第5章 執行猶予1日
第5章 執行猶予1日
―1―
都立第7学園、空中庭園。
「へぇー、こんなとこもあるんだな」
「ここは裏葉のお気に入りの場所でぇ、彼女以外だと私しか入ったことないんだからぁ」
都立第7学園の最上部に当たるこの空中庭園からは、一番高いと思っていた屋上でさえ、見下ろせるほどの高さに位置している。
何故こんなものをつくったのかはよくわからないが、どうせどこかのお偉いさんが気まぐれにつくったものに違いない。
それでも、今はその気まぐれに感謝しなくては。こんなに素晴らしい景色を見せていただいているのだから。
「それで、さっきはどーした?」
「あっ・・・、それは言わないとダメェ?」
気のせいか、先ほどと全く変わらない顔をしているのに、全く別人と話しているような気分ですこしおかしな感じがする。
「まぁ、言いたくないならそこまで無理にとはいわないけど。」
「そっかありがとぉー。でもちょっとだけぇ教えてあ・げ・る。実はぁ、あなたがぁ、強いかどうかぁ、確かめただけぇ」
「は?」
「強いぃ、男の子ってぇ、かっこいいじゃん」
正直、自分の人生で今日ほど女に痛めつけられたり、そして、こんなに照れたりするのは初めてだ。調子が狂う。
「あっ、あのさぁ・・・」
「なぁにぃ?」
「しゃべり方・・・さっきの方にしてくんない?」
「なんでぇ?」
「いや、その・・・変だから・・・」
突然、彼女の目つきが代わり先ほど自分を痛めつけていた彼女に戻った。
あぁ、この感じ、この感じなら上手くはなせる。
あまり、女々しい人が得意ではない明彦にとって、彼女のしゃべり方だと緊張してしまい上手くはなせなかった。
「あのさぁ、人が可愛らしくしゃべってんのに変ってなんなわけ?」
「えっ?」
「やっぱり、予想通りの残念なやつだよ。」
「残念なやつって言うな」
何かイライラする、これだったらさっきの方がまだ良かった。
それでも、楽しい。こうやって人に馬鹿にされるのも、冗談を言い合えるのももっと時間のかかることだと思っていた。
その後、空中庭園にあったベンチの上で、色々話をした。
「じゃあ、さっき変な風にしゃべったのは、そういうキャラになろうとしてるわけか」
「変って言うな。まぁ、でもそんな感じだね。このまま、大人になったらどう考えても結婚できないし、それ以前にこの高校生活で何の青春も味わえないまま卒業、なんて悲しいじゃ」
「へー、女の子見たいのとこあんじゃん」
「余計なお世話だ」
明彦が茶化すと春亜はちょっと照れくさそうに明彦をこずいた。
「それよか、裏葉の方が問題じゃねーか?「ですわ」とか言っちゃってるし」
「あぁー、あんた知らないんだ?」
春亜は得意げな顔をしてみせた。
「裏葉、みーん名の前ではそんなこといってる堅物だけど、あたしの前では可愛い女の子なんだから。だけど、みんなそんなこと知らないから萎縮しちゃうんだよね。」
「萎縮?」
「そっ、萎縮。なんかお嬢様ってオーラ出てるでしょ?それだけならまだいいんだけど、裏葉はこの学園の理事長でもあるの。」
「は?だってあいつまだ高校生だろ?」
理事長と言えば校長と肩を並べるくらい地位のたかいポジション。実質、学校の教師達でさえ、頭が上がらない。
例え、自分の親が管理する学校とはいえ、高校生のうちから理事長とはどうかしている。
「うん、普通ならあり得ないよね・・・。でも、この学園は裏葉のお父さんが裏葉のために建てた学校なんだよ」
「そう・・・なのか」
どこか普通の高校生よりしっかりとして見えていたのはそのせいだったのか。
気丈に振る舞っていた彼女の姿が少し悲しく見えてしまった。
「裏葉のお父さんは、この学校を裏はのためにつくったの。まだ裏葉が小学校の時何だけどね。だから、ちっちゃいときから『裏葉はこの高校にいくんだぞ』ってずーっと言われてたみたいで、彼女自身ももちろん、そのつもりで。でも、裏葉が中学2年生の時に、突然・・・、殺されたの・・・。」
「犯人は?」
「警察は白銀財閥のトップの死だもん、そりゃー総動員で捜査に臨んだけど、全く見つからなくてね。で、結局、捜査は打ち切られた。その後に待っていたのは、彼女を慰めてくれる優しい人でもなく、抱きしめてくれる人でもなく、白銀財閥トップの椅子の取り合い。」
「ひどいな、そりゃ」
「ひどいってもんじゃないよ。あたしは裏葉と幼稚園からの付き合いだえけど、あのときのあの子の顔、見てらんなかった。もう、完全に人なんて信用してなかった。もちろんあたしも含めてね。何ヶ月も・・・」
「でも、お前のまえでは可愛く振る舞ってんじゃねーのか?」
「うん。もちろん、すぐにあたしのことだって信用してくれたわけじゃないよ、でもなんか突然、人が変わったみたいに元気になっちゃってさ」
「突然って、何があったんだよ」
人の死を目の当たりにしたものが突然元気になるなどあり得ない。
「うん、私にも教えてくれないんだけど。それでも、なんでもいいんだ。裏葉が元気になってくれたんだから。」
「そうだな・・・」
「それから、泥沼の椅子とり合戦は思わぬ形で決着がついてね、お父さんが前もって『自分の後任は白銀裏葉に任せる』って契約書が見つかったの。」
「???」
契約書?普通そんなものがあったら殺害された次の日にでも見つかるだろう。
それが何ヶ月もしてから見つかるなんて・・・
「どこに、それがあったと思う・・・、彼女がいつも大事にしていた懐中電灯の中にあったの。たまたま、電池が切れちゃって、交換しようとした時に見つかってね」
そういえば、自分が彼女に初めて会ったとき、懐中電灯の光を向けられて目をさましたのを思い出した。
それにしても懐中電灯の中にあるとは、どうりで見つからなかったわけだ。
「だから、いつも大事に持ってるだよ、懐中電灯」
「じゃあ、なんであいつこんなとこにいんだよ、義務教育なんて中学卒業で終了だろ」
「だから、あんた馬鹿なんだよ」
よくわからない。自分の親父が後任に推してくれたのであれば、その席に座ってあげるのが親孝行ではないのか。
「この学校があったからだよ・・・。ちっちゃい頃に、自分のために建ててくれたこの学校に通わないなんて、それこそ、親不孝だって感じたんじゃないかな」
「そっか・・・」
「だから、彼女は高校卒業するまでの間、トップをやらせてあげる代わりにこの学園の理事長をやらせろっていったらしいよ。もちろん、それくらいの条件ならみんなのんだみたいで、その上で選ばれたのが今のトップってこと」
「なんか。複雑だな・・・」
言葉にできない色々なものを無理矢理にまとめ口から出した。
だが、複雑とかそういった問題じゃない。
自分と年もかわらない子が、こんなにも大きなものを抱えて生きているなんて・・・
何の事情も知らないで、少しでも彼女をうらやましいと思ってしまった事を激しく後悔した。
「大抵の人はね裏葉のことを容姿端麗なご令嬢、生まれたときから将来は約束されてるって思ってる。でもさぁ、全然そんなことない。あの子は、私達となんら変わりない、普通の女の子なんだよ。クッキーのことになれば子どもみたいにギャーギャーわめくし、普通に冗談だっていえる。それなのに、みんなどこか特別な人とか思って、あんま裏葉に近づこうとしないんだ。」
朝のあの空気はそういうことだったのか。裏葉が原因で周りが変わったのではなく、周りの勝手な自己認識で『裏葉は偉い人だから逆らってはいけない』って勝手に思いこんでいたんだ。
「じゃぁ、俺もその一人かな・・・。」
明彦は今朝の自己紹介を思い出した。別に緊張していて何にも言えなかったわけじゃない。裏葉は確かに俺のけつを叩いてくれた。でも、自分はそうは思ってはいなかった。白銀の人間にけつを叩かれたと勝手に思いこんでいたんだ。裏葉という一人の人間ではなく、その背後にみえる白銀というブランドしか見ていなかったんだ。
「最悪だよな・・・、俺・・・」
「それは違う」
落ち込む明彦の背中をポンと叩いた。
「裏葉、あんたのことアリだっていたんだよ」
「アリ?」
「男としてどうかってこと」
「えっ・・・、それって俺のことを・・・」
「ばーか」
ちょっと顔を赤らめた明彦を小馬鹿にするように春亜は笑った。
「はぁ?なんだよ」
「冗談に決まってんでしょ、冗談」
自意識過剰になってしまった明彦の顔は更に赤くなった。
「でも、確かに裏葉はアリっていったんだよ。それがどーいう意味か、お前にはわかんないだろーけどな」
「なんだよそれ」
アリって言ったのに、冗談、でもアリだと言った。
女の言うことはよくわからない、でも、今日は少し裏葉のことがわかった気がする。彼女の背負う物、覚悟、そういったものを全て理解する何てとてもじゃないけど自分ではできない。それでも、少しでも支えてやりたい。
「あっ、そーだ、一つ質問してもいい?」
春亜は思いだしたかのように言った。
「なんで、あんた、あたしの事なぐんなかったの?普通あんだけぼこられれば一発くらい仕返ししたくなるでしょ?」
「そんなん決まってるだろ・・・」
明彦は得意げな顔をしてた。
そんなことに一々理由なんていらない。ただ、言葉で言うならば、
「漢だからだよ」
―2―
生徒会室
「もう、大丈夫か?」
石神は紅茶をティーカップに注ぐと裏葉に差し出した。
「うん、ごめん・・・」
泣きやみ、落ち着きを取り戻した裏葉は、ゆっくりと石神の入れた紅茶を飲み始めた。
自分の入れた紅茶を飲んでくれる裏葉をうれしそうに石神はみていたが、口に入れた瞬間、眉間にしわがよる。
「苦っ、こういうときに、こういうのは洒落になんないの」
「うっ、こういう時のこの味は、お子様にはわかんねーよ」
さきほどまで涙を浮かべていた裏葉の顔に、そっと笑顔が戻った。
それを満足そうな顔をして見ていた石神だったが、その顔をおきにめさなかった裏葉に一発殴られ、今度は石神が涙を浮かべた。
「マジで、洒落になんねーから、こういうの」
「こういう時のこの一発は、お子様にわからないのかしら」
「こんにゃろめ」
自分で墓穴を掘ってしまった石神は悟った、自分が苦い紅茶を入れた瞬間から、この流れを裏葉は想定していたのだと。ただ、殴りたいがために・・・
白銀裏葉恐るべし、そんな下らないことを石神が考えている中、裏葉は神妙な面持ちでいた。
それはもちろん明彦の事であり、石神もそれをわかっていた。
さっきまでのような冗談で済むような問題ではない。
自分は明彦とそんなに長い時間を過ごしたわけではない。だが、あいつは信用できる人間だ。馬鹿だか芯はしっかりしている。
あいつの事を信じたいが、それで裏葉が納得するわけがない。
裏葉を納得させつつ、自分も納得する方法・・・、 石神は数秒の沈黙の間で必死に考えた。そして・・・
「裏葉、お前はあいつが黒だっておもってんだろ?」
「・・・、えぇ・・・。」
「なら、期限は明日。明日中にあいつが白だってわかったら、手は出すな」
「・・・、わかんなかったら?」
「そりゃ、もちろん・・・」
裏葉が苦いと言って全く手をつけなくなった紅茶を一気飲みした。
飲み干すと、口の周りを手でぬぐい、口を開く。
「あいつをブラフの一員とみなし排除する。ギタコを護るために」
裏葉小さくうなづいた。