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第7章 見えない無価値

第7章 見えない無価値


―1―


 「本当に?」

 「はい」

  「本当に、本当に?」

「はい・・・」

 喜びに満ちあれる明彦とは対照的に、女の子はどうもきまずそうにしている。

 それはそうだ。たかが人を見たとか、ちょっとだけ話したとか、そんな当たり前のことを言っただけなのに、こんなにも喜んでいるのだから。

 「ごめんね、ごめん。ちょっとビックリしたよね」

 わかるわけないよな、この喜びが。散々探しまくってやっと見つけた自分以外の目撃者、生きた証拠を。

 「いえ、私も正直うれしいです。もう何日も自分がおかしかったんじゃないのかって思っていたので」

 「何日も?」

 「はい、もう3日も前です。あんなに目立っているのにそれから校内で一度も見ないので、聞いてみたんですがそんな人いないって」

 「3日も前に?」

 自分が見たのはつい昨日。この子は3日間も自分が幻覚を見たと思っていたのか。

 「君の名前は?」

 「鈴木 沙紀です。今年入学してきた1年生です」

 「俺は2年の大紋明彦、昨日転校してきたんだ。それより、君はどこで彼女を見たの?」

 「できれば大紋先輩から教えて頂けませんか?」

 「そうだよね、ごめんちょっと焦っちゃって。俺が見たのはつい昨日。学校の屋上でみたんだけどさ」

 「昨日ですか・・・」

 「まぁ変なやつで。ピンクの髪の毛だろ、それに変なパーカー、しゃべってる内容も意味わからなかったけど、なんか良いやつなんだよ」

 良いやつか、まだちょっとしか話してもいないのに。

 「そうですよね、私もそこまで多くしゃべったわけではないのですが、意味不明な中にもどこか人柄の良さは伺えました。たぶん私の見たのと全く一緒の方だと思います」

 彼女の言葉を聞いてやっと確信を持てた。確実にギタコはいる。

 まだ、何かの間違いじゃないか、夢を見てるんじゃなか。

 抑えられない感情が高まっていく。

 「他には何か知ってる?」

 「いえ、特には・・・」

 「そうだよな、実際俺もそんな感じだしなぁ」

 彼女に自慢できるほど、自分もギタコの事を知っているわけじゃない。

 「そういえば、放送してからだいぶ経ってからきたよね。なんかあったの?」

 放送があってからもう1時間は経とうとしていた。

 「はい。ちょうど放送が流れたときは部活の見学をしていましたので抜けるに抜けられなくて」

 「部活かー、何かめぼしい所でもあった?」

 「一応コーラス部辺りを考えてます。中学もそっちの方だったので」

 見るからに文系な彼女にはぴったりだろう。

 「ちなみに先輩は生徒会の方と仲がよろしいのですか?」

 「仲が良いっていうか悪いっていうか」

 裏葉には完全に嫌われている。その一方で春亜からは少なくとも嫌われてはないだろう。

 プラマイ0ってとこか。

 「私、生徒会の方にも聞こうかと思ったのですが、なにせ会長が白銀さんですから」

 「あーなるほど、それはわからなくもない」

 同級生ですら彼女によそよそしい態度をとるのだから、無理もない。自分だってそうだったのだから。

 「一応おれも生徒会のやつに聞いたんだけど、全校生徒出席義務の入学式でも、ピンクの髪してるやつなんていなかったんだって」

 「じゃあ、やっぱり・・・」

 「俺もそれ聞いた時点で諦めてたんだけど、君がいたからね。やっぱり自分以外にも見たやつがいるとなると格段に自信がもてるよ」

 そうだ、今は一人じゃない。こんなにも大きな世界でこんなにも近くでおかしい人が二人もいる。それは偶然とかじゃない。何かの理由があって必然的にこうなってるだ。

 「私もです。それよりも、大紋先輩はギタコさんについてどう思われているのですか?」

 「どうって、幽霊とか?でも触れたしなぁ」

 幽霊、そう考えるのがもっとも妥当かもしれない。周りには全く見えないのに、実際にはこうやって目撃者が二人もいる。自分達は霊感が強いのだと考えれば周りが見えないのも納得がいく。

 だが、本当にそんなものの存在を信じる気にはなれない。そんな迷信にすがりつきたいとも思わない。

「幽霊ですか・・・、それはちょっとないですよね」

 「わかってるよ、冗談だって。でも色々考えてみてもさぁ、何か納得いく答えなんて全然ないんだよな」

 「超能力とか?」

 超能力・・・だと。

 「顔ににあわず随分オカルティックなこと言うね。たぶんそれは幽霊よりないでしょ」

 「もぉー、本気にしないでくださいよ」

 「わかってるって」

 自分以外にもギタコを見ている人がいるということしかわからなかった。

 結局のところ彼女がなんなのかということは一切わからずじまいだ。

 本当に実在している人間なのか、それとも疑ってはみた幽霊なのか。

 大きく進んだようで、ものすごく遠のいてしまった気がする。

 「良かったら明日、一緒に探してみる?もしかしたらってこともあるし、今日の放送を聞いてない人だっているしさ」

 一人でも多い方がいい。それに、彼女は自分以外の唯一の目撃者だ、こんなにも心強い援軍はいない。

 しかし・・・、

 「ごめんなさい。私引っ込み思案で、周りの目というのも色々と気になります。たしかにギタコさんはいるかもって思ったんですけど、まだ私と明彦先輩しかいないわけで・・・その・・・」

  仕方ない。ギタコが本当に存在しているかどうかは関係ないんだ。周りからしてみれば、存在していない物を必死に探す俺たちはきっと、ギタコよりも異常で奇妙な人間になってしまうのだから。

 「無理しなくていいって。沙紀ちゃんが入ってくれれば3人で探せると思ったんだけど」

 「3人?」

 「うん、見えはしないんだけどギタコの存在を信じてくれてるやつもいるんだ。石神 蒼次っていうんだけど・・・、やべっ」

 彼女との話に夢中になっていたが、すっかり忘れていた。

 石神がトイレに向かってからだいぶ時間が経っていた。とっくに校門に着いていてもおかしくはない。

 「ごめん、もう行かなくちゃ。なんかわかったら教えるから、そっちもよろしく」

 「あっ、あのぉ・・・」

 弱々しい彼女の声はとどかず、明彦は去っていった。


―2―

 いかがわしい店が立ち並ぶネオン街。

 その中でも一際地味な店、「バニーの隠れ家」。

 「じゃあ、いつものよろしく」

 「はぁーい、了解。そっちの坊やは何にする?」

 「おい・・・、蒼、この店って・・・」

 バニーガールのコスプレ、酒の瓶の数々、そしてカウンター。

 どう考えても高校生が来るような見せではない。

 「なんだよ、お前おこちゃまだなぁ」

 「おこちゃまって、お前いつもこんな店来てんのか?」

 「こんな店?」

 明彦の言葉に、バニーガールのコスプレをした人が反応した。

 「ちょと坊や、あんまりうちの店馬鹿にすると許さないわよ」

 優しく言っているが、目がマジだ。

 「いや、その・・・、こんなに綺麗な方がいる店という意味で・・・。蒼はずるいなって・・・」

 「あらー、随分可愛いとこああるじゃない。さすがは蒼ちゃんの連れってとこね」

 「でしょ、馬鹿だけの根はいいやつなんだよ。で、お前はなににすんだ?」

 明彦はメニューをもらうと目を疑った。

 「エスカルゴのプリン、青虫のソテー・・・、カブトムシのゼリー?」

 確かにどこかの国では食べられているかも知れないが、この国でこんな物を出すのはこの店だけだろう。それに・・・、最後のはどうみても手抜きだ。

 「あら、どうしたの?」

 期待するかのように見つめてくる。

 普通ならば「こんなもの食えるか」というのだろうが、何せ先ほどの目。とてもじゃないが何も頼まないわけにはいかない。

 「明彦どうした?今日は何でも好きなもん食っていいんだぞ。お前の転入祝いだし」

 「あらそうなの?じゃあ、私も何かプレゼントしなきゃね」

 「いえ、お気遣いなさらずに」

 やめてくれ、まじでやめてくれ。

 なんかとんでもない物を見繕われそうな予感を察知し、必死に止めた。

 早いと子決めなければ、明彦はメニューのを隅から隅まで見渡したが、普通のメニューなど一切見つからなかった。

 とりあえず、一番ましであろう「マグロの地獄姿煮」を頼んだ。

 「はい、じゃあ10分少々お待ちを。蒼ちゃん、飲み物は適当によろしくね」

 そういうと店の奥へと消えていった。

 「お前何飲む?コーラでいいか」

 「それって・・・」

 先ほどの、メニューを見た以上、蒼の言うコーラには不信感を抱かずにはいられなかった。

 「大丈夫だって。普通のコーラだよ」

 「ならいいんだけど」

 コーラの瓶を2本持ってくると栓を抜き、

 「では明彦の転入祝いを祝して乾杯」

 ガラスのぶつかり合う音が誰もいない店内に鳴り響いた。

 「てか、あの人と長い付き合いなの?」

 「あー、バニちゃん?俺が中一の時からだから、そうだなぁ、4年くらいかな」

 「結構長げーんだな。てかバニちゃんって」

 「そう呼べって。本名は知らーねーけど自称24歳。ただでさえいろっぺーのにあの格好、たまらんわー」

 「はいはい」

 こっちは色々と悩んでいるってのにこいつは・・・

 「そういえば、お前さっき随分と遅かったじゃん?」

 「あぁ、それなんだけど、ギタコの事を見たって人がいたんだ。1年の鈴木 沙紀ちゃん」

 「へぇー、そんなんだ。よかったじゃん」

 石神の言葉には喜びとかそういったものは感じられず、まるで他人事のようだった。

 昼休みはあれほど熱心になってくれたというのに・・・

 「で、その子と話してなんかわかったのか?」

 「うーん、わかった事と言えば、その子がギタコを見たのは3日前て事くらいで、後は俺と言ってることは全く同じだったなぁ」

 「同じっつーと髪がピンクで、変な女ってとこか」

 「変な女って・・・、まぁそうだけどさ」

 「でも変わってるよな、お前もそうだけど、その女ちゃんも。いないものが見えるとか」

 「別にどこにでもいる文化系女子ってとこだよ。コーラス部に入るとか言ってたし」

 「あーなるほど、そういうのがタイプなんだ?だから長居しちゃったわけね」

 「違うわ!」

 「そう否定しなくても、余計にあやしいじゃん」

 「あのなぁ・・・、面倒くせーからやめとく」

 結局またからかわれて終わる。ならさっさと折れたほうが懸命だ。

 「ずいぶん聞き分けがよくなったじゃん」

 「まぁ、また面倒くさいことになるのは勘弁だからな。春亜が良い例だよ」

 「何、いつのまにそんな仲に?」

 「別にちょっと話しただけ。裏葉の事とか、まぁ色々と。収穫は入学式が全校生徒出席義務があって、その中にピンクの髪をした生徒はいなかったというバットな情報だけだな」

 「お前は入学式来てないんだもんもんな。てか,入学式後にピンクに染めたとか思わないの?」

 「だって,それなら普通春休み中に染めるだろ。イメチェンしたとか言って」

 「普通って,普通じゃないから困ってるんだろ」

 「普通じゃないか・・・」

 自分には見えているものが、見えていないお前らの方が普通じゃないだろ、そういってやりたい。でも、世間一般で普通じゃないのはギタコを見える俺の方だから。

 「はい、できたわよ」

 奥の方から異様な臭いと共にバニ子が戻ってきた。

 その手には美味しそうなハンバーガーと、わけわからない位真っ赤なスープがあった。

 「お前ん、何で普通なんだよ」

 「そりゃ、裏メニューだからな」

 裏メニューが普通で、表メニューが異様・・・、この店が何でこんなにも人がいないのか、よくわかる気がする。

 「さっ、熱いうちにどうぞ」

 すんごい、煮えたぎっている。そして、臭いをかいだだけでしたがひりひりする。マグロ地獄姿煮というが、マグロの姿など見えないくらいとけ込んでいる。

 食べちゃいけない気がする。

 そして、食べなければいけない気がする。

 こちらのことなどお構いなしにとなりでは、おいしそうに石神がハンバーガーを食べている。

 そろそろ覚悟を決めるしかない。

 「で、では・・・」

 明彦はスプーンで汁をすくい恐る恐る口の中に運ぶ。

 こんなにも楽しくはない食事など初めてだ。

 そして、こんなにも死を覚悟した日は初めてだ。

 口の中にスープの温かいぬくもりが伝わる。

 味を確かめる間もなく、

 「マズッ・・・・くない、むしろ美味い」

 なんだこれは、絶対にまずいであろう見た目からは想像もつかない美味い。

 こんなにも美味しい物を食べたことがない。

 「どうだい、美味いだろ?」

 「はい・・・、でも・・・」

 「見た目が絶対にまずそうだったか?」

 「すいません、でも味は間違いなく最高です」

 「なんで、あんたはこれがまずいと思ったんだい?」

 「それは、色とか名前とか臭いとか」

 「だろうね、最初はみんなあんたと同じ反応するもんさ」

 横で石神が俺もだと言っている。

 「でも、目に見えるものが全てだってわけじゃないでしょ」

 「???」

 「例えば、このブランドバッグ、どっちが高いと思う?」

 バニ子はカウンターの下から、全く同じバックを二つ取り出した。

 「一つは正真正銘本物。まぁ、中古でも30万くらいはする。もう一つは、パチモン。何千円くらいで買える安物。あんたどっちが高いかわかるか?」

 「どっちって・・・」

 どちらもこれといって特に違いがあるわけではない。

 「はい、時間切れ。正解はこっち」

 バニ子は右側にある方のバックを手にとった。

 「こっちって・・・、どこが違うんですか」

 「一個はどっかの国で安月給で働く人が作った。もう一個はこの国で前者の何倍も高い給料で働く人が作ったやつだろ」

 「さすが蒼ちゃん、正解。作り方も素材も全く一緒」

 「そんなん、見ただけじゃわかんないです」

 「プロにはわかるでしょ。プロには」

 「いや、俺はプロじゃないですし」

 「そんなん知ってるわよ。じゃあ、このバックを作った人が一生懸命働いているとか、どんな思いで働いているとか、何人もいる子どもを食べさせるため必死になってるとかさ。そういったことはわかる?」

 「・・・、わかんないです」

 彼女の質問の意図が全く理解できない。

 そんなの誰にもわかるわけがない、そんなものを知ってどうなるというのか。

 「それが普通なの。そういった見えない部分なんて買う方は全く意識しないの。なんかかわいそうだと思わない?」

 「確かに・・・」

 そういえばギタコだって同じようなものだ。

 目に見えないから存在しない。誰も知らないから存在しないって、勝手に決めつけられている。

 誰にも見られない彼女は、今どこにいるのだろうか。何をしているのだろうか。どこで悲しんでいるのだろうか。

 「まじめな話はこの辺にしよーや。バニちゃん、俺チョコパフェお願いねー」

 「えー、あれ面倒くさいんだけど」

 「頼む、今日一匹つれてきたからさ、ね?」

 「ったく、しょうがないわね、アッキーは何か他にいる?」

 「アッキーって・・・俺ですよね?じゃあ俺もチョコパフェで」

 「裏メニューは次回からでお願いしまーす」

 「・・・じゃあ、カブトムシのゼリーで」


―3―


 ネオン街から離れ、静寂に包まれた公園。

 明彦と石神はベンチに腰をかけている。

 「てか、あれ反則だろ?あのカブトムシのゼリー」

 「反則?なんで」

 「良い意味で期待を裏切ってくれたよ」

 明彦が頼んだカブトムシのゼリー、カブトムシの餌の方が出てくると踏んでいたが、カブトムシの形をしたゼリーが出てきた。そして、何故か少し動いていた。

 「味は申し分なかった、ただ、感触が・・・」

 「腹に入っちまえば一緒だろ。男ならそれくらいでうじうじ言うなよ」

 こいつに、男を語られるとは・・・、だが、男であろうが女であろうがあれはない。

 「食べなかったらバニ子さんに何言われるかわかんねーし、あんなん言われたら食べないわけにもいかないだろ」

 バニ子が言っていた言葉、目に見えないもの何は全く意識されない・・・、よく考えればバニ子の作った料理にだって言えることだ。

 確かに見た目が悪いかも知れない、ネーミングのセンスも皆無かもしれない、それでも彼女はきっと一生懸命にあの料理を作ってくれたに違いない。

 そう考えると、食べないわけにはいかないだろう。

 「そーゆとこは、ちゃんと気つかえんだな。ただの馬鹿でもなさそーで」

 「まぁな」

 それくらい、どこの誰にだってわかる。わからない方がどうかしている。

 そんな当たり前の事を褒められたって別に何とも思わない。

 むしろ、そんな当たり前なことを言われるまで気付けなかった自分がどうかしている。

 褒められるなって、オーバーだ。

 近くに落ちている空き缶をゴミかごの中めがけてほうり投げたが、格好つかず、金属がぶつかる音だけがむなしく響き渡る。

 「あらら、美化委員の俺が許しませんよー」

 明彦のはずした空き缶を石神が拾い上げる。

 「そういえば一つ気になったんだけどよい?」

 「なんだよ」

 「なんでそんなにギタコって子に執着するわけ?」

 「・・・」

 そういえばなんでなんだろう、そんなこと考えてもいなかった。

 「だってまだ昨日、一時間そこらしか話してないわけだろ。そんなにお互いを知ってるわけじゃないし。ちょっと異常じゃないの?」

 「そうだな・・・」

 自分の頭に問いかけても何の答えもでない。

 自分の体に問いかけても何の答えもでない。

 それじゃ、何のために俺はギタコをあんなにも必死に探しているのだろうか。

 そんなことすらわからないのに・・・

 でも、

 「全然わかんない。ちょっと気が合っただけでとか、一番最初に会ったからとかそういった事とはちょっと違う」

 「じゃあ、何がアッキーを動かしちゃてるわけ?」

 「それは・・・、こ」

 「心とか臭いこと言わないでくれよ、さすがの俺でもマジドン引きだからな」

 「っつ」

 何だってこいつは・・・

 そんな恥ずかしい物以外に何があるってんだ。

 神か、それとも現人神か、宇宙人か・・・、それともギタコか・・・

 どれもそれっぽいようで違う。

 「ほらほら、何ですか、何だっていうんですかー?まさか、・・・マジか?」

 「違う!・・・、そんなかわいいもんじゃない。た、魂だよ」

 「???」

 そりゃ、困惑もするだろ。ただ、ここまで言ったら引き返せない。

 「男の魂に決まってんだろ・・・、たぶん」

 しばしの沈黙が流れる。

 まだ、四月だというのに心なしか鈴虫の声が聞こえたような気がする。

 「・・・、ところでさ」

 なかった事にされている・・・。これでいいのか、これでいいのか・・・。

 しかし、明彦にはこれ以上その話をむしかえす勇気などなかった。

 「てか、ギタコ探すのやめれば」

 「どーしたんだよ急に」

 石神の言葉に明彦はショックを隠せなかった。

 「いや、いくらお前の言ってることが正しくても、存在しないやつをいつまでも追うってのはどうかと思うぜ」

 昼休みとはうってかわって何か消極的な石神に、明彦は違和感を感じずにはいられなかった。

 「なんだよ、いきなり。蒼だっているとか言ってくれてたじゃねーか」

 「そうなんだけどさ、最初はからかってやるつもりだったけど、なにせお前が良いやつってのが段々わかってきたからな」

 「じゃあ余計に・・・」

 「だからだよ。お前がキチガイとか思われんのがやだっつーかなんつーか」

 「・・・」

 決して悪意がないのはわかる。

 それに、少なくとも好意で言ってくれているのもわかる。

 それでも、なんかもどかしさを感じてしまう。

 「今日一日でいろんな事がわかって、いろんな事があって、自分の気持ちとか、考えとか二転三転して、自分が思ってるほど自分てーのは芯がしっかりしてないってよくわかった。もっとぶれてない、人間かと思ってた」

 「そーでもないぜ」

 「でも、結局はまだそーゆうのにあこがれてるだけなんだってわかった」

 「あこがれるのは悪いことじゃねーと思うけど」

 「だから、もうそーゆうのはやめにする。いつまでもあこがれてちゃいけないんだろな」

 「・・・」

 「今この瞬間から、芯の通った人間になる」

 「馬鹿じゃん、やっぱり」

 そんなのはわかってる。でもそれでいい。

 中途半端なやつでいるよりも

 「だから、ぐたぐた言ってないでもう帰って寝る。それで、明日ギタコを見つける。幽霊かもしんないし、夢の中の人間かもしんない、カツラをかぶってるかもしれない。明日がダメなら、その次の日。その次の日もダメならその次の日」

 「その次の日もダメなら?」

 「また、その次の日。お前が良いやつだと思ったのはこういう俺じゃないのか?」

 「さぁーな、どうだろ。ここまで馬鹿だとは思わなかったけど」

 「歓迎だよ」

 明彦はベンチから立ち上がると、「じゃあな」と挨拶をし立ち去ろうとする。

 「ちょっと待て」

 「ん?」

 「明日手伝ってやりたいのは山々だが、どうにも女ちゃんにもてもまくる俺にはそんな暇がない」

 「いや、別にお前の助けなんて・・・」

 「一つアドバイス、裏葉に近づくのはやめとけよ。いくら今日のが誤解だったになんにしろ、相当あいつきれてるからな」

 「言われなくともそーするよ、じゃあな」

 明彦は満足そうに帰っていた。自分のことを気にかけてくれる石神の言葉を聞けて。

 「ったく、あいつは本当の意味わかってんのか?」



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