第4話
重苦しい鉄の扉の向こうから、無遠慮な足音が近づいてくる。
──カツン カツン カツン…
「おい、もう動かなくなってる頃だろ。……あれ程強力な呪毒を飲ませたんだ、死体もまともな形じゃねぇだろうがな」
「怖ええな…見るのが……」
「「………」」
鍵束がガチャガチャと鳴り、重い閂が外される。静寂に包まれた地下で衛兵の喉が鳴った…
「「ゴクッ……」」
ゆっくりと扉が開かれる……
ギィィ───────ッ
……と嫌な音を立てて扉が開いた。
衛兵たちが目にしたのは、彼らが期待していた「絶望に染まった死体」ではなかった。
扉を開け放った事で、冷気が開放され、衛兵達の頬を撫で恐怖に拍車が掛かる。
部屋を見渡す衛兵───
赤黒く血の海に沈んだ部屋の中央…
驚愕に目を見開き、二度見する…。
何度見ても、砕けた椅子の残骸の上に、一人の少女が座っていた。
震え上がり、目が離せない衛兵は、固唾を呑んで、怖じ気がその身を襲う…
汚れたドレスとは対照的な、月光を反射したような血に汚れた白銀の髪。
衛兵たちは恐怖に目を見開いたまま、身の毛をよだつ光景に鳥肌が止まらなかった。
そして、その瞳は底知れぬ深淵に澱んだ、吸い込まれる様な闇がそこにあった。
そして、暗闇の中で漆黒の輝きを放つ、かつてのエリスとは別人のような冷徹な瞳。
衛兵達は、唇の色が褪せ、全身を凍て付かせガタガタと震えが増し、未知の恐怖が背筋を更に凍り付かせた。
「……遅かったわね。待ちくたびれたわ」
エリスの唇が、優雅に、そして残酷に弧を描く。
(……準備はいいか、エリシーラ。少しだけ派手にやるぞ)
脳内に直接響くアスレンの低い声。その瞬間、エリスの指先に漆黒の焔が灯った。
「私は生きてるわよ。王女様との約束通り、無罪放免でよろしくて…」
エリスはコテンと首を可愛らしく傾げた。
「もし、約束を反故にするなら……分かってらっしゃるわね、衛兵さん…」
微笑みとともに、スーッと黒炎を衛兵に向けた。
衛兵たちの後ろから、彼らをかき分けるようにして王女の取り巻きの一人、リュシテル伯爵子息が躍り出た。
「な、何故お前は生きている!? お前に飲ませたのは、呪毒の中でも禁忌とされる最上級の呪毒だぞ! 有り得ない……そんなことがあってたまるか!」
「あらぁ、先ほどぶりね。よくも冤罪をでっち上げ、殴る蹴るの暴行を加えてくれましたこと…。それに……今の言葉、衛兵の皆さんもお聞きになりました? 『禁忌の呪毒』ですって…。」
エリスは立ち上がり、優雅な威厳を纏ってリュシテルに近づいた。
「ひっ!」
エリスの放つ威圧感に、リュシテルは無様に後ずさった。
「……禁忌、ねぇ…。
──そんなにそれがお望みなら、お前にたっぷり味わわせてあげようか?──」
エリスの吸い込まれる様な深淵の瞳、その口から漏れたのは、彼女自身の鈴を転がすような声と、地底から響くようなアスレンの低い声が重なった「二重音声」だった。
エリスが細い指先をスッとリュシテルの喉元に突き出す。
その先でゆらりと揺れるのは、熱さえ感じさせないほどに冷徹な、虚無の黒炎。
「な、な……っ。来るな! 衛兵、何をしている! この罪人を捕らえろ!」
リュシテルの絶叫に、硬直していた衛兵が驚きに弾かれ無造作に、槍を構えて踏み込んでくる。
(……エリシーラ、さっき試した魂の同調をやってみてもいいか)
(ええ、存分にやって、アスレン)
内側で意識が完璧に融け合う。
エリスの体は、物理法則を無視したような滑らかな動きで、迫りくる槍の穂先を紙一重でかわした。
「遅いわ」
(次は術式を使ってみてくれ)
(ええ、分かったわ)
パチン、と指を鳴らす。
その瞬間、部屋を満たしていた血の海から、無数の黒い影の棘が突き出した。
「ぎゃあああっ!?」
衛兵たちの足首を影の棘が貫き、彼らは獲物のように床へと縫い付けられた。
エリスは一歩、また一歩と、腰を抜かして動けないリュシテルの元へ。
血に汚れたドレスの裾を優雅に翻し、彼の目の前で膝を折って視線を合わせた。
「ねぇ、リュシテル様。王女様への不敬が死罪なら、貴方が私に、この消えない傷を刻んだ罪は……一体どれほどの代償があるかしら?」
エリスの白銀の髪が一房、彼の頬を撫でる。
その瞬間に走る凍てつくような悪寒。
リュシテルは恐怖のあまり失禁し、ただ震えることしかできない。
「安心なさい。今はまだ何もしないわ。……王女様との『お約束』を確認しに行かなくてはならないもの」
エリスは立ち上がり、扉の向こう……王城の深部へと視線を向けた。
その背後では、アスレンの意志を宿した黒炎が、巨大な翼のように大きく広がっていた。
(さあ、行こうか。……俺たち二人の…この世界への門出だ)
(そうね、アスレン。 今世は私達に立ち塞がる全ての障害を全て排除してみせるわ)
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