真面目なんだかどうなんだか
トイレに行こうとしたジャンヌを、ぱくりまく朗が追いかけてきた。
「あ……ジャンヌさん。」
まく朗が恥ずかしそうに何か言おうとしたので、私はトイレに行く足を止めて事情を聞く事にした。
「うん? どうかしたのか?」
「ええと、つれションしようかなと思って……」
乙女にでもなれそうな清純な顔からどんな言葉が出てくると思ったら、連れションなどという小中学生くらいしか使わない破廉恥な言葉が出てきたので、私は心の中で新婚さんをもてなす有名落語家ばりに椅子を転げ落ちた。勿論、心の中だけで表情は平静を保った。しかし、こんなに恥ずかしそうにしてるくせに、連れションなんて恥ずかしいワードを口にするあたり流石はまく朗だ。普通の人間じゃ無い事は間違いない。
断るのもかわいそうだので、私はしょうがなく、まく朗とトイレに向った。トイレは結局一つしかなかったので、まく朗に先を譲ると、彼女はあっという間にトイレから出てきた。本当は、ただ付いて来たかっただけなのかもしれない。私が用事を終えた後も、彼女は外で待っていた。
「キレはよかったですか? ジャンヌさん」
「ああ、わざわざ待っててくれたんだな。……もしかして、何か言いたい事でもあるのか?」
「はい。実は、ジャンヌさんにお礼が言いたくて」
「お礼?」
「はい! いつも私を気にかけてくれて、本当に、ありがとうございます! ジャンヌさんの優しい言葉お陰で、私何度も励まされたんです。あんなこと言ってくれる人って、ジャンヌさんくらいだから……」
確かに、まく朗のコメントには返事を全部書いてきた。優しい言葉を書いた事もあるし、時には厳しい事も書いたこともある。それを彼女は、ちゃんと見てくれていたようだ。そういった良心を垣間見る事が出来たは私にとっては嬉しい事だ。しかし、それなら何で、コメントはいつまでたってもあんな感じなのだろう?
「だから私、会ってみようと思ったんです。ジャンヌさんがどういう人なのか見てみたかったんです。ちょっと不安だったけど……でも、来て良かった。ジャンヌさんが私の期待通りの人だったし、オフ会も良い感じになってきましたから」
「私もだよ……まく朗。皆にこうして会えた事は実に有意義な事だと思う。後の時間も盛り上がるといいな」
「あの、ジャンヌさん? まく朗って何か変だし、私の本名言っちゃっても良いですか?」
「ダメだ。皆も黙ってるんだからまく朗で我慢しろ。後腐れするぞ」
そうですかと、まく朗は残念そうな顔をしたが納得したようだ。こういう場で素性を語るのは危険行為である。守るものは守らせるのが賢明だろう。こんなカワイイ子や、私みたいな美少女は、追っかけやストーキングされやすいと言うリスクが常に付きまとっているのだ。
「じゃあ、ここにずっといるのも邪魔になるし、戻ろうか?」
「はい……あの、一つだけいいですか?」
「ああ、いいよ」
「あの、これからも仲良くしてくださいね!」
私はそれに頷いて、すぐに廊下を歩きだした。
友達。そんなものは、この体に生まれ変わって今まで一人もいなかった事を思い出す。身勝手で残酷な子供たちに、私の心はついていけなかった。向こうも、私の異様さに敏感だった。このオフ会のメンバーはどうなのだろう? まく朗と言い、ジルと言い、私に近づく彼らは何なのだろう? 信じる事が出来る人間たちなのだろうか? 裏切らない人間なのだろうか?
いや、今はまだそんな事に焦って頭を悩ませる必要は無い。
今はこのオフ会を楽しめれば、それでいいのだ。