第7話
馬車に揺られ朝の澄んだ空気が辺りを支配するなか、両親への説明は呪毒による「私の死」と王城でのアスレンとの「同調」を意図的に伏せた。
しばらく馬車の中は静寂に包まれ、外をぼんやりと眺めていたら、私の黒く血濡れた手がフッと視界に入った、純白だったドレスも今は、この手と同じ黒く染まっていた。
まるで、エリスとエリシーラ、私自身のように…
どちらも私……でも、この髪はエリシーラの色、この瞳はアスレンの色、魂の白銀の輝きは……エリシーラの色…残された私の色は?
意識も以前の気弱さが無くなった、じゃぁ、両親が愛する私は……この傷ついた体だけ……なのか不安が募る。
それを知った両親は私を気味悪い目で見るのだろうか、それとも……もう、愛してはくれないのだろうか……思考の渦に呑み込まれ、答えの出ない問が澱のように積み重なり、思考を重く、鈍くさせていく……
そんな臆病な私を察して、両親は涙を流し、震える手で抱き締めてくれた。何だか申し訳なくて、胸が苦しくなり目頭が熱くなった…。
(ごめんなさい…お父様、お母様……)
怖かった。愛する両親が全てを受け入れてくれるのかを、拒まれた時、憎悪が暴走して私はこの手で何もかも壊してしまいそうで……。
(これだけ愛されているんだ、エリシーラ…真実を話してやれ、それが、愛に応えるという事だ)
罪悪感と不安に押し潰されそうになっていた私は、アスレンの「愛に応える」という言葉に勇気をもらった。
(うん…わかったわ、後できちんと話すわ。ありがとう、アスレン)
どう話そうか、覚悟が決まらないまま、無理矢理、不安に蓋をして思考の渦に溺れていった……。
「着いたぞ」
父の手を取り馬車を降り立ち、私をひと目見て、誰もが目を見開いて驚く。馬車の中で思っていたとおり、気味悪いものでも見るような視線を感じる…
ただ一人、違ったのが専属侍女のキルムだった。玄関から駆け出してきて、私の変わりようと全身血塗れに驚き、泣きながら、生きていたことを心から喜び出迎えてくれた。
「私の事を心配してくれてありがとう。その心が今の私にはとても嬉しいわ」
キルムの優しさに、不安が少し和らいだエリスは、儚げに微笑んだ…。
お嬢様を見た私は、目が飛び出るほど驚いた。髪は赤黒く血塗れた純白で、瞳は深淵を思わせる漆黒に変わり、昨日着付けた純白のドレスは、錆びたような色に変わり、所々綻び、破れていた。
一瞬敬愛するお嬢様とは分からなかった……だけど、直ぐにその身を纏う雰囲気がお嬢様のものと認識でき、駆け寄った。その時の、お嬢様の儚げな微笑みは……、まるで蜃気楼のような、不確かな存在感を帯び、どこか遠い世界から迷い込んで来た影のように見えた。
「お嬢様……」
夫人の元に歩み寄った私は、お嬢様の姿に驚きを隠せなかった。キルムとお嬢様との会話を聴き、お嬢様の儚げな笑みを見た私は、キルムの呟きと共に、キルムが感じ取った疑念と焦燥を感じとった…。
夫人はどうかと夫人の瞳を覗き見たが、疑念は感じられなかった…。
「帰って早々だけど、早馬で専属医のキャサリンに侯爵邸に来るように伝えておいたのよ。シャーリー、準備は出来てるの」
「はい奥様、客間でお待ち頂いております。診察はお嬢様の部屋で宜しかったですね」
「ええ、お願いね。」
「エリスお嬢様、お帰りなさいませ…大層痛々しいお姿に…このまま、お連れしても大丈夫ですか」
「だ、大丈夫ですわ…。」
ジッと瞳を凝視され、シャーリーに私の中を見透かされているような錯覚を覚え、少しドキッとする。
私の部屋でお母様とシャーリーとキルムを伴ってキャサリンの診断を受けた……。
髪色と瞳の色は、呪毒の影響で変化したと告げられた。
衣服の下も全身血塗れで、濡れ布巾で拭いても、既に乾いていて血が落ちない。
しかし、血塗れであっても私の削がれた手首と足首の皮膚と肉の傷跡を見て医師は絶句した。治療するまでも無く血は既に止まっていて、傷が黒く変色して塞がっていた……。
(この傷は……数刻前の傷ではありえない治癒速度……それに、胸がざわつく違和感は何……)
黙ってはいるが、キャサリンは化け物を見るような目で私を見ていた……私の心が悲鳴を上げジクジクと心が痛んだ……。
口腔内の傷を見た医師は、驚愕に目を見開いた。
(これで、生きてるのは生物学的におかしい…異常だ……!?)
呪毒を呑まされたことで、口腔内の傷が壊死していると告げられた……。
「一言で申しますと……お嬢様の身体は異常です。荒縄に縛られた傷跡に……最上級の呪毒……そんなものを飲まされて、五体満足で戻ってこられるはずがありません。エリスお嬢様、貴女の体は一体……」
化け物を見るような目は変わらずそこにあったが、その瞳には恐怖と畏怖が貼りついていた、キャサリンの思いが痛いほど伝わってくる…
私もこうなりたくてなったんじゃないのに……と、悔しさが増し、こんな姿にした奴らは絶対に赦さないと憎悪が心を満たした。
(……エリシーラ、医者の目をごまかすのは無理だ。お前の身体と心臓は今、俺の魔力と融け合って動いている。普通の人間とは生体の活動も拍動が違う)
(……分かってるわ、命が繋がっているのは、アスレンのお陰ですものね……いろいろ私が望み過ぎてるのよ……)
「……ええ、分かっているわ。今の私は、医学の物差しでは測れない。けれど……こうして家族の元へ帰ってこれた。それだけで私は十分なの……」
エリスの瞳の奥で漆黒の焔が揺らめいた。キャサリンは本能的な恐怖に、それ以上の追及を諦めた。
「わ、分かりました。入浴後に改めて診察を致しますので、それでよろしいでしょうか」
「……はい。お願いします」
キャサリンのエリスが人間じゃないと言わんばかりの挙動に、動揺を隠せなかった私は……咄嗟に疑念が口から溢れ落ちてしまった……。
「エ、エリス……あ、貴女、本当に……私の娘のエリスなのよね……」
(お、奥様!?)
(ふ、夫人!?)
固まる侍女二人に緊張が走った……。
母テリモアが不安げな顔で、震える声で私に尋ねた……。
私は、手を固く握りしめ、泣きたくなるのを我慢した……淑女の仮面を精一杯の微笑みで、剥がれ落ちないように取り繕い、耐えた。
「え、ええ、お母様。す、姿は変わったかもしれないけれど……、心はお母様の娘よ。ただ、これだけは信じて欲しいの。私はお父様もお母様も愛しているわ………。私がどう変わろうがそれは変わらないわ……」
『愛しているわ』と告げた途端に淑女の仮面が一瞬外れ、右目から一筋の涙が溢れ落ち、咄嗟に気を引締め微笑んでみせた。
「エリス……」
((お嬢様……))
娘を傷つけるつもりは無かった…最後に見せた涙……、そして、我慢しながらも微笑んで見せた……傷ついた娘の顔が脳裏に焼き付き重く心に響いた……。
今日何度目のショックだろう……改めて『お前は人間じゃ無い』と言われ続けられているような……現実はそのとおりなのだ…けれど……そうじゃない、と心が叫ぶ…。
「……お、お母様、お風呂に入ってきてもいいかしら? この血の匂いを洗い流したいの」
私は、早くこの場から逃げ出したかった。最愛の母から拒絶されたようで……心の奥底から、私を殺した奴らへの憎悪が際限なく膨らむのが分かった……。
「……お風呂に入ってらっしゃい。キルム、シャーリー、エリスをお願いね」
「「はい、奥様。お嬢様行きましょうか」」
目を合わさず、愁いを帯び俯き加減で部屋を出る娘を見ていることしかできなかった……私はどうしたら……。
「……ええ、分かったわ」
エリスが部屋を出て直ぐに背後から、無神経な父プレイドの重厚な声が響き苛つきを覚える…。
「エリス。明日の朝、緊急の親族会議を行う。そして夜には、我が侯爵家を支持する貴族たちを集めた夜会を開く。」
「分かりました、お父様…」
「王家が隠そうとした『真実』を、白日の下に晒す準備をするぞ。それから、お前に暴力を振るった取り巻きの奴らの貴族家へ報復を行う旨を綴った手紙を出す。園遊会に参加した奴らの家へも同様に手紙を出す準備を始めている。」
「はい、お父様……ありがとうございます」
「後で、執務室に来てくれ」
「分かりました。入浴後に診察があるので、その後に伺いますわ」
無神経な父プレイドの言葉に心がささくれ立つ…その時、アスレンの優しい呼び掛けに、凪のように心が穏やかに変わる。
(……エリシーラ、お前は何も変わっていない、エリスの記憶がその想いが証明している。ただ、俺という魂が加わっただけだ。お前は、お前だ、今日は、疲れただろ、後は俺の魔力に身を委ねて、ゆっくり入浴するといい)
(本当に……ありがとう。私の想いを分かってくれるのは、アスレンだけよ……)
浴室へ向かう廊下、二人の意識はさらに深く、密やかに溶け合っていった。
お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。
どうぞ、引き続きご覧下さい。
宜しくお願いします。




