その4 力の上限
太陽系第三惑星地球。
その近くに、地球と同程度の大きさを持つ球体が
突如現れた。
その球体は灰色一色で
全体が正体不明の物質により構成されていた。
地上の生き物、そして神々の多くは
空に浮かぶ、不気味に大きな天体を見上げていた。
突然、神々の身体に音声が響いた。
「初めまして、思慮深く偉大な神々よ」
「私は粒子を司る者。」
「諸君は、狭い惑星での行動制限に
うんざりしていないか?」
「憎き他の神を叩きのめしたくはないか?」
「己の能力を更に高めたくはないか?」
「そう考え、一時的に惑星大の闘技場を用意した」
「多少丈夫な作りにしてあるため、
思う存分力を出せるだろう」
「ただし、諸君により楽しんでもらうため
いくつかのルールを守ってもらう」
■ 闘技場に行ける者は一度に2体までとし1対1で戦う
■ 戦闘には、両者の合意が必要
■ 戦闘合意の得られた順で試合を行う
■ 闘技場に持ち込んだ相手の媒体を完全に破壊するか、相手を降参させれば勝ち
■ 消耗した媒体は、試合後に修復、補充される
■ 観戦は、闘技場を周回する衛星で行う
■ 同じ相手とは二度戦わないこと
■ ルールに反した者は、100年間拘束され、その間能力を奪われる
「ルールは以上。諸君の健闘を祈る」
音声が止まった。
巨大な体躯の魚神が、海面から顔を出した。
近くを通りかかっていた船は大波に呑まれ、転覆した。
魚神:「海の王たる私の力を
地を這う者どもに思い知らせてくれる」
世界の屋根と呼ばれるエトジク山脈・・・
その最も高い山を身体とする山神は呟いた。
山神:「粒子神。なんとも恐るべき力を持つものよ」
とある湖の畔。
男神の周囲は、いつの間にか多くの神々で
埋め尽くされ、騒がしくなった。
熊神:「俺と戦え、人間の頂点!」
ライオン神:「同族の恨み、今こそ晴らしてくれる!」
蛇神:「人間をボコる絶好の機会!」
人間に殺されたり、住処を奪われた動物は数知れず。
その不満を男神にぶつけようと考える動物の神々もまた多かった。
その時、近くの湖で局所的に霧が発生した。
神々は黙り、辺りは静かになった。
霧は渦を巻いて凝縮し、女性の姿となった。
女性は無色透明で、時折その表面に波紋が広がる。
女性が湖の上を伝い、こちらに近づいてきた。
女性:「なにやら面白そうなことをされるようですね」
「皆様のご活躍、楽しみにしていますわ」
女性は話し終わると、霧状に拡散し、消えてしまった。
霧で周囲の温度が下がったためか、
男神は微かな寒気を覚えた。
粒子神:「第一試合、熊神 対 男神」
「両名は媒体を持参し、闘技場へ来るように」
男神は、魂を触手のごとく無数に伸ばし
世界中の男性全てに憑依した。
男神:(くっ、さすがに全員を動かすのは無理か)
(各人の動きを止めるだけで精一杯だ)
男神は、憑依対象を100万人程度に絞った。
灰色の惑星は、いつの間にか衝突しそうなほどに
接近していた。
100万人の男達は
惑星に向かって飛び立っていった。
程なくして惑星に着いた。
問題なく呼吸が出来る。
大気の組成は、どうやら地球と同じようだ。
地面は灰色一色、程よく摩擦が働き
滑って転ぶ心配は無さそうだ。
しばらくして、地球側から
何かの大群が降ってくるのが見えた。
それらはこの惑星に降り立った。
熊神だ。大小様々な熊を
千頭ほど引き連れてきたようだ。
男神と熊神を先頭に、それぞれの軍団は対峙した。
やがて空の大部分を覆っていた地球が離れ始め
雲ひとつない青空が見えるようになった。
唐突に、地面から音声が響いた。
粒子神:「試合開始!」
熊神:「よっしゃ!人間狩り放題だぜ!」
男神:「悪いが、負けてやる気はないんだ」
熊神:「ふん、弱小猿どもが。数が多いだけで
我が軍団に勝てると思うなよ!」
「ゆけ、我が下僕ども!
人間を一匹残らずぶち殺せ!」
千頭の熊は、間近にいた千人の人間に襲いかかった。
千人の人間全員が、熊の両前脚を受け止め
その動きを封じた。
熊神:「ぬぅ・・・華奢な人間に何故ここまで力が」
男神:「どうやら我々神は、存在する媒体の総和分
力を発揮できるようだ」
「熊より人間のほうが遥かに多い」
「熊と人間の能力差など比較にならんくらいにな」
「そして我らの力は、まだまだこんなものではない!」
男神は、熊神の顔面を殴った。
熊神は後ろに10メートルほど吹っ飛び
仰向けに倒れた。
熊神:「くそっ見ておれ!
一体ずつ消し飛ばしてくれる!」
千頭の熊は人間から離れ
その九割が宙に浮きあがった。
10×10×10の立方体状に整列し
その中央に収束した。
間もなく体長20メートルほどの巨大熊となり
地面に足を下ろした。
巨大熊神:「さて、人間どもは・・・いない!?」
少し離れた所にある、奇妙な二本の柱が目についた。
ハッとして高速で柱から遠ざかり
全体像を見渡した。
それは巨人の足だった。
体長170メートルはあろうかという巨人が
仁王立ちしていた。
男神も、全ての媒体と合体していたのだ。
巨人:「消し飛ばされるのはどちらかな?」
巨人は恐るべきスピードで熊神に近づき
思い切り蹴りを入れた。
巨大熊は破裂した。原型が分からないほど
バラバラの肉片と化した。
巨人は休む間もなく
肉片を片っぱしから踏み潰した。
肉片を全て潰した後、巨人は足をとめた。
粒子神:「男神の勝利!」
その声の直後、巨大熊の残骸が跡形もなく消滅し
代わりに千頭の熊が現れた。
熊神:「ま、まいった・・・」
「この大会が終わったら覚えていやがれ!」
熊神は捨て台詞を吐くと、千頭の媒体を引き連れ
地球へ飛び去った。
粒子神:「引き続き君の試合だ」
今度は無数のライオン達が
こちらに向かってくるのが見えた。
男神はため息をついた。
最初から10戦ほど、男神は無敗だった。
大抵動物の神々が相手なので、巨人形態で圧勝なのだ。
通常サイズに戻る必要がないので
巨人形態は保ったままだ。
男神:「さてと、次は」
灰色であるはずの地面が、広範囲にわたって
黒色の絨毯となっていた。
蟻の大群だ。
男神:(これは厄介だ・・・相手が細かすぎて
攻撃を当てにくい)
(こちらも対抗して、小人軍団を作るか?)
(いや、蟻程度の規模では
人体を構成するのに最低限必要な
細胞数を確保できない)
(人の形を成さなければ、憑依は不可能)
(ん?細胞?・・・そうか)
粒子神:「試合開始!」
開始直後、男神は蟻の絨毯に向けて
微小の弾丸を無数に放った。
複数の細胞を加速し、弾丸としたのだ。
蟻軍団は、一瞬のうちに半数が死滅したが
すぐさま弾幕の特徴を把握し、避け始めた。
同時にじわじわと接近し、男神を取り囲んだ。
男神:(おかしい。最初に見たときより増えている)
(仲間の死骸や
俺の細胞を食って増殖したのか)
全ての蟻が一斉に飛びかかり、男神に付着した。
男神の細胞を食らい、急激にその数を増やしていく。
突然、男神を中心に、巨大な赤い球体が現れ
轟音とともに男神、蟻軍団双方を呑みこんだ。
男神が、ありったけの体細胞を
外方向に解放したのだ。
爆発が収まった後、爆心地に
直径2メートルほどの白い塊があった。
その塊はひび割れ
中から人間サイズの男神が出てきた。
粒子神:「男神の勝利!」
男神:「今回は危ないところだった」
蟻神が帰った後、新たな挑戦者がいることを
聞いた男神は、すぐにその挑戦を受けることにした。
男神:(挑戦者が誰なのか聞かなかったが、まあ良い)
(会えば分かることだ)
男神は戦闘に備えて、再び巨人形態となった。
ふと地球を見上げると、異様な光景が映った。
地球の海から巨大な水柱がいくつも立ち
この惑星に降り注いでいる。
地球の海は枯れ、茶色っぽい惑星に変貌した。
代わりにこちらの惑星が、海に満たされた。
男神は海に呑まれぬよう
海面より少し上まで浮上した。
空には雲が浮かび
まるで地球にいるような気分だ。
近くの海面の一部が盛り上がり、女性の形をとった。
女性:「またお会いしましたね」
男神:「あなたは、海神?」
女性:「いいえ、私は水を司る者。海だけではなく
川、湖や生物の体液に至るまで操ることができます」
「衛星軌道上から拝見しておりましたが
貴方は生物の神々の一体としては
とても優秀でお強いですね」
「でも、ここで終わりですわ」
試合開始の合図が聞こえた。
空は一瞬で灰色の雲に覆われ、辺りが暗くなった。
遠方で、高さ1kmほどの大波が
こちらに押し寄せてくるのが見えた。
男神はなすすべもなく、波に呑まれた。
身体が分子レベルで分解され
肉片一つ残らなかった。
次の瞬間、男神は肉体を取り戻していた。
男神は、すさまじい勢いで水中から押し上げられ
雲の上まで吹っ飛んだ。
粒子神:「君の負けだ。次の試合は別の者が行うので
速やかに立ち去りたまえ」
「君の媒体は、地球上で復活させておいた」
男神は無言で頷くと
観客席である衛星に向かった。
衛星は、直径3kmほどの円盤で
惑星闘技場にその面を常に向けていた。
闘技場は、まだ青い海に包まれている。
次の試合は水神と・・・一体誰だろう。
水神:「このわたくしとまともに戦える方は
どうやらいらっしゃらないようですね。
退屈してまいりましたわ」
一筋の雷が見えた。
その雷の一部が空中に留まり、人の姿をとった。
人型の光:「その退屈しのぎに付き合ってやろう」
水神:「雷神様ですね、お会いできて光栄です。
でも、わたくしの持つ大海にかなうかしら?」
試合開始の合図があった。
と同時に、惑星は眩いばかりの光に覆われ
大爆発が起きた。
すぐに閃光は収まり
ようやく惑星を直視できるようになった。
海は消し飛び、灰色の惑星に戻っていた。
地球の方を見ると
海と雲がある青い惑星に戻っていた。
水神が復元され、がくっと膝をついた。
水神:「参りました・・・」
人型の光:「残念だったな、俺は雷神ではなく、電子神だ」
「あらゆる物体は原子の組み合わせで出来ている。
もちろん水だ」
「そして原子は、電子、陽子、中性子で構成される」
「俺が大気中の電子を弄ぶだけで
各水分子に過度の熱を与え、容易に崩壊させられるのだ」
試合が終了し、水神、電子神ともに闘技場を去った。
さて次は。
闘技場は再び海で満たされた。
地球の方はなんともないので
海は粒子神が生成したものだろう。
二体の戦士が、闘技場に降り立った。
一体は魚神。巨大な体躯で
海を悠々と泳いでいる。
もう一体は、人間の骸骨の姿をとっている。
おそらく骨神だろう。
粒子神:「試合開始!」
魚神:「貴様、やる気があるのか?
そのちっぽけな身体一つで何ができる」
骨神:「私の媒体は、ほとんどが生き物の中にある。
それを無理やり引きはがし
我が身体とするのはあまり好きではない」
「骨は身体の中にあってこそ完璧なのだ」
「最も、この試合に出る以上は
好ましくない事もやらねばならないだろう」
魚神:「集団で食らい尽くしてやる!」
魚神は、おびただしい数の魚に分裂し
骨神に突撃した。
骨神は無数の針に変形し
襲い来る魚の半数を刺し殺した。
やがて大量の魚の死骸が、不自然に震えだした。
その身がはがれ落ち
骨だけの体となって群れをなした。
骨だけの魚達は、生身の魚達に次々襲いかかった。
そうして全ての魚が骨だけになるのに
長くはかからなかった。
試合終了の合図とともに
両者は元の姿を取り戻した。
神々の戦いは、彼ら全員が満足するまで延々と続いた。
戦いを繰り返すうちに、彼らは
神々の力関係をその身で学ぶのだった。
一部の神々は、惑星規模ですら
実力を出し切れないので、彼らのために
宇宙の三分の一ほどの闘技場が用意された。
男神は、人間代表として、最も多く動物の神々と戦った。
動物の神々の多くは彼に大敗したので
彼らの鬱憤は晴らせず、溜まる一方だった。
数年後。
長い戦いは終わった。
闘技場は消滅し、運用ルールも無効となった。
男神は、熊神を筆頭とした
数十名の神々に絡まれていた。
熊神:「大会が終わり、ようやくまたお前と戦える」
「俺達と戦え!」
男神:(やれやれ、今度は手加減してやるか)
男神:「面倒だ。一度にかかってくるといい」