それ
二人の子供から引き離された美貴は、小さく今にも崩れそうな神社にこもって居た。
何故、何故に二人の子から引き離される言われが有るのか。
あの子の髪の毛が岩の中から出て来た事は事実と認定されたが、今の科学ではその謎を解く事は出来ないとされた。
神と思えば神であり、仏と思えば仏である、等と凡人には分からぬ事を云い。かつての廃仏毀釈の嵐を凌いだこの霊山の先達、信じる心が先にあるとでも。
その神域の中に有って異様なほどに崩れかけた神社、その本殿の中に有って座する美貴。狂気を孕んだ美貴の目にうつるのは、神が座する言われる磐石が本殿の背後の板が大きく腐れ落ちた孔から映しだされている事だ。いまその磐石の上に渦の様に透明な何かが居る事を、美貴はそれに無言で話しかけている。
透明な渦はゆっくりと動いたり、話しかける美貴の感情の高ぶりに合わせる様に激しく動いたりとそこに有った。やがて透明なそれは消え、やがて美貴は気を失ったが、その顔には満ち足りた笑みが有りそして徐々に姿を消して行った。
美貴は、狂気の中で三月の間神域の中をさまよっていた。食もせず、飲みもせず、寝もせずに。
誰の目にもうつらずにさまよっていた、生きている事を神が許した奇跡の様に。神よこの地の神よ、この星の神よ、我が願いを叶えたまえと祈りつつさまよいあるいた。
見えて見えざる神よこの地の神よ、この星神よ、何故に私は愛する夫と二人の子から切り離される。この世の守神様の思し召しがご意思なら、死んで諦め様ほども有るけれど。異なる世界の神による、訳も分からず知る由も無く、これ程のされ様に従うは死よりも辛く悲しく悔しくあるのです。見えて見えざるこの星の守神様よ、せめて私の魂を愛する者の傍へ。
有って無い何かのそれ、見えて見えない何かのそれ、知るに知れない何かのそれ、触れて触れぬ何かのそれ、聞こえて聞こえぬ何かのそれ、美貴の願いをかなえたそれ。