その10(最終話) 破滅
南方大陸の北半分を占める広大な砂漠。
その中央付近に、直径1キロメートルほどの
巨大なアリーナが建っていた。
本来、この砂漠には砂丘しかなかったのだが
粒子神が、このアリーナを必要としたため
一瞬のうちに建設されたのだった。
アリーナの中央に、10メートルほどの
灰色一色の球体が浮かんでいた。
粒子神が自らの肉体を用意したのは
今回が初である。
やがて、地平線の彼方から、多種多様の物や生物が
アリーナに向かって飛んできた。
粒子神の召還に応じた
七百九十九万を遥かに超える数の神々だ。
アリーナの座席は神々で埋め尽くされ
喧騒に包まれた。
アリーナの上空は
座席に座れなかった神々の群れで霞んでいた。
新たにやってくる神々がいないことを確認し
粒子神は大声を発した。
粒子神:「神々諸君。よくぞお集まり頂いた」
「諸君に重大な告知がある」
「つい二日前の悪霊騒動は
諸君の記憶に新しいだろう」
「あれは、突如として発生した空間の歪みが
異世界の住人を招き入れてしまったために起きたのだ」
「事例は過去にもあった。三年前だ」
「そして最近の調査で、悪霊騒動の収束直後に
新たな空間の歪みが発生していたことが分かった」
「空間の歪みが発生する間隔は
日に日に短くなっている」
「それは、この宇宙が不安定になっている証なのだ」
「勘の良い者はもう気づいているかもしれんが」
「この宇宙は滅びの道を歩んでいるのだ」
静かになっていたアリーナ全体にどよめきが走った。
木神:「粒子神のお力で止められませぬのか?」
どよめきを制すほどの大声で、木神が尋ねた。
粒子神:「残念ながら、私は万能ではない」
「私の全力をもってしても、それは叶わないのだ」
「そんなことを成し遂げるような者がいるとすれば
宇宙そのものを司る神くらいだろう」
「私自身、そのような神に出会ったことは無いがな」
「諸君に頼みたいことがある」
「いて座のデルタ星の方角
距離約3万2000光年のところに
巨大なブラックホールがある」
「そのブラックホールは
別の宇宙のブラックホールにつながっていることが
ブラックホール神の調査により判明した」
「従って、そこを通過すれば別の宇宙へ避難できる」
「この宇宙は、もういつ崩壊しても
おかしくはない状況だ」
「一刻も早く、脱出するのだ」
鳥神:「ですが、神以外の生物はいかがします?」
「見殺しにせよと?」
粒子神:「残念だが、やむを得ない」
「生物をそのブラックホールまで連れて行くとなると、
確実に万単位の年数が掛かる」
「また、生身の肉体では
ブラックホールの凶悪な重力に耐える事は
不可能なのだ」
「ブラックホール自体の座標変更も、危険すぎる」
「ブラックホールを刺激すると、性質が変化し
別の宇宙への通路が途切れてしまう可能性が高い」
「もう一度言おう。肉体を放棄し、速やかに脱出せよ」
「以上だ」
???:「何だ、面白そうなところに出たと思ったら
もう世界が終わっちまうのかい」
空間が歪み、そこから何者かが現れた。
人型だが、背中には白い鳥とコウモリの翼が一対ずつ
合計4枚の翼が生えている。
手足には鋭く長い鉤爪、口には何本もの大きな牙が
互い違いに噛み合わさっている。
頭には短い角がびっしりと生え、髪のように見える。
粒子神:「くっ、またしても異世界から何者かが迷い込んできたか」
???:「おっと、動くなよ?」
アリーナ全体が静まり返った。
アリーナに来ている神々の誰一人として
何故か微動だに出来なくなった。
粒子神:(み、身動きがとれん)
???:「まずはこの厄介そうなのを殺っとくか」
四筋の太く赤い光線が、別々の方角から
粒子神の球状の体を貫いた。
灰色の球体は浮力を失い、床に激突した。
この暴挙に対する神々の怒号や悲鳴は
魂の内から外に洩れることはなかった。
???:「我が名はエデンビゼル。異世界の魔王だ」
「我が侵入した印として
この世界に恐怖と破壊をもたらそう」
「貴様らは、そこで固まったまま
我に潰される運命なのだぁ!」
鉄神:(おのれ、よくも粒子神様を)
鉄神の隣に座っていた者が、急に立ち上がった。
鉄神:(ん?もしや)
その者は、目にも留まらぬ速さで
魔王に突っ込んでいった。
エデンビゼル:「何だと?」
その者の剣が閃き
エデンビゼルの右腕が体から切り離された。
その瞬間、アリーナの神々は金縛りから開放された。
エデンビゼル:「ぐおおっ!貴様なぜ動ける!」
その者の鎧は、陽光を受けて銀色に輝いていた。
銀神:「さあなあ。銀は怪物を滅ぼす、
とかいう迷信のせいかもな」
エデンビゼル:「ぎ、銀だと?!
バカな、そんなものがあってたまるか!」
魔王は、いつのまにやら持っていた赤い剣で
斬りつけてきた。
銀神はそれを銀の剣で受け止める。
銀神:「神々よ、今のうちにブラックホールを目指せ!」
「粒子神様の仇はこの私がとる。さあ早く!」
神々の肉体は力を失い、その場に次々と倒れた。
宙に浮いていたものは落下し始めた。
神々が肉体を捨て
ブラックホールへ移動し始めたのだ。
こぢんまりとした一軒家。
その玄関のドアが勢いよく開けられ
大男が入ってきた。
大男:「人神様、まだ避難しておられなかったのですか」
「時間がありません。早く行きましょう」
人神と呼ばれた少年が顔を上げた。
人神:「私は行きません。
この世界の人間を救えぬというのに
私だけのこのこ逃げるなんて・・・」
「この世界の人間と共に滅ぶのが、私の定めです」
大男の拳が、人神の顔面に繰り出される。
人神は片手でその拳を止めた。
人神:「何をするのです、男神」
男神:「ふざけるな。人間を救えぬなら
救えなかった人間の分まで貴方が生きよ」
「それに、貴方を必要としてる者のことも考えよ」
10秒ほど沈黙が流れた。
人神:「わかりました。
銀神殿の奮闘を無駄にせぬよう
急いで参りましょうか」
人神の目が虚ろになり、がくりとうなだれた。
男神:「さて、私も行くか」
男神は、いて座のデルタ星の方向を思い出そうとした。
原子神は、ブラックホールへと向かう神々の魂を
宇宙空間から見守っていた。
原子神:「やれやれ、禁錮1500年のはずが
1年にしかならなかったか」
原子神は、溶岩神との会話が成り立つように
彼に最低限の溶岩を与えた上で、事情を説明した。
原子神:「お主もブラックホールへ行くが良い」
溶岩神は事情を呑み込むと
素直にブラックホールへ向かった。
原子神:「我は銀神に加勢するとしようかの」
「終わり近き世界に
とんでもない化け物が紛れ込んだものよ」
天の川銀河の中央に構える巨大ブラックホール。
もうほぼ全ての神が、このブラックホールを
通過し終えたのだろう。
その付近まで来た男神の周囲に
他の魂の気配は一つしかない。
それは、リング状となって
ブラックホールの縁に取り付いている。
おそらくブラックホール神だろう。
いざブラックホールに飛び込もうとしたその時
強烈な金縛りに遭い、再び動けなくなった。
???:「ち、もう二匹しか残ってねえ」
銀神と戦っているはずの魔王が
何も無い空間から出現した。
男神:(なぜ奴がここに?まさか銀神は・・・)
エデンビゼル:「お前らに口を聞く機会をやろう」
宇宙空間が奇妙な緑色に変わった。
地球に置いてきたはずの、男神の肉体は
いつのまにかこの場に存在していた。
ブラックホール神は
巨大ブラックホールから引き剥がされ
ビー玉サイズのブラックホールを
新たな肉体として与えられていた。
男神:「銀神を倒し
短時間でここまで移動してきたというのか?」
エデンビゼル:「そうだ。我の住む世界には無い
破魔の力を持つ金属が
この世界に存在していたのは予想外だったが
冷静に対処すれば問題はない」
「粒子で銀の原子核を撃ち抜き
破壊すれば良いだけだ」
「銀野郎を潰した後に、丸い形の奴も現れたな」
「手ごわそうな相手だったが
銀を用いた攻撃しかしてこないので
苦戦しなかったがな」
男神:「粒子神に続き、銀神と他の神までもが」
ブラックホール神:「粒子神がやられた?
せっかく粒子神を葬るために
大掛かりな罠を仕掛けていたというのに」
男神:「何と!?粒子神に信頼されていた貴方が?」
ブラックホール神:「俺は俺より優れた力を持つ神の
存在を許せなかった」
「宇宙の崩壊は、奴を葬るまたとないチャンスだった」
「神々の存在が許されない宇宙につながる
ブラックホールへ誘導し
その宇宙へ出た粒子神は崩壊する、という計画だった」
男神:「それでは、そのブラックホールを通って
脱出した神々は」
ブラックホール神:「皆消滅しただろう。
至極どうでもいいことだが」
男神:「ああ、なんということだ・・・」
エデンビゼル:「なるほどなあ。我の楽しみを殆ど横取りしてくれたわけか」
赤い光線がブラックホール神に刺さり
体ごと、その魂を砕いた。
エデンビゼル:「最後に言いたいことはあるか?」
男神が口を開いたその時
魔王の目の前に、全身漆黒に染まった鎧が出現した。
黒い鎧:「ようやく見つけたぞ。
この世界で最も強大な力を持つ者」
「強き者を打ち倒すのが我が喜び。相手をしてもらうぞ」
エデンビゼル:「ほう、まだ神が残っていたとはな」
「良いだろう。まず貴様から死ねぇ!」
赤い光線が、黒い鎧のあらゆる箇所を貫いた。
黒い鎧は全く意に介さず、魔王に斬撃を浴びせた。
黒い鎧:「悪いな、俺は完全に不死なのだ」
魔王が苦痛に顔を歪め
緑色の宇宙空間は元の黒色に戻った。
その瞬間、男神の後頭部は
ものすごい勢いで後ろに引っ張られた。
魔王の魔法が解け、砕けたブラックホール神の欠片が
物理法則を取り戻したのだ。
男神は、小さなブラックホールに
全てを呑み込まれ、消失した。
魔王は苦戦していた。どんなに砕こうと
跡形もなく消し飛ばそうと
奴は何事も無かったかのように復活してくる。
それにひきかえ、魔王の魔力は強大ではあるものの
限りはあるのだ。
エデンビゼル:(くそっ、そろそろ引き揚げねば)
宇宙の景色が歪み始めた。本格的に崩壊するのだ。
黒い鎧:「どうした?技の威力が落ちてきているが?」
エデンビゼル:「ち、勝負は我の負けで良い」
「早くこの場から退散しないと
お前も巻き添えを食うぞ」
黒い鎧:「俺は不死身だ。死ぬはずがなかろう」
「そして貴様が力を出し尽くし、死ぬまで
戦いをやめる気はない」
魔王は異世界への出入り口を召喚し
逃げようとしていた。
黒い大量の剣が格子状に伸び
出入り口は封鎖された。
エデンビゼル「やめろ!やめてくれ!うおっ」
魔王の体中の肉が
極限まで歪んだ宇宙空間に拡散し始めた。
宇宙崩壊まで、残り1秒。
エデンビゼル:「ぐぞがあああああぁぁぁァァァ・・」
宇宙は、そこに残る全ての物質と法則を巻き込み
消滅した。
男神の魂は、別の宇宙空間を漂っていた。
小さなブラックホールもまた
別の宇宙につながっていたのだ。
男神:(粒子神も動物神も剣神も女神も人神も
皆滅んでしまった)
(全てが終わってしまったのだ)
(そして私だけが生き残った)
(いっそ私も、あの宇宙と共に消え去れば良かったのだ)
ふと、人神に放った言葉を思い出した。
”ふざけるな。人間を救えぬなら
救えなかった人間の分まで貴方が生きよ”
男神:(はは、まさか己に叱られるとはな)
(・・・僅かばかりの可能性に賭けてみるか)
無数にある宇宙は、ワープホールで複雑につながり
無限の広さの迷宮を形成している。
宇宙神は、迷路の一角にある宇宙に
だらりと取り付いていた。
宇宙神:(うん?)
宇宙とワープホールの接点に、何かが当たっている。
それが神の魂だと気づいた宇宙神は
コンタクトを取るため、それの近くに
太陽系を一式こしらえた。
宇宙神が生まれた宇宙では
神々の殆どが地球に密集していた。
よって地球を用意すれば
コンタクト用の媒体がどこかに見つかるはずだ。
やがて、何かの神が自分にあった肉体を見つけ
宇宙神に話しかけてきた。
男神:「宇宙神よ、このちっぽけな神と
会話する努力をしてくれたことに心から感謝する」
「無礼を承知で、貴方にもう一つ頼みたい」
「我が故郷の宇宙は、遥か昔に滅んでしまった」
「それを元通りに復活させてほしいのだ」
宇宙神は、長らく落ち着いていた宇宙から重い腰を上げた。




