その2 剣神編
とある所に、古びた神殿が建っていた。
この地で信仰されている神、
カオスを祭る神殿である。
甲冑を着た男が一人、神殿に入ってきた。
男は跪くと、祈りを捧げた。
男:「偉大なる神カオスよ、私に力をお貸しください」
「私はこの戦で、どうあっても生き延び、勝利を得たいのです」
男の所持している剣が、
突然小刻みに震え、音をたてた。
男:「おお、ありがたい。
神は我らの側についた!これで勝利は我らの手に!」
男は意気揚々と神殿を後にした。
そして数日後、戦が始まった。
男の馬が致命傷を負い、男は地面に投げ出された。
そして敵の持つ槍の先が、男の背後に迫っていた。
なぜか、剣を持つ右手が男の意思と無関係に動き、
敵の槍をなぎ払った。
男は体勢を立て直すと、
槍を捨て、剣を抜いた敵に斬りかかった。
敵は男の一撃を、剣で防いだかに見えたが
男の一撃は敵の剣と鎧ごと敵を切り裂き、真っ二つにした。
続いて三本の矢が、男に向かって同時に飛んできた。
再び、剣を持つ手が勝手に動き、矢を全て弾いた。
こうして男は、敵を次々と倒していったが、
味方のやられ方もひどく、
ついに自軍は男一人だけとなってしまった。
敵軍はまだ、数千人は残っている。
男の疲労も、もう限界に近かった。
男:「これまでか・・・」
男の持つ剣が、またもや震えだした。
男:「そうだ、私にはカオス様が付いている。
ここで諦めてはいけない!」
急に、剣が男の手を離れ、
高速で敵軍へ突っ込んでいった。
剣は、男の手の内にある時とは
比較にならない素早い動きで
敵を次々となぎ払っていった。
5分と経たない内に敵は全滅し、屍の山と化した。
間もなく剣が戻ってきて、男の手に収まった。
あれだけの敵兵を切り捨てたというのに、
剣は刃こぼれ一つしていなかった。
男は民家から馬を借り、君主へ報告に行った。
男:「敵軍は殲滅しました。
しかし、自軍の生存者も私一人だけです」
君主:「厳しい戦となったな。
まあしかし、よくぞ戻ってきた」
男は、以後何度も戦地へ赴くこととなったが、
男が参加する戦は必ず勝利を収めるため
君主から大いに信頼されるようになった。
ある日、男は君主に呼び寄せられた。
男:「お呼びでしょうか、陛下」
君主:「この頃、北方のイシア山に怪物が住み着き、
山に入る者を襲撃していると聞く」
「怪物が、いつ山を下って国民を襲うかもわからん」
「そうなる前に手を打っておきたいのだ」
男:「怪物退治の件、承知致しました」
出発前夜、男は己の剣を眺めていた。
怪物を目撃した者の証言だと、
怪物は巨大で、その姿は双頭の獅子だという。
男:「この剣の大きさで、
巨大な怪物に太刀打ちできるのだろうか?」
ふと、窓の外で何かが光るのが目についた。
鳥の群れがこちらに向かってくる。
いや、鳥ではなく剣のようだ。
窓から剣が次々と飛び込んできて、
男の目前で静止した。
男の持つ剣が、男の手から離れる。
そして剣の群れに混じると、
剣は一斉にくっついて融合し
一本の巨大な剣となった。
男:「これで怪物を退治せよとのことですか。
仰せのとおりに」
翌日、男はイシア山に向けて出発した。
イシア山は針葉樹で覆われ、山頂はうっすらと
白くなっていた。
男は山頂まで登ることにした。
巨大な剣が重荷になるかと思いきや
大剣は驚くほど軽く、登山の邪魔にはならなかった。
山頂付近まで登ったとき、
山頂に怪物が居座っているのが見えた。
確かに巨大な双頭の獅子だが、
細部が証言とは異なっていた。
頭の一つは獅子ではなく山羊の頭で、
尻尾にあたる箇所には蛇が生えていた。
男は気付かれないように近づいたが、
残り数メートルで尻尾の蛇の目に見つかった。
怪物はこちらを振り向き、前足を振り上げた。
男の大剣が素早く舞い、
怪物の前足と二つの頭を切り落とした。
剣は更に機敏に動き、怪物をバラバラに切り刻んだ。
剣の動きが収まったので、
男は怪物の残骸に背を向け、立ち去ろうとした。
背後で物音がしたので、男は振り返った。
怪物の残骸が全て宙に浮き、
くっついて一つの塊となった。
その塊は、巨大なドラゴンに姿を変えた。
男が大剣を構えると、怪物は怒鳴った。
怪物:「待て、これ以上の戦いは無駄だ」
怪物:「俺の負けで良い。
まさか人間に傷を付けられるとは。
人間を舐めていたよ」
「お前の目的は、俺の命か?」
男:「そうだ」
怪物:「残念だが、どんな攻撃でも俺は死なない。
死んだフリならできるがな」
男:「ううん、そうだな。
何かお前を倒した証があればよいのだが」
怪物:「ならば、これを受け取るがよい」
ドラゴンは、牙を一本吐き出した。
怪物:「それは獅子の牙だ。
それを持って、俺を殺したと伝えろ」
男:「あと、この山に居られると、
また目撃され、同じことになるかもしれない」
怪物:「この山は気に入っていたのだが、
まあ良いだろう」
「お前の依頼主から更に離れた山に移動する」
怪物は空高く舞い上がり、
やがて雲に隠れて見えなくなった。
男は山を降り、獅子の牙を君主に献上し、
役目を果たしたことにした。
不思議な剣を持つ男の国は
度重なる戦で、確実に領土を広げていった。
今日も戦で、他国に攻め入っていた。
大方の敵を倒し撤退する時、
男の目の前に、2メートルを超える大男が立ち塞がった。
見たところ、武器は何も持っていない。
大男:「その剣を渡してもらおう。いろいろと話がしたい」
剣を持つ男:「この剣は私の命と同等。
渡すわけにはいかない」
大男:「ならば、どちらかの身が滅ぶまで勝負といこう」
剣の男:「イシア山の怪物を退治した私に
挑むとは片腹痛い」
「まあ良いだろう。受けて立つ」
男の剣が、大男を数回切りつける。
しかし、大男は全くの無傷だった。
剣の男:「そんなバカな。確かに斬りつけたはず」
大男:「切られる寸前に、
剣の軌道上の肉を一時退避させているのだ」
「剣が当たると、少しばかりダメージを負うのでな」
そう言うと大男は、一瞬のうちに剣を殴りつけた。
剣は木端微塵になり、破片の一部が
その所持者にも降り注いだ。
剣を持っていた男は命を落とした。
その様子を見ていた男の仲間は、
恐れをなして全員逃げ帰った。
大男は、何かを待つように立ち尽くしていた。
すると、どこからか一本の剣が飛んできた。
剣は空中で一度止まり、小刻みに震えだした。
やがて剣が唸り始め、その音は人語を形成した。
剣:「以前の剣は滅んだ。私の負けだ」
大男:「持ち主に随分と肩入れしていたようだな」
大男:「持ち主ごと魂で包み、
私に乗っ取れないようにまでするとは」
剣:「己の技術の向上に、程よい枷となった」
「大規模な破壊行為も、奴のせいとすれば
他の神々に気づかれないと考えたのだが
甘かったようだ」
大男:「暴れるのも大概にするのだな」
「一部の神が好き勝手に暴れるだけで、
世界はたやすく崩壊し、来るべきリセットの時まで
何も出来なくなる神が続出する」
剣:「勝負に破れたことだし、しばらくは静かにしていよう」
「しかし、動物神には勝てたのに
人間の雄しか操れない奴に負けるとは」
大男:「あの方は、覚醒してからあまり間がない」
「経験の差だ。すぐに私など追い抜かれるだろう」
二体の神は、一通り話が終わると、
それぞれの住むべき所へ戻って行った。
その後、世界がリセットによって塗り替えられた。
剣を持つ男の国は、他の国の領土となっていた。
剣を持つ男は、カオスの神殿に祈りを捧げた後の、あの戦で
既に戦死していたのだった。