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第3話

──肺に突き刺さるような冷えた空気で、私は目を覚ました。


 薄暗い部屋。床に広がる血の海。口の中に広がる生臭さと、鉄錆を煮詰めたような酷い臭いに、思わず嘔吐する。吐き出したどす黒い血の塊が冷え切った血溜まりを叩き、波紋が壁際まで広がっていく。


 しばらくして身体の不調が落ち着き、ようやく部屋全体を把握することができた。


「戻ってきたのね。……ア、アスレン。こ、ここにいる……の?」


 もし、アスレンと再び離れ離れになることを思うだけで、私の心は不安に引き裂かれそうになりながらも問いかけずにはいられなかった…。


(ああ、君の傍にいるよ、我が愛しきエリシーラ……。しかし、酷いな、これは……)


 アスレンの声が私の髄まで温かく響いた瞬間、不安は拭われ、恐怖は一瞬にして消え去った。


 その代わりに魂に刻まれた呪の様に蝕む静かな、それでいて苛烈な怒りが胸を満たした。


 私はゆっくりと、辺りを見渡した。


 椅子は粉々に砕け、血塗れの縄は獣に引きちぎられたかのように無惨に散らばっている。


 かつて王女が「温情」と呼んだその場所は、今や私が吐き出した血で一面赤黒く染まっていた。


 改めて、身体を観察する。手首と足首の皮と肉は削がれ、痛々しく茨が巻き付いたようになっているが、その傷口から血は止まり、痛みはない。


 両手を見ると、赤黒く乾きかけた血が、まるでこれから始まる惨劇を知らしめるかのように、私の手は血で汚れていた。


 不思議に思った私は尋ねた。


「ねぇ、アスレン。私、どれくらい死んでいたと思う…」


(そうだな、既に血が乾き始めている。一時間位は死んでいたんじゃないか)


「本当に…よく生き返れたわね……」


 自分の命の灯が一度消えていたという事実に、背筋に冷たいものが走る。


 同時に、死の淵から私を引き戻したアスレンの絶大な力に、魂が震えるような感謝を覚えた。


 しかし、死の原因を思い出した途端、王女の歪んだ笑顔が脳裏を(よぎ)る。


 心臓の奥底で、泥濘のような憎悪が沸々と、焼けるような痛みと共に無限に湧き上がってきた。


「お、う……じょ……! い、痛っ……」


(落ち着け、エリシーラ)


 頭を抱えた刹那、視界が急速に色を失い、意識が暗転する。


 痛みは消え、ただ純粋な「復讐」という憎悪だけが結晶となって残った。


 身体の主導権が、自分のものではない愛しい存在へと明け渡されていく。


「入れ替わったのか……」


 私の唇が、私ではない、低く深く響く「彼」の声で言葉を紡いだ。


(えっ… わ、私の体が…)


「……漆黒の(ほむら)


 彼が呟くと、その手から漆黒の火炎が生まれた。


 揺らめく黒い火は、不気味な影を落とし床に投げかけると、床の血溜まりを瞬時に蒸発させていく。


「力の行使は問題ないな……」


(ねぇ、アスレン、私はもう体を使えないの…)


「いいや、これは一時的なものだと思う。お前に掛かる負荷が限界に達すると、俺が表に出てくるようだ」


(そう、なら良かったわ。別に私はこのままでもいいけどね。アスレンと一つになれているみたいで)


 エリシーラの無邪気な喜びが、思念に乗ってアスレンに流れ込む。


「この姿のお前の記憶を共有してもいいか。 今後、何かと不便だからな…」


(してもいいわよ。私は浮気はしてないわよ。ふふっ…)


 悪戯っ気に首をコテリと傾け微笑んだ。


「ち、違う!疑ってるとか、 そういう意味での共有じゃない」


 動揺し、わずかに揺らいだ黒い炎。


(アスレンが慌てたところ、久しぶりに見たわ。今世では初めてね)


 楽しげに微笑み、身体が無い魂だけの様な不思議な感覚、視界に制限が無くあらゆる方向を俯瞰できる、アスレンが見ている景色を楽しんだ。


 その時、魂の根源で、カチリと歯車が噛み合う音が聞こえた気がした。


「……終わったぞ。俺の魂と『エリス』の魂とのパスを繋いだ」


(うん、繋がったのが分かったよ……。えっ! エリシーラじゃなくて、今世の名前を呼んだの…)


「なんだ、今世の名前で呼ばなければおかしいだろう。嫌だったか…」


(違うの…嬉しかったのよ。前世も…今世も変わらず愛してくれるんだと思ったら……もう、仕方ないわね、アスレン。……声に出さずに、心で呼んでみて)


(ああ、こうか。エリシーラ、どうだ?)


(ええ、聞こえるわ。二人きりの時以外はこれでいきましょう)


 アスレンは、エリスの両手首に刻まれた深い傷と、赤黒く変色したドレスを見つめ、静かに怒りを滾らせる。彼の周囲で、物理的な重圧が石壁を軋ませた。


(ああ、分かった。……しかし、お前にここまでの事をした奴らは生かしておけないな)


(ありがとう、アスレン。まずはここから出ることを考えないとね)


(ああ、それと、エリシーラ自身の身を護れるように、力の使い方を覚えることが必要だ)


(わかったわ。アスレン、お願いね)


 しばらく、二人の魂の同調(シンクロ)を深め合い、入れ代わり自在に出来るようになったところに…


 重苦しい鉄の扉の向こうから、無遠慮な足音が近づいてくる音が響き始めた…。


(来たな…エリシーラ、開幕の時だ)


(そうね…復讐の幕開けね…)


お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。

どうぞ、引き続きご覧下さい。

宜しくお願いします。

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