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七九九万  作者: つちたぬ
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番外その3 - 虫神編



真夏の暑い日差しの中。一風変わったカブトムシが樹木に止まっていた。

体長15cmほど、黒光りする漆黒の外殻を持ち、ツノは7本もある。

うち2本がクワガタのように開閉する。

尻にはトゲのようなものが少しだけ見られる。

脚先の鉤爪は、それぞれ五つもあり、刃のように鋭い。


そんな変わったカブトムシを狙う一羽のカラスがいた。

カラスは雑食で何でも食べ、カブトムシもカラスにとっては餌の一種に過ぎない。

カラスは大きく翼を広げると、距離を一気に詰め、カブトムシに襲い掛かった。

普通ならば、ここであっさりカブトムシは食べられてしまうのだが、

あいにくカブトムシは普通ではなかった。

バッと四枚の羽を広げると、恐るべき速さで空中を飛び、

カラスの背後をとった。

獲物を見失ったカラスは、適当な場所へ着地しようとした。

その時、カラスの胸が背後から何かに貫かれた。

それは、カブトムシの尻から伸びているサソリの尾だった。

心臓を一突きにされたカラスは絶命し、地面に墜落した。

カブトムシは、カラスの死骸から自身の尾を引き抜くと、尻に収容した。

そしてカブトムシは、何事もなかったかのように再びお気に入りの樹木へと止まった。


この殺戮劇を目撃した人は誰もいない。

真夏らしく、セミの声だけが辺りに響き渡っていた。



火星(あれす)は、近所の林に虫取りに来ていた。

今はちょうど、小学校も夏休みなのだ。

火星は虫取り網でトンボやバッタなどを捕まえると、

肩に提げていた虫かごに次々と入れていった。

そうして林の中を進んでいくと、大きめの樹木に、

珍しい形のカブトムシが止まっていた。

「えいやっ」

火星が虫取り網を振ると、カブトムシは簡単に捕まった。

「ツノが1、2、」

数秒の間。

「7つある!」

火星は嬉しそうにカブトムシを入れた虫かごを振った。


二時間ほど経過し、火星は十分に虫取りを堪能した。

「えっと、全部は飼えないから、1匹だけ」

火星は捕まえた虫を次々と逃がす。

「こいつに決めた!」

火星は大きなカブトムシだけを虫かごに残し、林を去った。


場所は変わって、火星(あれす)の家。

火星は虫かごのカブトムシを得意げに父親に見せた。

「おお、こりゃ大物だ。大事にお世話するんだぞ、火星」

火星の父親は、火星の頭を撫でながら言った。

「うん、まずは環境を整えなくっちゃ」

火星は、プラスチック製の大きなケースにカブトムシを移した。

ケースにふかふかの土を敷き、太い木の枝を数本入れ、

買ってきた昆虫用ゼリーをセットして完成だ。

大カブトムシは、太い木の枝を見つけると、鉤爪でがっしりと抱え込んで

動かなくなった。


数日後。

火星はカブトムシの様子を見ていた。

昆虫用ゼリーが、全く減っていない。というか触れた痕跡すらない。

カブトムシは定期的に移動しているようだ。

死んではいない。

「パパ。カブトムシ、エサ食べてないみたいだよ?」

「何でだろうね。その割に元気に動き回ってるようだし、

 パパにもよく分からないな」


父と火星(あれす)が言葉を交わす。


月日は流れ、季節は冬間近。

火星(あれす)が窓の外を見ると、雪がチラチラと降っていた。

火星の父親が言うには、カブトムシは冬を越せないらしい。

そろそろこいつ(大カブトムシ)ともお別れかなあ、と

火星(あれす)が思いつつ、飼育ケースを見る。

そこには、元気に歩き回るカブトムシの姿があった。

「なんでお前そんなに元気なんだろ?」

火星は呟いた。


長い冬も終わり、春が訪れた。

カブトムシはピンピンしていた。

ちなみに昆虫用ゼリーは、全く手つかずのまま、カビが生えてしまったので

撤去してある。


そしてまた夏がやってきた。

火星(あれす)、お前んち、カブトムシ飼ってるんだって?」

「俺のコーカサスと勝負だ!」

火星(あれす)のクラスメイトの(つよし)(まさる)

勝負を仕掛けてきた!


学校終わりに、三人はカブトムシを持ち寄って林に集まった。

林を入ってすぐの所に丁度良い切り株があった。

三人はそこにカブトムシを置いた。

(つよし)はヘラクレスオオカブト、(まさる)はコーカサスオオカブト

を繰り出した!

いけ!カブトムシ!


カブトムシの大きさは、火星(あれす)のカブトムシが最も大きく、

次いでヘラクレス、コーカサスの順だ。

まずコーカサスが、自慢の3本角を振りかざして、火星(あれす)のカブトムシに

とっしんしてきた。

火星(あれす)のカブトムシは、最小限の動きでコーカサスを避けると、

クワガタのような二本の角で、コーカサスを挟み、軽く放り投げた。

コーカサスは垂直に10メートル吹っ飛び、ゴンと鈍い音をたてて落ちた。

コーカサスは戦意喪失し、切り株から逃げ出した。

続いて、ヘラクレスが火星(あれす)のカブトムシを二本の角で挟んだ。

火星(あれす)のカブトムシがそのまま投げられるかと思いきや

ブンッという音がした。

切り株を見ると、火星(あれす)のカブトムシしか残っていない。

直後にガシャンという音。

音の方角には、少し離れた木にぶつかったヘラクレスがのびていた。

勝負ありだ。

「いや、なんだよお前のカブトムシ。ちょー強くね?」

「良く見たらツノが7本もあるじゃん。なんだこいつ」

(つよし)(まさる)火星(あれす)のカブトムシをひとしきり

誉めたあと、自分たちのカブトムシを回収した。

「じゃーな!」

「またな!」

クラスメイト二人は帰っていった。

「本当に変わったやつだな、お前」

火星(あれす)はカブトムシにそう言うと、角を指でつんつんつついた。

その後、虫かごにカブトムシを収納すると、帰路についた。



数週間後。

火星(あれす)はテレビで好きなアニメ番組を見ていた。

番組が突然、ニュース速報に切り替わる。

「ただ今、古田市中を恐ろしい量のアリが埋め尽くしています!

 人々が次々と襲われ、死者は100名以上と推定されます。

 獰猛な殺人アリの大群は、古田市から伊香市に向かっている模様です。

 伊香市の皆さんは、直ちに避難してください!」


火星は身震いした。

「伊香市ってうちの市だ!はやく逃げなくちゃ!」

その時、カブトムシ飼育用のケースのふたが、勢いよく吹き飛び、

同時に火星(あれす)のカブトムシが宙を舞うと、玄関のドアに突進した。

カブトムシがドアノブを抱えて器用に回すと、ドアは開いた。

カブトムシはそのまま外に飛んでいってしまった。

「カブトムシも怖かったのかな?」

火星は呟いた。


黒々としたアリの大群が、津波のように伊香市に迫っていた。

その先頭付近に、規格外に大きなアリがいた。

その全長は、成人男性ほどもある。

そのアリこそが、アリの大群を操って街にパニックを引き起こした原因の超生物、

蟻神だった。

「人間って無駄に多いから、エサに不自由しないね」

蟻神は独りごちた。

「さ、お前ら、ガンガン食ってどんどん増えな!」

その時、アリの津波の前に、一匹のカブトムシが舞い降りた。

「ん?あれは!お前ら、ストップストップ!」

アリの大群は一匹のカブトムシを前に、ぴたっと静止した。

「これは虫神様、わざわざ出向いて頂いて光栄です。

 なにかご用でしょうか?」


蟻神の問いに、虫神と呼ばれた黒いカブトムシは言葉を返す。

「なに、この先にわしの友人がおるのでな。大人しく引き下がってはくれぬか?

 ついでに友人というのは人間でな。他の人間たちも見逃してくれると助かる」


「ははあ。虫神様のご要望とあれば。では、我らは地下に帰りますので

 失礼致します」


蟻神と大群はあっさりと引き下がった。

ここでもし逆らっても、勝ち目はまるっきり無いのである。


アリの大群は、潮が引くようにみるみるいなくなってしまった。

人もアリもいなくなり、ゴーストタウンと化した街で、

虫神は四枚の羽を広げて、いずこへと飛び去った。


火星(あれす)の家族は最低限の荷物を持って、車に乗り込んでいた。

火星の父親はエンジンをかけると同時に、ラジオをつけた。

「殺人アリの群れは、現在の所全く確認できません。

 ですが伊香市の皆さんは、念のため避難を続けてください」


「ひょっとして、助かった?」

火星が父親に尋ねる。父親は肩をすくめただけだった。

その時、こつんこつんと、車の窓ガラスに何かがぶつかる音がした。

火星(あれす)のカブトムシが窓に止まって、角で窓を軽く小突いていた。

火星が窓を開けると、カブトムシは火星の腕に止まった。

「お前も戻ってきたんだ。おかえり」

火星はカブトムシの背中を撫でてやった。


結局アリの大群が伊香市に来ることはなく、一日で避難勧告も解除されたため、

火星の家族は避難場所から自宅に戻った。



それから一年の時が過ぎ、真夏の夜。

火星(あれす)は寝巻きに着替え、ベッドに入る前に、飼育ケースを覗いた。

「お休み」

火星はカブトムシに声を掛けるとベッドに入った。

リモコンで明かりを消そうとしたとき、飼育ケースのふたが取れ、

脱走したカブトムシがこちらに飛んできた。

「どうしたんだろ?」

火星が疑問を口に出すと、カブトムシから声が発せられた。

火星(あれす)、突然だがさようならだ。時が迫っておる」

「えっ!?お前なの?喋ってるの」

火星はびっくりして聞き返した。

「そうだ。わしの名は虫神と言う。もう別れの時が来たのだ」

「別れ?お前、死んじゃうの?」

「そうではない。わしは不滅だ。この宇宙の(ことわり)により

 火星(あれす)、お主の記憶からわしは消え去ってしまうのだ」


「そんなのやだよ、ずっと一緒にいようよ!」

「火星、お主と過ごした時はなかなか楽しかったぞ。ではさらばだ」

カブトムシこと、虫神はそう言うと、火星の部屋の窓を突き破って

遥か彼方へ飛んで行ってしまった。

「俺のカブトムシ」

火星はがっくりとうなだれる。

その直後、変化は起きた。

破られたはずの窓ガラスは元通りとなり、

火星はベッドに入って眠っていた。

火星の頭から、虫神と過ごした記憶はきれいさっぱり無くなっていた。

部屋にある飼育ケースも、忽然とその存在を消していた。


夜空を飛翔していた虫神の視界が消失した。

すぐに魂の触手を伸ばして、手近なところにいたバッタに取り憑く。

虫神の視覚が戻ってきた。

「リセット、か。これで良かったのだ」

バッタは羽を広げると、地面から飛び立った。



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