頭から目が消え、今度は口が付いていた。
意地悪そうににやけている。
景三は動揺を抑えるため、公園に入り
とりあえずブランコに腰掛けた。
影も景三に合わせて動き
景三の真正面に落ち着いた。
景三:(待てよ?今太陽って向こう側にあるよな・・・)
影の隣に黒い文字が現れた。
”初めまして、景三君。”と書かれている。
逃げ出したくなる気持ちを抑え
景三は言葉を押し出した。
景三:「お前は何者だ」
”そうだな、影の悪魔、と考えてくれれば良いかな”
自分の妄想だった影の悪魔が姿を表した?
景三の恐怖心は薄れ、次第に興奮してきた。
景三:「つまりお前は、魔界から来た悪魔で
人類を滅ぼすために俺の心を食い
力を貯めているんだな?」
”残念だが、君のその設定通りではないのだ”
”今日、俺はたまたま君の中学校を
通り抜けようとしていた”
”出席簿に君の名前を見つけ、気に入ったので
君の影に取りつき、遊ぶことにしたのだ”
”大丈夫、悪いようにはしないさ”
日が落ち、影の文字が読みにくくなってきた。
冷たい風が吹き、景三は身震いした。
景三:「家に帰らなくては。お前もついて来るのか?」
暗くて文字が見えない。
景三は自宅に帰り、夕飯、風呂を済ませて
自室に閉じこもった。
再び文字が現れた。
”やあ”
景三:「お前は遊ぶことが目的だったな。
影を操る他にどんなことが出来る?」
”いや、それしか出来ない”
白い部屋の壁に、大きな犬の影絵が映った。
景三はがっかりした。
影しか使えないのでは
あまり実用的とは言えない。
景三:「勉強は出来る?」
”興味は無いな。よって出来ない”
こりゃダメだ。
影の悪魔の使い道を考えているうちに
景三は眠くなってきた。
景三:「今日はもう寝る」
”遊ばないのか?”
景三:「なんか疲れたんでね。明日遊んでやるよ」
景三は着替えてベッドに入った。
翌日。景三は一日中、影の悪魔について考えていた。
昼休みの時間も大人しく
特に誰からも絡まれることはなかった。
学校の帰り、景三は昨日の公園に
不良グループがたむろしているのを見た。
クラスメートの金髪もいる。
金髪と目が合った。
金髪:「あれ?景三さんじゃないっスか
今日は影の悪魔は見なかったけど
熱でもあったんスか?」
他の不良メンバーがバカ笑いする。
景三は逃げようとしたが
後ろに別の不良が来ていて肩を掴まれた。
リーダーらしき赤髪の奴が話しかけてきた。
赤髪:「景三君よぉ。ちょっと金貸してくんね?」
肩を掴んでいた茶髪の奴が
景三のポケットを探りはじめた。
景三:「やめろ!」
財布を取り上げられ、中身を盗られた。
茶髪:「たった千円かよ、しけてんなぁ」
茶髪が財布を地面に落とし、踏みつける。
景三が茶髪に殴りかかるが、茶髪に避けられ
逆に殴り倒された。
赤髪:「遊ぶ金もねえし、こいついじって遊ぼうや」
不良は四人、こっちは一人。
太刀打ちできるはずがない。
一人?そういえば影の悪魔がいることを忘れていた。
景三:「影の悪魔、今遊んでやるから出てこい!」
不良たちは爆笑した。
うまくいけば、逃げる隙を作れるかもしれない。
不良たちの笑い声が止まった。
金髪:「な、なんだ、体が動かねえ・・・」
不良四人はその場に硬直していた。
地面の広範囲に、黒い魔法陣のような線が浮かび上がり
景三の足元には黒い文字が書かれていた。
”楽しそうだな”
景三:「なぜ奴らは動かないんだ?」
”俺があいつらの影を止めているからさ”
景三:「でも、俺の影を操ってるときは・・・」
”影を操るってのは二通りの方法があってな”
”一つ目は、影の周囲にある光を調節する方法”
”もう一つは、光の遮る物体を変形させる方法”
景三はニヤッとした。
景三:「まずはお返しだ」
景三は茶髪をぶん殴り
自分の財布と千円を回収した。
茶髪:「てめえ・・・後でどうなるか分かってんのか?」
景三:「どうなるか分かってないのは
お前らのほうじゃないのか?」
「影の悪魔よ、そいつの肘を反対側に曲げられるか?」
茶髪の左肘が鈍い音を立てて逆に曲がった。
茶髪:「ぎゃああああああ!」
景三:「お前は右ひざね」
金髪:「ぐああああああ!」
景三:「黒髪の奴は・・・まあいいや」
黒髪の不良は涙目になっていて
股間の辺りに暗いシミが出来ていた。
景三:「赤髪の奴は俺と遊びたそうだったよなあ」
赤髪:「な、何をする気だ・・・」
景三:「お前ら生きててもどうせろくなことしないだろ?」
「首いっとくか?」
赤髪:「ま、待て、なんでもするから勘弁してくれ!」
景三:「勘弁して下さい、だろ?」
赤髪:「勘弁して下さい、お願いします!」
景三:「まあ許してやるか。
俺の気が変わらないうちに消えな」
魔方陣らしき線が消えた。
不良四人は自由の身になり
金髪以外の三人は慌てて逃げ出した。
景三は携帯で救急車を呼び
車が到着する前にその場を去った。
景三:「最高だったぜ。ありがとな影の悪魔」
”俺は物足りなかったな”
”奴らをバラバラに解体したかった”
景三は背筋が寒くなった。
景三:「さ、流石にそれはやりすぎだろ」
「しかし、あの魔法陣は一体?」
”より悪魔らしい演出をしただけさ”
景三:「雰囲気だけかよ」
「そうだ、俺の体もその気になれば操れるんだよな?」
”君に危害を与えるつもりはない”
「そうじゃなくて、例えば宙に浮かせるとかできる?」
景三の体は、地上2メートルの高さまで浮きあがった。
景三:「おおお、流石は悪魔だ」
景三は飛行を楽しみながら帰宅した。
次の日は祝日だったので
景三は外に出て、影の悪魔の力を
いろいろと試すことにした。
空中浮遊は、地面に影が出来なくなるほど
高くは飛べなかった。
物体の変形については
近所で見つけたコンクリートブロックを粉砕し
元通りに組み立てることは出来たが
切断された面を接着するまでには至らなかった。
影の形に影響を与えない細かな部分は
コントロール出来ないようだ。
破壊力の最大値は不明。
巨大かつ破壊しても良さそうな物体を
見つけられなかったからだ。
更に次の日。
薄曇りで、憂鬱になる天気だ。
あるビルの屋上に
蚊のような形状の化け物が止まっていた。
化け物は、ビルの端から下を覗き込んでいた。
化け物:「おかしい。生き物から魂の気配を感じない」
「俺は異世界に迷い込んだのか?」
「何にせよ魂を見つけないと、このまま飢え死にだ」
化け物は耳触りな羽音を立て
学校のある方角に飛び去った。
学校の校庭では、体育の授業として
サッカーが行われていた。
運動が苦手な景三は、サボりと思われない程度に
適当に走っていた。
上空から、低くて体に響く不快な音が聞こえてきた。
景三の真正面に、全長1メートルほどある
蚊のような生物が着地した。
景三:「なんだこの化け物は?」
他の生徒も動きを止め、化け物の様子を見ている。
化け物:「ようやく見つけた・・・実にうまそうだ」
化け物は注射針のような口を景三に向けた。
景三:「影の悪魔よ、そいつを切り刻め!」
”まかせ”
影の文字は途中まで浮かび上がったが
すぐに消えてしまった。
化け物の腹が、少し膨らんだように見える。
景三:「影の悪魔、どうした?」
影の文字は現れなかった。
景三は状況を把握した。
影の悪魔は化け物に食われたのだ。
景三:「そ、そんな」
化け物は羽を震わせ、今にも飛び去りそうだ。
景三は勇気を奮い立たせ、化け物を捕まえようとした。
景三:「影の悪魔を・・・俺のたった一人の友達を、返せ!」
化け物は細い前脚で景三を弾き飛ばした。
他の生徒は皆逃げ出し、今校庭に残っているのは
景三と化け物だけだった。
景三:「畜生・・・」
突然大地が揺れだした。
化け物の真下から数本の太い棘が突き出て
化け物を串刺しにした。
化け物は一瞬痙攣し、息絶えた。
景三:「影の悪魔?」
再び地面が揺れ
化け物と景三の間の地面から、石像が出現した。
石像:「私は石を操る神」
「君と一緒にいた影神は・・・残念だが手遅れだ」
「私が生まれてから20万年は経つが
魂を食らう化け物など初めて見た」
「影神が犠牲になっていなければ
近くにいた私が食われていただろう」
景三は途中から聞いていなかった。
景三には、影の悪魔が死んだという情報しか
意味をなさない。
景三:「影の悪魔は生き返るのか?」
石神:「今まで滅びた神の内、蘇った者はいない。
しかしそれは種の絶滅によるもので、今回は違う」
「復活する可能性は有るだろう」
景三:「それはいつ?どこで?記憶はそのまま?」
石神:「それは分からぬ。
今のところ、気長に待つしかない」
その事件から一週間経過した。
景三は、影の悪魔の復活を待ち続けていた。
復活の兆しがあれば、石神がその情報を
知らせてくれることになっていた。
唐突に、世界のリセットが起きた。
影神を知っている景三は消滅し
いつもの妄想にふける景三に置き換わった。
石神は、物影に憑く影神を見つけていた。
世界のリセットと同時に復活したらしい。
影神は全ての記憶を無くし
人間でいう赤ん坊と同じ状態だった。
石神:(復活はしたが・・・元の景三は
もう存在しない。今の景三に知らせる理由もないな)
(こいつには一応人格を与えてやるか)
石神は影神に、人格形成に必要な知識を
長い時間をかけて教えてやるのだった。