番外その2 - 男神その2
ビルが立ち並ぶ都市の歩道を、身長2メートル超えの巨漢が歩いていた。
大男は、布を服替わりに体に巻き付けており、
すれ違う人々から不審な目で見られている。
大男は周囲の目を全く気にすることなく、マイペースで歩き続けていた。
大男は歩道で立ち止まり、肩に下げていたバッグから財布を取り出し、
中身を開いた。
「何をするにも金、金、金だ。全く便利になったものだ」
大男は呟くと、財布を閉じた。
「さて、銀行はもうすぐか」
何も知らない大男の真上で、事故は起きていた。
クレーンが倒れ、弾みでクレーンと鉄骨をつないでいたロープがぶちりと切れた。
重さ2トンはあろうかという鉄骨が、大男の頭上目掛けて落下してきたのだ。
大男は正面を見たまま、財布を右手から左手に持ち替え
おもむろに右腕を挙げた。
間もなく、ドスンと重い地響きが鳴り、大男はぺしゃんこになるはずだった。
しかし、そこには、鉄骨を片手で軽々と持ち上げ、平然としている大男がいた。
大男は鉄骨を歩道脇へ無造作に投げ捨てると、財布をバッグにしまって
何事もなかったかのように歩き始めた。
「なに、今の」
偶然様子を目撃した女がポカンとした様子で言った。
大男はただの人間ではなかった。
人間の、男を司り、男を操る神、男神であった。
男神を含め、多くの神々にとっては、
2トン程度の鉄骨を受け止めるなど造作もないことだった。
場所は変わって、銀行の目の前に立つ男神。
高い身長を誇る男神は、頭を屈めて銀行内へ入った。
男神は律儀にATM前の列に並ぶ。
男神は預金を下ろしに来たのだった。
食事は摂らないにしても、汗をかけば水分補給は必要ですし
お風呂にも入らないといけませんわ。
貴方の汚らしい服も洗濯しませんとね。
という訳で、生活費を下ろしてきてくださいな。
同棲している女神の言葉が男神の頭に浮かんだ。
ATM前の列がどんどん短くなって、いよいよ男神の番、というときに
銀行入り口から、派手な物音がした。
続いて、二発の銃声。
銃で武装した覆面が八名、銀行に乗り込んできた。
「死にたくない奴は、その場を動くんじゃねえぞ!」
覆面の一人が怒鳴る。
「おい受付の姉ちゃん、銀行内の金をありったけ出せや。
出し渋ると殺すぞ?」
別の覆面が受付を脅す。
客や他の従業員が動けない中、男神はATMを操作していた。
「そこのデカブツ!何をやってる!」
覆面が男神に因縁をつけ、銃口を向ける。
男神は振り向くと一言。
「銀行強盗ってやつか、くだらん」
場の空気が凍り付いた。覆面達は男神に発砲するかと思いきや
銃口を下げ、八名の内七名がその場にくずおれた。
残った一人の覆面も動揺している。
「ボス!皆!どうしちゃったのさ!」
覆面が喚き散らす。
「お前は女か。チッ」
男神が聞えよがしに舌打ちする。
「なぜそれを!だが、女だからって舐めんなよ!」
覆面女は男神に発砲した。
弾丸はまっすぐ男神の眉間に吸い込まれた。
弾丸は、男神の背後にあるATMに命中し、それを大破させた。
肝心の男神には傷一つなかった。
「な、なんで?確かに手ごたえあったのに」
覆面女が混乱する中、男神は独り言のように説明した。
「弾丸が通る道を予め開けておき、通過した後で閉じたのだ。
直接受け止めるよりも楽だし、細胞の損傷もないのでな」
「え?は?」
更に混乱する覆面女に、男神は一瞬で近づいた。
その余波で、辺りを突風が吹き荒れる。
男神は覆面女の拳銃を奪い取ると、片手で握り潰した。
「ひえっ」
覆面女は腰を抜かしてへたり込んだ。
「何か縛るものは、と」
男神は銀行内を見渡した。
倒れている覆面の一人が、ちょうどロープを持っていた。
その覆面が前触れなく急に立ち上がると、男神に向かって歩いてきた。
覆面は、男神に頭を下げてロープを献上する。
「あたしら仲間じゃん?なんでそいつに従ってるの?」
覆面女が困惑する。
ロープを受け取った男神は、目にも止まらぬ速さで
覆面女を縛り上げた。
ロープを受け渡した覆面は、再びその場に倒れ込んだ。
「全ての男は、私の支配下にある、とでも言っておこう。
金も下ろしたし、ここにもう用は無いな」
男神はそう言うと、銀行の入り口をくぐって外に出て行った。
30分後。銀行の前を数台のパトカーが取り囲む。
「警察だ!お前達は完全に包囲されている!
無駄な抵抗はやめて投降せよ!」
しかし、反応どころか物音すら聞こえてこない。
少し後に、一人の従業員が両手を挙げながらそっと出てきた。
警官達が一斉に銃口を向ける。
「ひっ、撃たないで下さい!申し上げにくいのですが、
強盗犯はほぼ全員気絶しています」
警官達は顔を見合わせた。
警官達が十分に警戒しながら銀行内に入ると、
そこには気絶して動かない覆面達と、ロープで縛られて動けない覆面がいた。
「一体何があったんです?」
「それが、私どもにもよく分からなくて。
そういえば、犯人の一人をロープで縛った背丈の高いお客様がいましたが
直後に立ち去られました」
警官と従業員がやり取りする。
覆面の強盗犯は、全員手錠を掛けられ、拘置所に送られた。
警官の幹部に、疑問がよぎる。
謎の大男。いかにも怪しいが、犯罪に関与していない以上は
強引に取り調べる訳にもいかん。
一方その頃、当の男神は職務質問に引っかかっていた。
「君、住所は?どこで何をしている?」
警官の質問に対して、男神は鬱陶しそうな顔をして
彼を一瞥した。
「は!お疲れ様です!」
警官は態度を急変させ、パトカーに乗り込み、行ってしまった。
男神が警官の記憶と思考をいじくったのだ。
そして男神の目撃情報が、他の警官に伝わることは無かった。
無事、下ろした金を女神に手渡した男神は
ぶらぶらと山のふもとを散歩していた。
ふと目にした木には、四匹ほどのカブトムシが集まって樹液を啜っていた。
その内の一匹が異様にでかく、異彩を放っていた。
全長50センチはあろうかという体躯に、立派な七本の角。
その内二本は、クワガタのように開閉する。
そして漆黒のボディ。こんなカブトムシは世界広しといえど
どこにもいないだろう。
巨大カブトムシは、男神に目を合わせた。
「久しぶりだな、男神よ」
さも当たり前のように人語を発する巨大カブトムシに、男神は返答した。
「虫神か。相変わらず派手な依り代を使っているな」
虫神と呼ばれたカブトムシは、脚についている五つの鉤爪を木に食い込ませた。
「どうだ、一つ手合わせ願おうか」
「構わない。お互いの依り代が使い物にならなくなるか、参ったと言えば
終わりとしよう。使う依り代は一つだけ。よいな?」
虫神と男神が言葉を交わす。
神々は、基本的に不老不死なので、
予めルールを決めないと決着が付かないのだ。
「開始」
「開始だ」
開幕の合図と同時に男神は後ろへ飛んだ。
虫神は四枚の羽根を広げ、男神に突進してくる。
虫神が鉤爪付きの前足を振り上げた。
男神が右手の拳で、その一撃を受け止める。
ドォンと、鈍く重い衝撃音が響く。
男神の拳は押されている。
「流石に虫神ともなると、力では敵わんか」
そう言うと、男神は拳を引っ込めて、虫神の一撃をかわす。
虫神の尻部分が煌いた次の瞬間、
黒いサソリの尾がそこから飛び出し、男神の頭を狙った。
間一髪、男神は両手で猛毒の尾を真剣白羽取りした。
そのまま片手で尾を掴んで振り回し、虫神を地面に叩きつけた。
地面が数メートルへこんで、辺りに土煙が舞う。
「今だ」
男神は右手に渾身の力を込めて、拳を振るった。
落雷のような激しい衝撃音が鳴り響く。
標高1000メートルはある山が、ふもとから1/3ほど消し飛んで
半壊状態になっていた。
男神は辺りを見回した。
所々に、虫神のものと思われる黒い外殻のかけらが見える。
「勝ったぞ!格上にだ!」
男神が咆える。
どこからか、標準サイズのスズメバチが飛んできて
男神の目の前でホバリングした。
「参った、参った。わしもまだまだよのう」
スズメバチがしゃべった。虫神が新たな依り代に取り憑いているのだ。
「良い闘いだった。機会があれば、また」
スズメバチはそう言うと、そそくさと逃げ去っていった。
男神は頭をボリボリとかいた。やりすぎたかな?
数分して、半壊した山が元の緑が綺麗な山に再生された。
山が震えた。その振動は声となって届いた。
「男神!このやんちゃ坊主が!」
「山神か。すまんすまん。
全力でやらないと、虫神に勝てない気がしたのだ」
「おぬしの一撃で、どれだけの生き物が死を迎えたと思っとる!」
山神は、山に住む生き物をこよなく愛しているので
カンカンとはいかないまでも怒っていた。
「まあ、次のリセットで生き返るんだし、そう怒らんでも」
「ふう、そうだな。私も感情移入しすぎたようじゃ」
山神はとりあえず収まってくれた。
神々は、基本的に人間含む生き物には冷たいとされている。
それは、この宇宙の理であるリセットによるものが大きい。
数年に一度のリセットによって、世界は神々の干渉を無に返し
本来あるべき姿に戻るのだ。
ゆえに、神々が無関心、無気力となるのも仕方のないことかもしれない。
山神や人神のように、例外もいるが、男神は割と冷たい方だった。




