第5話
エリス(アスレン)が薄暗い地下牢から続く階段を上がると、そこには豪奢な絨毯が敷かれた王城の回廊が広がっていた。
(ここから先が、私達二人を知らしめるバージンロードになるのよ)
──避難を促す鐘の音が鳴り響く
(ああ、そうだな、丁度祝福の鐘も鳴り響いてるな)
(ふふっ、そうね)
血に染まったドレスで悠然と歩くその姿は、まるで地獄から帰還した美しき死神のようだった。
「……と、止まれ!──お、お前は! エ、エリス嬢なのか!?何故お前が生きている!」
前方に立ちふさがったのは、王女直属の近衛騎士たちだ。彼らは迷いなく剣を抜く。
(エリシーラ、同調率を上げて行くぞ)
(ええ、アスレン。でも、あまり上げすぎないでね。後で私の家が修理費を請求されたら困るもの)
クスリ、とエリスの唇が楽しげに揺れる。
(エリシーラ、次は翼の操作だ)
次の瞬間、エリスの背後に広がる漆黒の翼が羽ばたいた。
「生きていたら悪いの…。不敬なのは、どちらかしら…」
黒炎が渦を巻き、騎士たちの剣を飴細工のように溶かしていく。
圧倒的な力の差に騎士たちが絶望の表情を浮かべたその時、廊下の突き当たりの大扉が開いた。そこに立っていたのは、扇を片手に、信じられないものを見るかのように目を見開いた第三王女だった。
(こいつが、お前を嵌めたやつか)
(ええ、そうよ)
「エ……リス……? なぜ、貴女がそこに立っているの……!? それに、その髪色に…瞳の色は……」
王女の震える声。エリスは優雅にカーテシーをしてみせた。
「ご機嫌麗しゅう、王女殿下。温情ある『呪毒の刑』、しかと堪能いたしましたわ。お陰様で、ダークブラウンだった私の髪も、このように白銀に染まってしまいましたわ…」
衛兵が集まりだし、王女の前に立ち塞がってエリスを囲い始める。
(エリシーラ、後ろだ…)
「まぁ、無粋な方たち。王女様の最上級の禁忌の呪毒のお陰で……見てくださいな」
折りたたんでいた漆黒の焔の翼を一瞬で爆散させ、力強く羽撃いた。背後から迫っていた衛兵の武器は融解し、一斉に距離を取る。
「ねぇ、約束通り……無罪放免の続きをお話ししましょうか、王女様?」
「そ、その力は何なのよ!? 有り得ないでしょう!」
「ふふっ。愛の力、とでも言っておきますわ。約束通り、無罪放免でいいかしら? あら、そうだったわ…もともと、私には何の罪もありませんでしたものね」
「な、何を…… 仰っているの」
「呪毒を飲まされた時、執行役のリュシテル伯爵子息が仰ってましたのよ。『王女様の気分を害したから殺されるのだ』とね」
エリスは大袈裟に両手を広げ、顔を上げ、右手で毒を流し込まれる仕草を再現してみせた。
「ふふっ……冤罪をでっち上げられ、暴力を振るわれ、髪色が変わるほど苦しんで、苦しんで……。これ、見てくださいな」
ニコリと微笑み、スカートの端を摘んでクルリと艶やかに回ってみせた。
「衛兵の皆様もよくご覧になって。これ、全部、私が吐き出した血で黒く染まっていますのよ…」
衛兵たちは目を見開き、固唾を呑んだ。そして、王女を信じられないものを見るような、非難の混じった眼差しで見た。王女の権威がガラガラと崩れ去る音が聞こえてくるようだ。
「……皆、何をボサっとしているの! その化け物を殺しなさい! 早く!」
王女の金切り声が虚しく響くが、エリスから放たれる圧倒的な覇気と、突きつけられた「冤罪」という事実に、誰も動くことができない。
「『化け物』……。ええ、そうかもしれませんわ。一度死に冥府の狭間から愛する人に連れ戻された私を、ただの人間と呼ぶには語弊があるかもしれませんわね」
エリスは王女の目の前まで歩み寄り、自分の白銀の髪に触れようとした王女の手を、黒炎の障壁で断固として弾いた。
「約束は守っていただきますわ。私は今この時をもって無罪放免。そして……」
エリスの瞳の奥で、アスレンの意志が鋭く光る。
「私が受けたこの苦しみと、エルヴァン侯爵家の名誉を傷つけた代償。……いずれ、この国全体で支払っていただくことになりますわ。覚悟しておいてくださいませ、殿下」
首をコテンと傾け、漆黒の焔が揺らめく深淵の瞳で王女の瞳を射抜く。
「ひっ!?」
(……いいぞ、エリシーラ。最高の宣戦布告だ)
エリスは満足げに頷くと、呆然と立ち尽くす群衆を割り歩を進める。
優雅に翼を揺らし、立ち塞がる近衛騎士を、鎧袖一触で無力化し同調をアスレンと試しつつ体に馴染ませて行く…。
復讐の狼煙が今立ち上がる……。
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