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七九九万  作者: つちたぬ
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番外その10 - ネアンデルタールの血



体内に埋め込まれたマイクロチップ式端末を、

肉体の力で潰さないように適量なさじ加減で操作していた、ブロンドヘアの大男が唸る。

「ううむ、なるほどな」


大男と同じリビングにいた、黒髪長髪の、見目麗しい20代くらいの女が呆れたように言う。

「むさくるしいですわよ、男神(おがみ)


男神と呼ばれた大男が答える。

「いや、すまんすまん。人類の起源についてのネット記事を読んでいたのだが、

 少し興味深い説が載っていてな」


「話してごらんなさい。聞いてあげてもよくてよ」


黒髪女性が腕を組みながら、話を(うなが)す。


「我々が操る人類は、石器時代にはクロマニヨン人と呼ばれていた種だ。

 だが現代人の遺伝子には、大昔に絶滅したネアンデルタール人の遺伝子が数パーセント含まれているらしい。

 つまり、現代人はクロマニヨン人とネアンデルタール人の交雑した種である可能性がある」


「わたくしたちは石器時代から悠久の時を生き続けてきましたのに、今更そのようなことに気づいたんですの?」


黒髪女性が、自分を棚に上げて男神をあざ笑う。

男神は話を続ける。


「女神よ、手厳しいな。まあ、ネアンデルタール人は(わたし)が気づいたときには絶滅していたしな。

 当時は気にも留めていなかったよ」


「で、その絶滅した種になぜ今更興味を(いだ)いたんですの?」


女神の言葉に男神は軽くうなずく。

「ここからが本題でな。現代人がネアンデルタール人との交雑種だとするならば、我々もネアンデルタール人を操れるのではないかと考えた訳だ」


女神は深い溜め息をついた。

「わたくしは醜い原始人に興味はありませんわ。実験ならお一人でなさってくださいな」


「うむ。ではまずネアンデルタール人のDNA情報から収集していくとする」


関心を失った女神とは対照的に、男神はかなり乗り気だ。

男神は、本体である魂から、何十億本もの不可視の触手を全世界に伸ばした。

(DNA情報を保管しているコンピュータの管理者は、こいつだ)


「相変わらず悪趣味ですわね。スーパーハッカー気取りですか?」


女神が悪態をつく。

「我々はスーパーハッカーではないが、特定多数の人間をハックできるからな」


男神は特に気分を害した様子もなく返す。

「OK, 目的のDNA情報の暗記完了。次は彼らの外見を大まかに見てみるか」


「ちょうど近場にネアンデルタール人の姿形を復元してある博物館がありましたので、たまにはご自身で足を運んではいかがかしら?」


ツンデレともとれる女神の提案に、男神は乗った。

「ははっそうだな。急いでやる実験でもないし、(わたし)自身が赴くとしよう」




図体(ずうたい)が2.5メートルはあろうかという男神が歩く事30分。

中規模程度の博物館の前に男神はいた。

受付にそれなりの金額を支払い、彼は博物館の中へと進んでいった。


ほどなくして男神は、お目当ての物を見つけた。

ネアンデルタール人の模型は、現代人に比べて少しばかり歪んでいるように彼は感じた。

「これがネアンデルタール人の姿か。うん、こんな連中居たかな?」


男神が記憶の糸を手繰り寄せていると、隣に50代くらいの男性が並び、話しかけてきた。

「これが太古の昔に存在したと言われているネアンデルタール人。とてもロマンを感じますよね」


男神は、ああ、そうだな、と男性を軽くあしらいながら内心考えていた。

(DNA情報と外見の情報が揃った。実験は第二段階だ)


「おい、お前。私の顔をよく見てみろ」


男神は50代男性に促した。

男性が怪訝な顔で男神を見ていると、男神の顔と体つきがぐにゃりと歪んだ。


次の瞬間、男性の目の前に立っているのは、模型と同じ姿の(ただし身長が2.5メートルとバカでかい)ネアンデルタール人だった。

「ひゃああああ!」


50代男性は腰を抜かした。

「問題なく身体を動かせる。実験は成功といったところか。ただ現人類と比べて、わずかに発声しにくいのが難点か」


男神は独り言ちる。

博物館にいた観客たちは、巨大ネアンデルタール人と化した男神を一目みると、一目散に出口へ向かって逃げていった。

50代男性だけが、腰を抜かしたせいか、その場から動けなかった。


20分ほど経過しただろうか。

男神は帰るためにと博物館の出口へ向かったところ、

外はたくさんの警察車両と警官たちで行く手を塞がれていた。

「そこの君、止まりなさい」


スピーカーで警察が呼びかけてくる。

男神はネアンデルタール人の顔で不気味な笑顔をそちらに向けると、警告を無視して歩きはじめた。

「威嚇射撃、用意!」


警官の上官の声とともに、拳銃から放たれた銃弾が、それぞれあらぬ方向へと飛んでいく。

そのうちの一発が跳弾して運悪く、男神の側頭部を撃ち抜いた。

警官たちの顔が真っ青になる。

だが、男神の傷口は見る間に塞がり、男神は何事もないかのように歩きだした。


「そこまでです」


何者かの声が響き渡ると、これまで全く動揺していなかった男神のネアンデルタール顔が引きつった。

「げぇ!人神様!!」


人神と呼ばれた、浅黒い肌の少年は男神の行く手を阻んだ。

「ふむ、その反応と巨躯を見るに、中身は男神殿ですか。

 近くで大騒ぎになっていたから来てみれば。

 人様にご迷惑を掛けすぎです。少々お仕置きが必要ですね」


見た目はせいぜい12歳程度の子供にしか見えない男神が、周囲を見渡す。

「ここでは皆様にご迷惑です。場所を変えますよ」


「アッハイ」


人神とネアンデルタール人姿の男神はふっと地面から浮くと、高速でどこかに飛び去っていった。

「何だったんだあれは」


警官の上官は呆然(ぼうぜん)と呟いた。




とある島国の南側、活発な火山活動により無人で、草一本も生えていない島。

その地に、人神と男神は降り立った。

「全力で守備を固めなさい。少し本気で行きます。

 貴方相手なら、全力を出しても死ぬことはないでしょうから」


「あの、こっち側としては攻撃しても良いんですかね?」


男神が恐る恐る聞く。

「それくらいは好きになさい。では」


言うが早いか、人神は一瞬で男神との距離を詰め、グーで殴りかかってきた。

ネアンデルタール人姿の男神は受けようとして、力及ばず受けきれず、

人神のグーパンチが男神のボディに炸裂した。

「くっ、人神様に殴られるのは随分と久しぶりだが、やはり効くっ」


男神は力を振り絞って右ストレートを繰り出すも、紙一重で躱され、

人神からカウンターを喰らった。

「スピードは互角、技術も互角。貴方と私の差はやはり、最大出力といったところでしょうか」


人神が戦闘を続けながら言う。

男神は脚に、腹に、腕に、頬に攻撃を喰らい、ぼろ切れのように宙に舞った。

「さあ、傷を早く再生して立ち上がりなさい。休む暇は与えませんよ」


それはある意味死刑よりも重い、人神からの処刑宣告だった。




衣服がボロボロになった(傷は全て治った)男神が自宅に戻れたのは、

日が暮れて夜の帳が降りようとしているころだった。


男神の姿はネアンデルタール人から現代人に戻っていた。

「あら、お帰りなさい。災難だったようですわね。

 早く湯舟に浸かって体の汚れを落としてきなさいな」


一日家にいた女神が、男神に入浴を勧める。

男神は肉体操作で傷を癒したり空中浮遊したりと、ある程度のことはできるが、

肉体から染み出た汗や、匂いや、体に付いた汚れなどは、

文明の利器に頼らないと落とせないのだ。


「ネアンデルタール人の体を操れるという収穫はあったが、どっと疲れた」


風呂から上がり、替えの衣服を来た男神が愚痴をこぼした。

「そこまで苦労して原始人の体を使う理由がわたくしには理解できませんわ」


「己の肉体の限界を知り、技術を磨くのは何よりの娯楽さ」


減らず口を叩く男神。

「とんだ戦闘狂ですわ。殿方は血気盛んな方が多いですわね」



その日起きた、謎のネアンデルタール人事件は世間を大いに騒がせたが、

その後数年もすると人々の記憶から綺麗に消え去った。

世界のリセット機能が、神々による影響を全て「無かったこと」にするためだ。

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