番外 - 男神あれこれ
塀に囲まれた広い土地に建つ、豪邸に、年老いた夫婦が二人きりで住んでいた。
老夫婦はソファーに座り、大型テレビを見ていた。テレビには猫が映っていた。
「まあ可愛い猫ちゃんねえ。あなた」
「うん、そうだね。だけど、儂ら猫アレルギーだし、家じゃ飼えないねえ」
夫婦が他愛もない会話をしていた時、異変は起きた。
老婆の顔が無表情になり、その場で急に立ち上がった。
「ん?どうした藤子」
老婆の白髪が黒く、つややかなストレートになり、顔のしわが次々と消えた。
曲がった背中が伸び、スタイルも二十代のそれとなり、
なにより顔が別人のように美人の顔になった。
「藤子、どうしたんだ!いや、お前は藤子なのか?」
まもなく、爺のほうにも変化は起きた。
無表情になり、体中の皺が消えた。
爺の変化はそこで止まってしまった。
「毎度のことですが、リセットというのは面倒ですわ、男神もそう思うでしょう?」
老婆から変化した美しい女性が、同じく変化した爺に話しかけた。
「だな。さて、これから服屋と焼き肉店にでも行くか」
若返った爺は言葉を返した。
「わたくしは服屋だけで十分ですわ。体のお肉は間に合ってますもの」
変化した二人はテレビを消すと、玄関へと向かった。
一時間後、容姿に似合う洋服を着た黒髪の女性と、身長2メートル越え、
筋肉質の体を持ち、ブロンドヘアの男性が、家に戻ってきた。
「年寄りくさい服装よりも、そっちのほうが似合うな、女神よ」
「貴方のその恰好は野蛮人そのものですわね、男神」
男神と呼ばれた男の服は、布を引き裂いて形を多少整えた
原始人っぽい恰好だ。
二人はただの人間ではなかった。
良物件に住んでいる老夫婦に取り憑き、肉体と精神を完全に乗っ取って
暮らしている、いわゆる神のようなものであった。
数年に一回、リセットと呼ばれる現象によって
神々による物事の干渉は無かったことになるので、
毎回このような惨事が起きるのであった。
ある時、女神が掃除機を使って二階を掃除していたが。
「きゃー!」
珍しい女神の悲鳴に、男神が多少興味を持ちながら二階へ上がる。
「どうしたんだ?」
「で、でましたわ。ご、ごき、ゴキブリ!」
男神は大きくため息をついた。
「ゴキブリなんぞで騒ぐなよ、仮にもお前さんは神だろ?」
「神でも嫌なものは嫌ですのよ!男神、責任もってゴキブリを退治してくださいな。
これは命令ですのよ!」
「ゴキブリ神にでも頼んで追い払ってもらったら?」
「男神ぃ~?わたくしにそんな事が出来たら苦労はしなくてよ」
「分かった、分かったよ。俺もゴキブリ神の居場所とか知らないし、
俺がやるしかないか」
男神は己のげんこつを左手で受け止めた。
「よし、じゃあちょっと危ないから外に出ていてくれ」
「頼みましたわよ~」
女神はそそくさと外に避難した。
「さて、と」
男神は精神を集中させた。ちょっとした空気の揺れや、微かな音から
ゴキブリの位置を割り出しているのだ。
「ざっと30匹はいるな」
男神の右手の爪が、それぞれ5センチくらいにニョキっと伸びた。
男神が人差し指を床と壁の間に向けると、爪の先が三日月状の刃となって
指から発射された。
ドンッという破砕音と共に、壁に小さな穴が開いた。
「まずは1匹」
男神は右手を素早く複雑に動かすと、爪を乱射した。
工事の音のような騒音が止むと、辺りの壁や床などに30ヵ所の穴が開いていた。
男神の右手の爪は、すっかり元の長さに戻っていた。
男神は一階に降りると、玄関を開けた。
「ゴキブリ退治は終わりましたの?」
外で待機していた女神が話しかけてきた。
「ああ。これから後始末に、リフォーム業者の所にいかねばな」
時期は9月、若干曇りぎみの昼間。
女子高生のマナミは、部活の体力作りの名目で、仲間数人と登山に来ていた。
山は標高500メートル程で、登山上級者じゃなくても登頂できる程度だ。
マナミ達がちょうど崖付近に差し掛かった所で、突風が吹いた。
「あっ!」
マナミは突風に煽られ、崖から転落した。
「マナミちゃん!」
「警察に連絡しなきゃ!」
崖は藪になっていたため、マナミは奇跡的に、すり傷程度の軽傷で済んだ。
だが藪が視界を遮り、マナミと仲間は互いに見えない状態だった。
10分後、気絶していたマナミは目を覚ました。
「あいたたたぁ」
マナミは体を起こすと、体のあちこちにある傷の状態を確かめた。
「大丈夫、歩けるけど、ここどこだろう?」
独りぼっちとなったマナミは無性に寂しくなった。
「神様、助けて!」
マナミは小声で呟いた。
その時、マナミは上空に、奇妙なものが浮いているのを発見した。
あれは、人?
人らしき物体はゆっくりと下降し、マナミの近くまで降りてきた。
それは身長2メートル越え、原始人のような服を着たブロンドヘアの男だった。
「助けんぞ、自分でなんとかしろ」
「あれ?もしかして、神様?」
「まあ、一応はな」
「すごい、神様ってホントにいたんだ!」
マナミは興奮してピョンピョン飛び跳ねた。
「でも、なんで助けてくれないの?」
「うんとだな、もしお前を助けたとしても、数年後にその行為が無かったことになる。
つまりは無駄なあがきなのだ。運命には逆らえないとでも言っておくか」
「じゃあ、わたしこのまま遭難して死んじゃうの?」
「分からん。せいぜい頑張れ」
「なんなのよ、使えない神様ね!」
「神と言っても、出来ることは限られている。例えばこの俺、男神は
人間の男を操るくらいしか能がない」
「全知全能ではないのね」
「それは一神教というやつだ。我々は多神教に当てはまる。様々な神々がいるのだ」
「なにそれ、よく分かんない」
マナミが男神と話し込んでいた時、藪がカサカサと動いた。
「え?何?」
藪からは全長50センチほどのヘビが、にょろっと這い出た。
「へ、ヘビ!わたしヘビ苦手なの!助けて!」
「自分でなんとかするんだな」
「ケチ!役立たず!ウドの大木!」
マナミは近くにあった棒切れを拾うと、ヘビに向かって振り回した。
「来るな、来るなぁ!」
ヘビは舌をチロチロっと出した後、マナミとは別の方向に行ってしまった。
「良かったな。大人しいタイプのヘビで」
マナミは男神をキッと睨むと、へなへなと座り込んだ。
その時、上空にバラバラと、ヘリコプターの音が聞こえてきた。
そして
「おーい、大丈夫かー?」
と崖の上から男性の声がした。
「救援が来たようだな、それでは俺はこれで」
男神が飛ぼうとすると、マナミが引き留めた。
「ちょっと、何か出会った記念の品とかあったらちょうだい!」
「そんなものやっても、数年後に消えるし、お前の記憶からも消えてるぞ」
「いいから!」
男神は近くにあった大きな岩に近づくと、腕をズボッとめり込ませた。
大岩に亀裂が走り、いくつかの岩に砕けた。
男神が握った手を開くと、すさまじい握力で変形した石がそこにあった。
「これでいいか?」
男神は石をマナミに手渡した。
「ありがとう。じゃ、またね!」
「ああ」
男神は一気に飛翔し、山の頂上の遥か上までつくと、空中で寝ころんだ。
「またね、か」
その後、マナミは無事救助され、世界がリセットされても
その事実は変わらなかった。




