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七九九万  作者: つちたぬ
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その1 誕生



はるか昔、人類は言語を生み出した。

言語により、様々な物に名前がつく。


人、獣、鳥、魚、木、土、水、星・・・


やがて、類似した物を束ねて指し示す名前に

不思議な力が宿りはじめた。


不思議な力は魂となり、

肉体を求めるようになる。




あるところに男がいた。

ある日、狩りに失敗し、獲物の反撃を受けてしまう。

男は瀕死の重症を負い、その場に倒れた。

獲物は男を少しの間見ていたが、やがてそっぽを向いて走り去った。


男は願った。

俺はまだ死にたくない。出血よ、少しでも収まってくれ。


すると不思議なことに、出血量が減少してきた。

傷口も先ほどより少しだけ、浅くなっている気がする。


更に男は願った。

痛みよ収まれ。出血よ止まれ。


傷はみるみるうちに塞がり、出血は完全に止まった。

痛みもほとんど感じない。

男は再び立ち上がれるまでに回復していた。


男は不思議に思いながらも、自分の村へと向かった。


男は傷を癒す力を生かして、より大胆に狩りを行い

やがて村一番の狩り名人となった。

手ごわい獲物を狩るときには必ず、男に声が掛かるようになった。


ある日、狩りによる男の評価に嫉妬した別の男が

皆が寝静まった頃に石槍を持って

男の家に忍び込んだ。


男は大の字になって気持ちよさそうに寝ている。

石槍の先端が男に向けられる。


男の頭を石槍が貫いた。


男は夢から覚めた。

自身の異常に気づく。

何も見えない。何も聞こえない。

周囲の物を手探りで確認しようとしたが、

腕を動かすことができない。

いや、「腕」自体がない。

男は魂だけの存在となっていた。


だが、ある方向に何かの気配を感じることはできた。

魂となった男は、その方向に移動した。


体の感覚が戻る。目をぱっと開く。

男は手に何かを持っていた。

血まみれの石槍だった。


そして、ある方向を向くと、頭を貫かれた

何者かの遺体が目についた。


男自身の遺体だった。


今の男の体は、前の男を殺した者のものだった。


記憶も前の男の分に加え、

今の男の分も自由に引き出せるようだった。


男は石槍だけを持って村を出た。

殺人を犯してしまったからには、もう村に留まることはできなかった。

最も狩りの腕はあるので

一人でも野垂れ死ぬことはない。


男の体を乗っ取ってからひと月ほど経過した。

今度は唐突に肉体を失ってしまった。

何者かに襲われたわけでもなく、体も健康そのものだったので

肉体を失った原因は分からなかった。


魂のまま漂い、最初にぶつかった男の体を乗っ取る。

周囲を見回すと、そこは男がひと月前まで暮らしていた村だった。


何日か経ち、一番最初の自分と

二番目の自分の体をもつ者が

何事もなく暮らしているのを発見した。


二番目の体はともかくとして、

最初の体は土に還ったはずである。


一日中考えても答えがでなかったので

男は諦め、今度は自身の持つ不思議な力について思考をめぐらした。


大怪我の完治、他者の肉体乗っ取り。

まだ他にも何かあるのではないか?


ふと思いつき、近くの林まで赴き、太い木を全力で殴ってみた。

木の幹に大穴が開く。直後に木は粉々に砕けた。

男の腕も一緒に砕け散った。

再生を試みたが、出血が止まっただけで

腕を元通り生やすことはできなかった。


その夜、狩りで取ってきた獣の肉をたらふく食べた。

腕のあった付け根を見つめていると、その部分が波打った。

もしやと思い、腕の再生を念じた。

肉が盛り上がり、腕が再生した。

新たな腕は柔らかく、骨がないようだ。

男は獣の骨を持ち上げ、ガリガリと噛み砕いて食べた。

男の柔らかな腕がシャッキリと伸びた。

骨付きの完全な腕になったようだ。


ある時期、獲物の不作で村中の者が

飢えに苦しんでいた。

男は数少ない獲物を獲ってきては

村の者たちに与え、自分は何も口にしなかった。

それでも大勢の村の者を賄えるわけもなく

村の者たちはやせ細っていった。

しかし、男自身は全く変化がない。

やがて獲物の不作が終わり、村に活気が戻った。


男は試験的に断食を続けた。

半年ほど経っても、男の体に変化がなかった。

男は怪我で肉体の一部を失わない限りは

食事を取る必要がないことを悟った。


ある時、鳥のように飛んでみようと考えた。

助走をつけて、崖から飛び降りる。

優雅に飛ぶ鳥を強くイメージした。

地面が近づくスピードが緩まり、止まる。

男は宙に浮いていた。

男は自分の体を見てみたが、鳥になってはいなかった。

人の形を保ったまま飛んでいた。


何年か過ぎ、再び肉体を失う現象が起きた。

手頃な肉体を手に入れた後、

男はかつて殴り倒した大木を見に行った。


そこには、男が殴り倒す前の大木が立っていた。

男は閃いた。

不思議な力を使って起こした行動は、

一定の時を経ると、全てリセットされるのだと。


男は、自分だけが特別な存在であることに寂しさを覚えた。

どこかに自分と同じような能力をもつ者はいないのか。


ある時、不思議な噂を耳にする。

人語を話すマンモス。

男は、その不思議な獣を見たという場所に赴いた。


適当に探すうち、マンモスの集団を見つけた。

その群れの中央にいる一頭は、

他のマンモスの1.5倍は大きかった。


男はそのマンモスの前まで飛んでいき、話しかけた。


男:「お前は、俺の言葉が理解できるか?」

マンモス:「我が一族を恐れぬとは、勇敢な人間よ」


男とマンモスは打ち解け、お互いの経験について

意見を交換した。


どうやら、同種族であれば

一度に複数の個体を操ることが可能なようだ。


その後、男とマンモスは、

特殊な能力を持つ動物を探す旅に出た。

結果、狼、蛇、鳥、トカゲなど、

種類に富んだ仲間を見つけることが出来た。


また、動物以外の不思議な噂を耳にするようになった。


叫ぶと、別の言葉が返ってくるコダマ。

魚を釣ると、釣った者が引きずり込まれる湖。


詳しく調べてみると

男らと同様の力を持つ山、湖だと判明した。

そうして、生物、非生物問わず、

多くの仲間を発掘していった。


そうして百年ほど過ぎたとき、

仲間のマンモスの様子に変化が現れた。

年月が立つうちに、自分が操れる力の範囲が

だんだん縮小していったのだ。

また、マンモスという種族の個体数も

目に見えて激減していた。


男:「お前の力でマンモスを増やせば、

   お前の力も戻るのではないのか?」


マンモス:「我が一族の個体数は増やせるが、

      増やしても私の力は戻らなかった。それに、数年経つと、

      増やした分以上の仲間が失われる。全ては無駄なこと」


そして数年過ぎ

男は仲間が地上全土に及ぼした影響が

リセットされるのを体で感じた。

真っ先にマンモスのことが頭をよぎり、

マンモスの住む地へ赴く。


その地に、マンモスは一頭もいなかった。

探しても、平均的な大きさのマンモスの骨が

あちこちで見つかっただけだった。


我々は不死身ではない、種の絶滅とともに滅ぶのだと

男は思い知ったのだった。



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