番外その6 - 神殺しの剣
通常の個体よりも何回りも大きい、シベリアン・ハスキーは、
自身に近づく気配に耳をそばだてた。
それは、170cmほどの男で、
現代に場違いな布の服と、両手持ちの大剣を携えていた。
「やめておけ、人間」
シベリアン・ハスキーは唸り声にも似た言葉で、近寄ってきた人間に警告した。
「お前じゃ力不足だ」
人間の輪郭が唐突にぶれた、と思ったら、
目にも止まらぬ早業で、シベリアン・ハスキーの首を斬り飛ばした。
シベリアン・ハスキーの姿を取っていた犬神は、
肉体はもちろん、神魂までも失い、神としての死を迎えた。
全長10メートル程の肉体を持つ、蛇神はとぐろを巻き、
尻尾の先で、器用にスマホを操作していた。
「ふむふむ、犬神が行方不明、原因は調査中」
蛇神が見ているサイトは、八百万の神々専用サイト、
神ネットだ。
人間達が創り上げた、広大なネットの一部を拝借し、
神々だけが閲覧し、情報交換できる特別なサイトである。
ふと、15メートル程遠くに人間大の熱源を感知し、
蛇神の興味はそちらに向いた。
中肉中背で古臭い服装の男が、大剣を構えながら木神に近づいてくる。
大木に宿る木神は、本能的な危機感を感じ、
地中の木の根を十数本、男に向かって突き出した。
男は最小限の動きで、鋭く尖った木の根をかわし、
大きく跳躍した。
次の瞬間には、大剣を木神の幹の奥深くまで突き刺していた。
「ボオオオオオッ!」
木神は断末魔の叫びを上げると、絶命した。
(ヤバいものを見てしまった。他の神々に伝えねば)
木神が殺害される現場を遠くから見た蛇神は、
スマホで神ネットに、自身が見たことや憶測を簡潔に書き込んだ。
"木神が剣を持った人間に殺られた。場所はベグル森の西端。
今話題の犬神も、奴に倒された可能性あり。
奴の剣は、神魂にダメージを与える代物と思われる"
スマホ入力に夢中になっていた蛇神は、背後に迫りくる危険に気付かなかった。
バサッと蛇神の首が宙を舞い、第三の犠牲者となった。
蛇神が送った情報は、基地局を経由して、地球の大陸全土に電波の形で降り注いだ。
ベグル森から少し離れた平地。
時代に合わぬローブを着こみ、お面、手袋、ブーツで全身を覆った骨神は、
いち早く電波を解読し、状況を悟った。
「神を殺す者が、よりにもよってこの近くに現れたか」
独りごちた骨神は、背後に不気味な気配を感じた。
「戦闘準備に入るまで少し待っては貰えるか?服を台無しにしたくはない」
「いいだろう」
一か八かの交渉を成功させた骨神は、背中を向けたまま纏っているローブ他を脱いだ。
服を脱ぐと、骸骨標本のような、人間の白骨が全身を現した。
骨神が愛用している、スケルトンの体だ。
「準備OK。さあ来るがいい」
そう言うと同時に骨神は振り向き、相手と眼窩を合わせた。
神殺しの剣士が速攻、容赦のない斬撃で、骨神の胴を薙ぎ払った。
両腕と背骨を切断された骨神の上半身は、10cmほど浮き上がったが、
1秒ほど後に下降し、何事も無かったかのように、元通りに接着した。
「!」
骨神が死ななかったことに、剣士は少し驚いたようだ。
「事前情報があれば、対策も取れるというもの。
して、今の一撃で大体のところは分かった。
一つは、情報通りその剣が神を死に至らしめるということ。
もう一つは、君が(珍しいことに)魂を持っているということ」
(つまり、私の能力をもって彼の肉体を静止させることはできない)
骨神は言い終えた後、心の中でそう付け加えた。
「おしゃべりな奴だ。次こそ仕留める!」
剣士の斬撃が、超高速で飛んでくる。
「ソードライク!」
そう唱えた骨神の右腕、肘から先が、細長い穴の開いた純白の剣となり、
剣士の攻撃を受け止めた。
そのまま二回、三回と放たれる斬撃を、骨の剣で受け流す。
「ふん、ここまで手強い奴は久しぶりだ。名はなんと言う?」
剣士の問いに、骨神が返す。
「骨神とでも呼んでくれ。そちらさんは?」
「グレイ・ネーヴーだ」
グレイと名乗る剣士は答える。
「君の状態から察するに、異世界からの客人のようだが、なぜ神々を襲うんだ?」
「俺は邪神退治を生業としていた。
善良な人々の願いを叶えようともせず、気まぐれに人を餌とする邪神どもに、
剣の裁きを下すのだ」
グレイは憤りを交えながら言う。
「確かに、こっちの神々にそんな傾向があるのは否定できないな」
骨神は、男神や老人神などを思い浮かべながら答える。
「しかし、多少自堕落でも彼らは私の同胞であり友人なのだ。
殺されていくのを指を咥えて見ている訳にはいかない」
「では貴様もこの場で死ぬがいい」
グレイは吐き捨てるように言うと、両手持ちの大剣を構えなおした。
ガキィン!
神殺しの剣と、骨の剣が再び交わる。
「人間の身で、音速を超える攻撃を繰り出せるのには脱帽だが」
骨神は続ける。
「私は生物の神々より多少頑丈でね、音速の更に倍、マッハ2で攻撃できる」
「スピアライク!」
骨神が唱えると、骨神の右腕全体が純白の槍となり、グレイの胴を貫かんとグンと伸びた。
「ぬんっ!」
グレイは槍を大剣で受け止めるが、力に差があるのか、
双方の距離は10メートル程度まで離れた。
「こんなものっ!」
グレイは早業で、槍の先を斬り折った。
「アローライク!」
骨神が唱えた次の瞬間、骨神の体は無数の矢と化し、
恐るべき速度でグレイ目掛けて降り注いだ。
グレイは防戦一方となりながらも、飛んでくる骨の矢を全て斬り落とした、
と思ったが、斬り損ねた、たった一本の矢が、グレイの左太ももを貫いた。
(しまったっ!)
グレイは焦ったが時すでに遅し。
その矢は鎌のように変形し、グレイの右手首を斬り飛ばした。
「ぐっ!くっ!」
グレイは痛みに呻き、神殺しの剣を手放してしまった。
神殺しの剣は、その大きさ、重量から、片手で扱える代物ではないのだ。
「勝負あったかな?」
矢の欠片が一か所に集結し、いつの間にかスケルトンの姿に戻った骨神が言った。
骨神は軽々と、まるで小石を持ち上げるかのように、
神殺しの剣をひょいと片手で持ち上げた。
「くっ、殺せ」
グレイの言葉に骨神は耳を貸さず、骨の小指をグレイの切断された手首に飛ばした。
小指は純白の輪となり、グレイの手首を締め付け、出血を大幅に抑えた。
「どこかに岩はないかな。お、あった」
骨神は手ごろな大岩を見つけると、そちらに歩いていった。
その大岩に神殺しの剣を置くと、骨神は唱えた。
「ハンマーライク!」
骨神の右腕は、大きなハンマーとなった。
それを勢いよく、神殺しの剣に叩きつける。
バリンッ!
神殺しの剣は、大きめの欠片に砕け散った。
「これで良しと。後はだ」
骨神はグレイの方を振り向く。
「君が今まで歩いてきた場所を、教えてほしい」
骨神とグレイは、不思議な光景を前に立っていた。
地面より少し上に、直径3メートルほどの円が浮き、その内部には全く別の景色が見える。
それは空間に空いた穴だった。
「この先が、君のいた故郷か?」
「そうだ」
グレイが答える。
「また故郷に帰って生活するんだな。あ、右手については本当に申し訳ない」
骨神は、止血の終わったグレイの右腕を見て謝る。
「ふん、俺を生かして帰すのか。だがまだ終わりじゃないぞ。
神殺しの神器はあと二つあり、まだ二人、使い手が残っているからな」
「それはまずい。この穴をなんとか塞ぐ手段を考えないと」
言い終えた骨神は空を見やる。
「お、おいでなさった。おーい、原子神様ー!」
原子神と呼ばれた球体が空から降りてきた。
それは直径2メートルはあろうかという、銀色の球体だ。
空間の穴まで歩く道中、神ネットにアクセスして、事前に連絡を取っていたのだ。
「我は便利屋じゃないんだがの」
原子神はため息混じりに言った。
「それじゃ。グレイ君、元居た世界にお帰り」
骨神はグレイを空間の穴に押し込んだ。
「原子神様、誰も行き来できないように、堅牢な防壁を創って頂けませんか?」
「分かっておる。それ」
空間の穴を中心として、一辺100メートルはある、正方形の巨大な分厚い壁が6枚現れ、
互いに接着し、隙間の無い立方体となって、穴を隔離した。
「これで終われば良いのだが」
骨神は独り言でフラグを立てた。




