裸の女王様
名君とよばれた王様が亡くなり、トコハル国に若き女王様が誕生いたしました。即位なされたのは、近隣諸国にまで噂される、国民自慢の美しい王女様です。
王位を継がれた若くて美しい女王様は、女性の権利拡大や地位の向上、教育の普及に力を注がれます。さすがは名君の一人娘であり、とても聡明であられました。しかし、しょせんは小娘です。悪知恵のはたらく汚い大人、隣国のシモバシラ女王に甘い言葉をささやかれ、ついには国民集会で自身のファッションショーを催すまでに堕ちてしまわれました。
オシャレに目覚めた女王様は、国の財政状況から目をそらし、隣国のシモバシラ女王が勧めるままに、豪華な衣装を買い漁ります。若い女性たちの支持はありましたが、国民の多くは不安を抱いていました。隣国で戦争の準備が進んでいる、との噂が聞こえていたのです。
「国王様の忘れ形見とはいえ、なぜあのような小娘に仕えねばならんのだ」
国を守る兵士たちは、不満と怒りを感じていました。
兵士たちの不満は、一般の男たちにも広がります。
「まったく、女どもをつけあがらせるだけで、ろくなことをしない。あいつらは、いったい誰のおかげで生活できると思っているんだ」
酒を飲んでは口々に文句が出てきます。
男たちは誇りを見失い、働く意欲も失い、喧嘩が頻発し、犯罪は少しずつ増えていったようです。
国が乱れはじめたころ、ある噂が国中に流れました。
「天使の衣といわれる、世にも美しい衣装があるらしいわ。とても貴重な品物で、なぜかわからないけれど、センスのないアホには見えないそうよ」
もちろん、そんな品物などありはしません。隣国の女王が流した嘘の情報です。そうやって噂を流したあと、シモバシラ女王は手紙を送りつけたのです。
「そなたは天使の衣という品を知っておられるか? 確かな情報があってのう。資金さえあれば、それが手に入るかもしれんが、どうなされる?」
トコハルの女王様は、すぐに隣国へ大金を送られました。
シモバシラ女王は笑いが止まらなかったそうです。
「トコハル国の財産が、我が国へ転がりこんだ。我が国は豊かに、敵国は貧しくなる。しかも、今回は元手さえいらぬではないか」
シモバシラ女王はトコハル国に向けて進軍の準備を整えることにしました。
「軍資金は十分じゃ。いまこそ積年の恨み、晴らしてくれよう」
余裕に満ちたシモバシラ女王は、けたたましい高笑いをしたあと、腹心の部下に言い放ちました。軍の先駆けとして、トコハルの小娘に天使の衣を贈ってやるのだ、と。
数日後、隣国の使者として、詐欺師がトコハル国にやってきました。
トコハル国の女王様は、期待に胸を踊らせながら、隣国の使者をお迎えになられました。使者は美辞麗句をならべたてたあと、もったいぶりながら天使の衣を紹介します。
「美しき女王様、これが天使の衣でございます。まさに世界の至宝。こんなにも神々しく、輝かしい衣装が他にあるでしょうか? ああ、これぞ神の祝福です。まったく重さを感じません」
使者はとめどなく語りながら、衣装がそこにあるかのごとく振るまいました。
女王様とお付きの女中たちは、笑顔を貼り付けたまま、使者の様子を見守っています。
センスのないアホ。
そんな言葉が頭のなかで響きます。
女王様は使者の言葉にうなずきながら、天使の衣とシモバシラ女王を称賛しておいででした。お付きの女中たちも同様です。解雇されてはいけないと、みんな必死でした。冷静なものが一人でもいれば、「わたしには見えません」と告げるものが一人でもいたならば、歴史は大きく変わっていたかもしれません。
使者が国を去ったあと、予定通りに国民集会の開催が決まりました。新しい衣装のお披露目であることは、国民の誰もがわかっています。多くの国民は嫌々です。しかし、それでも国民集会は大切なもの。すべての国民が王宮前の広場に集まりました。
そして、国民の前に悠然とあらわれる女王様。
このときすでに、女王様には何かが見えていたのかもしれません。
「これぞ世界の至宝、天使の衣である」
女王様は高らかに宣言なされたあと、しっかりとポーズまでお決めになられました。
集まった国民は絶句です。
なぜ女王様は衣装をお召しでないのか? 天使の衣? もしかしてあれか? アホには見えないというあれなのか?
事態が飲み込めず、静まりかえった広場に、わずかな時間が流れました。
しかしそのとき、みなが我に返りつつあるなかで、突如、ひとりの若き兵士が大声で叫んだのです。
「女王陛下、万歳! 我らが女王様に栄光あれ。女王陛下、万歳! 女王陛下、万歳!」
その叫び声は広場に、もしかしたら国中に、ふかくふかく響きわたりました。
すると、なんということでしょう。広場のあちらこちらから、男たちの叫ぶ声が聞こえてくるではありませんか。
「女王陛下、万歳! 女王陛下、万歳! 我らが女王様に栄光あれ!」
数人だった叫び声が徐々に数をましてゆき、そうやそれやと言わんばかりに巨大な大波となって広場を覆いつくしてゆきます。
「どうして女王様は服を着ていないの?」
そんな子どもの素直な疑問や、女たちの舌打ちを飲み込んで、男たちは叫び続けていました。
この集会以後、トコハル国の治安は一気に回復します。数日後には、隣国のシモバシラ女王が戦争を仕掛けてきましたが、
「我らが美しき女王様のために!」
心をひとつにした男たちは強く、トコハル軍は勝利を手にしています。
「なぜ、シモバシラ様のような親切な御方が戦争など……」
女王様は心をお痛めになられましたが、国を統治することの難しさ、厳しさを学ばれました。国を統治することに、ふたたび情熱を傾けられたのです。天使の衣をすっかり気に入ってしまわれたため、豪華な衣装を買い漁ることもなくなり、国の財政も回復してゆきました。
トコハル国暦390年。
トコハルの若き女王様は、国を守った美しき君主として、その名を諸国に知られることとなったのです。