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プロローグ

 プロローグ 

 西暦二一〇八年、日本鎖国。およそ何百年ぶりとなるこの鎖国に国民は特に驚くわけでもなく、反対の声も挙がらなかった。

 嘘のような平和の時代、二十一世紀の面影はない。

 そこにあるのは歴史の教科書で見た『モノクロ』の世界が広がる二十世紀前半を思わせるかのような、どこか満たされることのない『カラー』な世界が広がっていた。

 これは日本にだけ言える事ではなく、どこの国でも見ることができる異様な光景。

 いや・・・。

 ごく当たり前な光景になっていた。

 二十二世紀に入り世界の情勢は大きく変化していったのだ。

 一昨日までは手と手を取り合い、お互いに方を組み合うっていたのにもかかわらず、昨日になると満面な笑みを浮かべ片方の手では握手を交わしているものの、もう一方の手は背中に隠し、ナイフを握り、お互いの出方をうかがっている。

 そして、今日ではもう互いに距離をとり、相手に銃を向け、殺そうかと言わんばかりの形相でにらみあっている。


核兵器保有国への脅威。これが原因の種だ。


 以前の世界には国際連合で決められた『核拡散防止条約』なるものが有り、核兵器の保有ができる国が定められていた。これにより、事実的に核が当たり前のように作られるという地獄絵図は回避することができた。

 しかし、その一方で多くの国からは怒りの声が挙がる。

 核保有を国際的に許されていない国々だ。

 何故、自分たちの国はこのようなルールという縄に縛られ、歩かされなければいけないのか。何故、自分たちは核兵器の飼い主になることができないのか。

 その一方で、核保有が認められて国は、正にこの瞬間、核保有国が核兵器を開発しているかと思うと、不安というよりも不満を募らせていた。

 そして、秘密裏に核兵器を開発する国が世界各国に現れ始めた。

 もちろん、そんなことをして気づかれないわけもなく、開発がばれた国は国際連合による経済的制裁のみならず、軍事的制裁をも受けることとなった。

 日々、その繰り返し。

 それが何年続いたのだろうか。

 非核保有国の我慢は限界に達し、限界という壁が粉々になるかのような大きな爆発を起こした。

 

 国際連合の脱退。

 そして、二一〇五年、世界共和連党の発足。通称、「世連」。


 国際連合に所属するおよそ七割の国により、新しい世界組織が誕生した。 

 国際連合という壁の内側でしか、自国の自由がない。

 ならば、そんな壁を突き破ってしまおうではないか。

 そう思う国は意外と少なくはなかった。

 世連の組織自体はたいして国際連合と変わるものではない。 

 ただ、大きく違うのは『核兵器保有の自由』があるということだ。

 最大の目的であり、唯一の理由である。

 世連発足後、加盟国は次々と核兵器の開発に乗り出した。

 遂に手に入れたのだ。 

 核兵器保有国に恐れをなし、従う自由ではなく、自分達で創り出していける自由を。

 自分たちにも戦力がある。

 自分たちにもあの大国と渡り合えるほどの力がある。

 核兵器を保有し始めた国々はどの国も自信に満ちあふれていた。

 核兵器を持つことでお互い、対等な力を得る。

 これこそ本当にあるべき世界だ。

 世連の多くの国はそう感じただろう。


 だが、もちろんこのような事を見過ごし続ける国際連合ではない。

 支え続けてきた『国』という基盤の七割が失われたはしたが、特に傾きはしない。

 連合に残ったのは元々核保有を認められている、アメリカ、中国、ロシア、イギリス、フランスの大国であるため、世界地図を二大勢力に色分けしたとしても、まだ、国際連合の色の方が目立っている。

 だからといって、危機感を感じない訳ではない。

 自分たちだけが当然のように核保有を許されていた。当然回りの多くは保有することは許されない。それ故に、自分たちは特別な存在であり、唯一、支配者に成りうる権利を持っていたと、思っていただろう。

 だが、今は違う。

 世連の多数加盟国は次々と核開発に乗り出している。

 多くの国が支配者と成りうる権利を得ているのだ。

 何百持っていようが、何千持っていようが、一発保有しているだけでも、その権利を有する事ができるのだ。

 今までは、秘密裏に核開発を行っているとしても、国際連合という同じ部屋にいるクラスメートだ。当然のように注意し、それをやめさせることができた。

 しかし、彼らはもうクラスメートと呼べるほど手が届く距離にいるわけでもなく、世界共和連党という鉄格子で区切られた所にいる。

 それは、手を出すことができない存在に成っている。 

 それは、見えない存在に成っている。

 彼らが核兵器を使って何をしでかすかわからない。

 彼らが支配者たる権利をいつ主張し出すかわからない。

 そういった感情が、彼らの中に生まれ始めた。

 その時、ようやく彼らは知ることになる。


 支配者の権利を持つものの恐怖を。


 その一方で世界共和連党発足後、加盟国の国々は着々と核兵器開発を進めていた。

 当初は核兵器を保有するためだけに創られだけの組織だったが、意外な所にも恩恵を与えていた。


 加盟国間での親密な関係の構築だ。


 いくら核が保有できるといっても、多くの国はその知識や技術という物を保有してはいなかった。

 そこで、加盟国間で相互に協力し合い、技術を提供し合っていったことで多くの国が核兵器開発を通じて国際的に交流する機会が増えていったのだ。

 以前は当たり前のように行われていたオリンピックの復活を起に、各種スポーツの祭典なども各国で行われるようになった。

 また、核兵器技術だけではなく、医学や農業、IT技術なども相互発展をしていき、いつの間にか発足当初の趣旨さえも忘れつつあった。

 本当にあるべき世界。

 人々が手に手を取り合い、お互いを尊重し、助け合う。そこには軍事力による優劣などない。正にそんな理想郷が誕生しつつあった。

 しかし、そんな理想郷が頭を出し始めた途端に悪夢の大事故が起きた。


 二一〇九年、地図上から国が一つ消えた。


 核兵器の製造過程での失敗によるものだった。

 その時、彼らはようやく気づいたのだ。

 核兵器は自由や平等による平和をもたらしてくれるようなお守りではない。

 

 国一つ消し飛ばせるほどの殺人兵器なのだということに。


 その事故が発生してからは多くの国が核兵器の開発を自粛した

 もちろん、国を挙げて核兵器を作り続けるところもあった。自分たちの核保有数は国際連合加盟国のそれに到底及ばないと。

 平和とは武力の均衡を持ってしか成り立たないと彼らは信じて疑わなかった。

 そんな彼らを尻目に多くの国は思い始める。

 以前の暮らしに戻りたいと。

 だが、戻ることはできない。

 相手は核兵器を持っているのだから。

 その武力をいつ行使し、自国を侵略してくるかわからない。

 それからというもの、国と国との交流はできる限り相手を刺激しないようにという、互いに気を遣い合う上辺だけの付き合いと成っていった。


『見えない核戦争』の始まりである。


 しかし、意外にもこの戦争はそう長くは続かなかった。

 ある国が、全世界へと核兵器のない社会、核兵器のない平和を訴え始めたのだ。

 唯一の被爆国である日本だ。

 日本は世界が激しい戦乱になる可能性があったが、決して武力を持たなかった。

 安全生の問題上、中立国となる必要があったため国際連合を脱退、その後、鎖国を行った。

 だが、世界の情勢を知り、このままでは悲劇が繰り返されてしまう。

 そんなのは絶対にだめだ、多くの国民が立ち上がった。

 そんな日本の訴えにより、多くの国は核を凍結し、日本と共に全世界へと本当の平和を訴えかけて言った。

 そして二一一〇年、世界共和連党は解散し、多くの国は再び国際連合に加盟した。

 世界平和が訪れたのである。


 この世界からすべての核兵器が消えたわけではない。

 まだ、不満が残っている国もある。

 そのような国が無くなるまで、日本が率先して世界平和を訴えていかなければならない。


『新日本と世界』 三十八頁参照


 「ここテストにでるから」

 長々と物語っていた教師が説明を終えると生徒達は一斉にペンを動かし始めた。

 別に彼らは教師の話を熱心に聞いていたとういうわけではない。もちろん、最初から最後までこの退屈なトークショーを存分に楽しめた者もいるだろうが、そんなのは糞真面目な優等生か、どこぞのえせ宗教の信者だけだろう。

 ごく普通の真っ当な人世を歩んでいる生徒は、「テストにでる」というワードに無意識のうちに反応したに過ぎない。

 それを裏付けるかのように教室全体でところどころに異様な光景が見られる。半開きでどこを向いているかわからない目をしていたり、訳のわからない呪文を唱えるかのように口がもごもご動いていたりと、皆、心ここにあらずという状態だ。

 そんな彼らは脳でわざわざ命令を出して手を動かすなどしていない。「テストにでる」という言葉に反射的に手が動き出したのだ。

 この便利能力は選ばれた人間だけが手にすることができるとかそういった特別なものではない。

 テストの点数が悪く、親に小遣いを減らされたり、夜通しで大説教を受けたりとそういった

 幾多の修羅場に遭遇し、その過酷な罰に体が否応なしに体得せざるをえなかった危機管理能力と言えよう。

 しかし、残念なことにそんな便利能力を習得できず、教師の言葉にも反応することができない生徒達もいる。

 イヤホンで音楽を聴いている生徒、教科書を盾に漫画を読む生徒、よほど眠いのかよだれを垂らして爆睡する生徒など。

 今のご時世、すべて数値化されその数値でしか判断されないという少し寂しい世界になっている。その世界で言うならば、間違いなく彼らは負け犬路線を進行中である。彼らの内面にどんな秘めたる力が隠されているかは知らない、ただ、そんな秘めたる力をわざわざ見つけ出してくれるほど、この世の中は甘くはない。

 今、この瞬間が楽しければいい、今、この瞬間やりたいことをやればいい。

 そんなの故人の考え方だ、負け犬の考え方だと偉そうにワイングラスを傾けて威張る専門家もいる。

 だが、そんなことはない。

 人間の命なんてものはいつ無くなるかわからない。

 もしかしたら、今この学校で大爆発が起きるかもしれない、今日下校途中に車にはねられてぽっくりいくかもしれない。

 そんないつ死ぬかもわからない次の瞬間のために、遠い未来のために今という時間をこんなつまらない話を聞いて時間をもてあますなんて馬鹿げている。

 だから、今この瞬間を精一杯生きればいい。

 少なくとも今、夢と言うなの大海原で絶賛大航海中の彼女はそう思っているだろう。

 

 ピンクの長い髪、カメレオンを思わせるかのようなパーカー、そしてギター、どこからどうみても奇抜だ。

 彼女のような存在をよく学校が認可しているものだ。

 もしかしたらどこぞのご令嬢だろうか、はたまた、IQのずば抜けた天才なのだろうか、そのような特段の事情があれば納得いかないわけでもない。

 しかし、彼女は今、どうにもならない最大の危機に瀕している。

 教室の最前列、敵方母艦の最前線。

 絶滅されたとされている『昭和のオヤジ』がものすごい形相で仁王立ちをしている。

 間違いなく彼女の航海はあと数秒の短いものとなるだろう。

 彼女にどんな特異性があるかはわからないが、一教師として大砲は撃てずとも、一人の人間として嫌みで石ころくらいは投げてやりたいと感じるのは当然だ。

 そんな彼を尻目に彼女はまだその危機を感じてはいない。

 それが余計に腹立たしかったのか、ついに大型母船から大砲が放たれた。

 「こらぁぁぁ、石神!いい加減に起きろぉぉぉぉ!」

 小舟が一艘沈没し、大海原から一人帰還した。

 その怒号は教室中に響き渡り、先ほどまで寝ぼけ半分でいた生徒達の目は気持ち悪いほど開かれていた。

 しかし、彼女が帰還する様子はなく、彼女の罪をかばうかのように教室の最後列にいた金髪の男の子が代わりに帰還してきた。

 意識がままならないまま、

 「ふぁぁぁぁぁ、・・・・、すいませーん。」

とだけ言うとまた眠りにつこうかとしていた。

 「何また寝ようとしてんだぁ石神、さっさと立てぇぇぇ!」

 別に彼女をかばったわけでもない。先生はこの少年に対して怒りをあらわにしていた。

 彼よりも先に注意すべき相手がいようが、お構いなしに集中砲火をしているのを見ると、よほどこの少年が嫌われているとしか思えない。

 「だいたいなぁ、お前はいつもそうだ。先生の言うことを聞かないで。そんな態度をとりつづけていると、将来・・・・・・・・」

 時計の針は何周したのだろうか、怒号が鳴り止むことはない。

 周りの生徒達はそんな律儀に回り続ける時計をチラチラ見ては、「いい加減にしろよ」だとか「新記録更新じゃん」と口々に言っている。

 しかし、そんなことは全くお構いなしに彼の口は時給何万円かのように良く働いている。

 給料が増える訳でもない安定した職業でよくやるもんだと関心さえするが、働きすぎるというのも困ったものだ。「誰か彼を止めてくれ」、そんな思いに答えるように、一人の女の子が立ち上がる。

 「わかんないかなぁ、うるさいっていってるんだよ!」

 ピンクの髪の毛を逆立てながら怒りの声を上げた。

 「先ほどまで寝ていたお前が何を言うか」、誰もそんなことは言わない。

 むしろ、「ありがとう」、「よく言ってくれた」と賛辞を浴びてもおかしくはない。

 今の発言で彼女の通信簿が見た瞬間、破り捨てたくなるくらいの破滅的なものに成ることが確定したのだから。  

 教師に楯突くとはそれほどのことだ。

 しかし、誰も彼女を讃えようとはしない。それどころか、教師からの怒りの声すらない。

 先ほどの金髪の彼を見ただろうか。彼女と変わらず、ただ居眠りをしただけで延々と説教をくらっている。

 いったいどういうことなのだろうか。

 彼女の言葉など全く聞こえないかのように教師の怒鳴り声は響き渡り。周り生徒を見ても彼女の声など無かったかのような雰囲気を醸し出している。

 そんな様子を見かねてか、

 「ばぁーーーーーか!」

と叫ぶと、バックから紙パックの飲み物を取り出し、教室のドアを思いっ切り締め、出て行った。

 

 彼女は廊下に出ると、左右をキョロキョロと見渡し、より近い方にあった階段まで行きぶつくさと文句を言いながら登り始める。

 さっきのことによほど腹が立ったのだろうか、手に持っている紙パックはかわいそうな事になっており、ストローの差し口からは赤い液体が漏れ始めていた。まるで、サスペンスでよく見る発見者を死体へと誘う血痕ように、液体は垂れており、ここで寝ていようものなら有無を言わさず救急車が飛んできてしまうだろう。

 そんなサスペンスの現場を知らず知らずのうちに再現しつつ、彼女は最上階にある屋上の扉の前に到達していた。

 耳を澄まさなくとも聞こえてしまうあの昭和のオヤジの声はここまで響いており、どれぐらいの生徒に迷惑をかけているのだろうかとあきれつつ彼女は扉を開き屋外へと踏み出した。

 そこには広大な青いキャンパスが広がっていた。いつもなら、ソフトクリームの雲やクリームパンの形をした雲が見あるため、少し寂しい気もするが、吸い込まれそうになるその景色を見ていると、おいしそうな雲がここに存在していたことすら不自然に思えてしまう。

 そんなTHE晴天といわんばかりの空を完全無視して、彼女は飲み物のパックをにらみつけ悩んでいる。

 大抵の人間はこのあと『逆ギレ』という、自分の責任だと感じつつもそれを納得できない感情が強いために怒りを当たり散らす、言わば迷惑行為を実行するだろう。

 しかし、意外にも彼女は飲み物の量が減っていることなど全く気にしていない様子だ。

 よく見るとカロリーだの成分などの表示を注視している。彼女も女の子だ、そろそろ自分の体のお肉の付き具合や、地球の重力の強さにも敏感になってもおかしくはない。

 3分ほどその女としての葛藤が続いた。

 すると、突然、彼女は飲み物のパックを持っている方の手を鶏の羽のように開くと、

「びちゃーーーーーー。」

 パックの中身が滝のように流れ出て、コンクリートの地面に叩き付けられていく。

 ものの一瞬でコンクリートには、気味の悪い地溜まりのようなものができ、その血をすするかのように周りにいる蟻たちが群がり始めてきた。なんの事情も知らない人が来れば、蟻は血をもすするという間違った生物学を学んでしまうだろう。

 だが、そんなことは知ったことではないと言わんばかりの顔をする彼女は、中身が出尽くした紙パックをグチャグチャに握りつぶすと、

 「合成着色料不使用って・・・、髪がこないピンクになっとるやないかい」

と、ヤッホーの勢いで叫ぶと紙パックを校庭へと投げ捨てた。 



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