番外その5 - 老人神編
大都会というほどでもない、そこそこの町なか。
四車線の道路同士が交差する十字路には、
歩行者用信号機と少し剥げた横断歩道が付属している。
歩行者用信号機が青になり、
横断歩道を、茶色の杖を持ち、
背中の曲がった禿頭の老人が、少し遅いペースで渡りだした。
老人が、あと少しで向こう側まで渡り切ろうかというちょうどその時、
右折車が、ほとんど減速せずに突っ込んできた。
ドンッという鈍い音と共に、老人は車道上に数メートル吹っ飛ばされて、倒れた。
「やべぇ!」
車を運転してた男は急ブレーキと同時に叫び、車を停めて、
車のドアを開けて飛び出した。
男が老人の元まで駆け寄ろうと、前方を見た時、
倒れているはずの老人の姿が、どこにも見当たらなかった。
「あれ?おっかしいなあ。確かに」
男が頭を掻きながら、車の前の辺りを確認すると、
確かに何かにぶつかったような跡が残っている。
「とりあえず警察に」
男はスマホを取り出して、警察に連絡する。
所変わって、交通量の多い高速道路上。
運転手含め、女性が二人乗った乗用車が、時速110キロほどで走行していた。
助手席に乗っている小太りの女性が、
ミネラルウォーターの入ったペットボトルを口にしながら、ふと窓の外を見ると、
車の左側を、何者かが乗用車と並走していた。
よく見ると、それは禿頭のお爺さんで、
両足と手に持った杖を滅茶苦茶なスピードで動かして走っているのだった。
「ちょっ、あれ!見てよ!」
小太りの女性は驚き、車を運転中の少し痩せた女性に話しかけた。
「うん?何?」
痩せた女性が左側をチラッと見た瞬間に、老人はスピードを上げ、
二人を乗せた車をあっという間に追い越し、遥か遠くへ走り去ってしまった。
「何なの」
しばし間を置き、
「あれ」
茫然と、痩せた女性は呟く。
と、次の瞬間、高速道路の左端をもの凄いスピードで、老人が逆走してきた!
運転手の女性は動揺し、乗用車は一時的に、軽い蛇行運転となった。
老人は、見る間に元来た道を通り過ぎていった。
だが、二人の女性は、すれ違う瞬間にそれを見たのだった。
爆走する老人の、世にも不気味な笑顔を。
場所は、寂れたビル群の隙間、小さな路地。
人通りの無い狭い空間を、六人の不良がたむろしていた。
不良のうち一人が中身を飲み切った空き缶を道路に投げ捨てて一言。
「どっかでパーッと遊びたいんスけど、軍資金がね」
もう一人が、
「テキトーな奴襲って、頂戴しようか」
などと言う。
その時、人が滅多に入らないはずの路地の迷路に、コツ、コツ、と、
杖を突くような音が響いた。
そして、不良達が寄りかかっている路地の出口に、
禿頭で背の曲がった老人が、横切る姿が見えた。
「おい、ジジイ。止まれ」
不良の一人が老人を静止させる。
「はいはい、何かのう?」
老人はその場にピタリと止まると、臆する様子もなく、不良達の方を振り向く。
「ここはウチらの島なんだよ。通行料として、財布丸ごと置いてけ」
不良が言うと、老人はカカッと笑い、
「おぬしらに恵んでやるような金は、一銭も持ち合わせておらぬわ」
などとのたまう。
「ジジイてめえ!」
逆上した不良の一人が、老人の胸倉をつかむ。
「骨の一本や二本折られなきゃ、分かんねえか?」
そう言って、空いた手で老人の顔を殴る。
「つー、痛ってえ!」
なぜか、老人を殴った方が、痛がりもがいている。
「このジジイの顔、コンクリみてえに硬えぞ!」
老人は不気味に笑うと、
「お返しじゃ」
の一声と共に、杖を不良の胸にぶち当てる。
不良の一人は、うめき声を上げて、その場に倒れた。
様子を見ていた不良達のうち、奥にいたリーダー格が言う。
「お前ら、構うこたねえ。やっちまえ!」
四人の不良達が、壁に立てかけてあった鉄パイプをそれぞれ装備し、
老人を取り囲んだ。
「俺らを怒らせたこと、後悔させてやるぜ」
「うおりゃあああ!」
不良達は、鉄パイプで一斉に、老人へと殴りかかる。
ガキンッ!カン!ガッ!
老人は持ち前の杖で、正面、両脇の打撃をいとも容易く止める。
そして遅れてきた、死角、背後からの鉄パイプを、
キーンッ!
振り向きもせずに、後ろ手に持った杖で弾き飛ばす。
そして、怯んだ四人に、流れるような動作で
杖を一当てしていく。
不良達は、その四撃でバタバタとその場に倒れる。
(あのジジイ、何かの達人か?)
残ったリーダー格の不良は、上着のポケットから新たな獲物を取り出す。
(とっておきのブツで、使いたくなかったが仕方ねえ!)
リーダー格は決心すると、取り出した拳銃を老人に向け、発砲した。
パァン!
パァン!
銃声と共に、二発の弾丸が老人を襲う。
老人は、持っていた杖で弾丸の軌道を逸らした!
「この杖は、実を言うと鋼鉄製でのう」
「ありえねぇ!バケモンめ!」
リーダー格は、たて続けに四発発砲した。
老人は再び、持っていた杖を機敏に動かし、弾丸を三発まで防いだ。
しかし、四発目は老人の額に吸い込まれていった。
「は、はは。やったぞざまあみろ!」
リーダー格は声を震わせながら言うと、その場にペタリと座り込んだ。
老人はというと、倒れもせずにその場に硬直していた。
「った」
(こいつ今、喋りやがった?)
リーダー格は内心思うも、力が抜けてその場から動けない。
「当たっちゃった」
老人は、明確に言い直した。
額から噴き出ていた出血はいつの間にやらピタッと止まり、
額の風穴がぬるりと塞がった。
「儂は音速のせいぜい半分程度しか、体を動かせんでのう。
被弾するのもまあ、やむなしじゃろ」
「ひぃぃ化け物ぉぉぉ!」
半ばパニックに陥ったリーダー格が、狂ったように引き金を引くも、
弾切れのカチカチッという音が虚しく鳴るだけだった。
「さあてと、残るはおぬしだけじゃな」
老人は、リーダー格の不良の眼前まで一瞬で近寄ると、
なんとも気味の悪い笑顔で、不良の顔に迫った。
「ぎゃあああぁぁぁ」
リーダー格の不良は、情けない声を上げて失神した。
禿頭の老人が向かう先は、ちょっとした豪邸。
老人は堅牢そうな門の隣にあるチャイムを押した。
ピンポーン
「はい」
「儂じゃよ、ワシワシ」
少しの間を置いて、豪邸の扉から、男女二人が出てきた。
一人は黒髪を長く伸ばした、アジア系の美女。
もう一人は身長2メートルは優に超える、筋骨隆々な欧米系の男。
「あら、貴方は」
「老人神か、久しぶりだな」
若い男女が時間差で、老人に話しかける。
「相変わらずじゃな、女神に男神よ。
同棲なんぞしおって仲の良いことよ」
老人神が、からかう。
「なんだ、茶化しに来たのなら帰られよ」
巨大な体躯の男神が、シッシッと手を払う。
「すまんすまん。そう年寄りを邪険にするもんじゃないぞい」
老人神はそう言うと、男神と悪手を交わす。
ベキベキッと大きな音を立てて、老人神の片手が潰れた。
「おぬしは馬鹿力なんじゃから、手加減しておくれ」
「すまんな、つい力を入れすぎた」
男神が詫びる。次の瞬間には、老人神の手は再生し、
元通りとなった。
「せっかくいらしたので、どうぞお上がりになって」
「それじゃ、お邪魔するかの」
美しい女神に連れられて、しわくちゃの老人神は豪邸の中へ入る。
広々としたリビングのソファーには、
フードつきローブを着こんだ謎の人物が座っていた。
しっかりと手袋をはめ、足には長いブーツをはき、顔は仮面で隠されていた。
「ん?おぬしは」
言いかけた老人神の前で、謎の人物は仮面をゆっくり取った。
その顔は、真っ白な頭蓋骨。まるで骸骨標本のようだった。
「初めまして、私は骨神だ」
「儂は老人神じゃ。よろしく」
二名は握手を交わす。
「人型の神々が主に交流するような所で、骨神とはまた珍しいのう」
「骨神さんは、人間社会に興味がお有りなんですって」
女神が補足する。
「では、人間一人を乗っ取れば、そんな面倒な格好せずともよかろう」
老人神の何気ない一言に、骨神が返す。
「人間であれ動物であれ、私が体に憑依すれば、その生活を台無しにしてしまう。
できればそのようなことは避けたいんだ」
普段から、人間を乗っ取っり慣れている三体の神々は、
その答えに苦笑するしかなかった。




