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第29話

 ハデスの消滅と共に結界内の鳥籠が砕け、老いた両親が崩れ落ちて行く…、ツクヨミとコクヨウが即座に浮遊させ、ゆっくりと地面に降ろした。


「クッ!?エリス…」


 苦々しい(にがにが)相貌をした、苛つき慌てるアスレンは結界に仕掛けられた(ことわり)のみ解除することができた。瞬間的にエリスの元に移動し、夜空から舞い散る花びらのように堕ちゆくエリスをそっと横抱きにして受け止めた。


「……エリス…」


 結界内に再び戻ったアスレン。(かす)かに意識が残るエリスに、アスレンは叫び続けた。


「エリス!起きろ!エリス!……」


 父プレイドと母テレモアもボロボロの身体を引きずり、エリスへと縋り付き呼び掛けた。ツクヨミとコクヨウも温もりを与えるようにピトリと寄り添った…。


「エリス!起きて!お願いだから、目を覚まして!私より早く逝くのは許さないわ…お願いだから…起きて…エリス……」


「エリス!…起きろ!…起きてくれ、頼む……」


 母テレモアは、涙でぼやける視界で、必死に呼び掛け、少しの変化を見逃さないように、娘の傍らでその姿を愛おしく見つめた…。


「エリス…、あぁ…、こんなに…沢山、傷ついて…頑張ったのね…二人で…何もかも、背負い込んで…この子は…ウッ…ウッ……」


 母テレモアの震える手が、血と泥に汚れたエリスの頬を宝物を扱うように優しく、そして娘の感触を心に刻むように柔らかく撫で、心の中で娘に届くようにと願い語りかけた。


──エリス…私達は貴女がいなくなって、初めて別れの意味を知ったわ。この7年、自分たちが安らかに現世で暮らせたのは、貴女とのあの分かれの日、空が割れ悍しい怪物の鳴き声と共に溢れだし、それをエリスが現世への穴を塞いだことを聞いたわ。

 ありがとうエリス。貴女の偉業と復讐は全ての民に知らされたわ。だから安心して、誰からも感謝され、娘が神聖視される事に喜びを感じたわ。

 貴方との別れ際の話から、娘を狙い続ける何かと戦い続け、現世を守り通してくれていたからだと私達は信じていたわ。

 でもね、こうして捕らえられ、この目で貴女が何度も倒れながら…歯を食いしばって…血を流し…戦い続ける姿を見せられ、私は心が軋み悲鳴をあげていたわ…貴女はもっと辛かったでしょうね…よく頑張ったわ…私の自慢の娘よ……。


 三人の心の叫びが届いたのか、ゆっくりとエリスは目を開いた……


 エリスは柔らかく微笑み力なく、縋りつく年老いた母テレモアの頬に流れる涙を拭った。掠れる声で精一杯の言葉を伝えた…。


「ごめんなさい、こんな姿で……。でも、もう大丈夫。……もう、誰も二人を傷つけさせないわ……お母様の気持ちは…きちんと、私に届いたわ…こんな私を見捨てないで最後まで…信じて…愛してくれてありがとう……お母様…お父様……愛してるわ…」


 母テレモアは泣き崩れ、父プレイドも双眸から涙を流し続け、妻の肩をそっと抱き寄せた。


 アスレンもまた、エリスを背後から支え、静かに両親を見守っていた。


「…アスレン、最後に勝手な事をして、ごめんなさい……」


「……あぁ、許す……」


 エリスは向日葵が咲いたような笑顔で涙をポロポロと零し、アスレンへの愛の言葉を掠れた声で呟いた……


「……永遠に一緒にいる約束を破ってごめんね………ずっと一緒に…いたかったなぁ…デート…楽しかったね…ご飯作って…あげたかったなぁ……アス…レ…ン…そこに居るの……」


「…ああ、お前の傍にいる…安心しろ…」


「ア…スレ…ン…と、もっと…もっと…手を…繋いで…いた…かった…なぁ……ずっと…愛し……てる─わ─── 」


「ッ!─────エリス──」


 エリスの瞳から光が消え、腕が力なく溢れ落ち、儚くもその魂が煌めき霧散し、アスレンの胸の中に溶けるように消えて行った…。


「……あぁ、俺も愛してる…。最後の最後まで勝手な奴だ……俺も直ぐにそっちへ逝くからな……」


 アスレンは、エリスを抱え、泣き崩れている両親に歩み寄り語りかけた…。


「父上殿、母上殿……。エリスが逝きました最後のお別れをしてやってくれないか…」


 泣き崩れていた母テレモアと寄り添っていた父プレイドの二人がエリスの元に来て、再びすがりつき永遠とも感じる時間、二人は泣き続けた…。娘とアスレンの最後の会話を聞き、報われない気持ちで溢れかえり、むせび泣いた……。


 泣きつかれ、気を失うように倒れたテレモアをプレイドが愛おしそうに抱き止めていた。


「エリスは、父上殿と母上殿には幸せになってもらいたいと願って逝った。二人には現世へ戻って。光の中で、残された時間を穏やかに過ごしてほしい…」


「アスレン君、君はどうするのだ…」


「俺は未来永劫エリスと共にいる」


 しばらくして、テレモアが目覚め、エリスとの最後のお別れを惜しんだ。


「最後に、お前の力を借りるぞ…」


 アスレンが放った最後の手向けの光が、二人を包み込み、現世へと強制的に送還した…。


 消えゆく光の中、父プレイドと母テレモアは、花が咲き誇った様な優しい笑顔のエリスの幻が現れ、手を振る娘の姿にテレモアは手を伸ばし娘の名を叫び続け涙と共に現世へと帰って行った……。

 

 

「……よく頑張ったな、エリス。お前が守った世界は、今、美しい朝日を迎えているぞ」


 アスレンは、眠るエリスの白銀に戻った髪を愛おしそうに撫でた。


「お前が前世でしてくれた様に、俺もお前の所へ逝くから待ってろ」


 アスレンは、彼女と共に誰にも二人を(わか)かち妨げられない様に人知れず消えていった。



 何の罪もない少女が、冤罪から始まった、欲に濡れた負の連鎖は一人の少女をどこまでも深い闇に引きずり込み、無垢な魂を黒く染め上げ、復讐へと駆り立てた…。


 全てを紅蓮の焔で焼き尽くし、その灯火も儚く消え……報われなかった一人の少女とその傍らに寄り添い続けた青年は誰にも穢される事の無いクリスタルの柩の中で二人は未来永劫、共に在り続けた…。


 二人は手を恋人繋ぎで指をしっかり絡め、青年の腕に包まれ、幸せそうに微笑む少女と青年の二人だけの揺り籠だった……。


……Fin


お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。

これで、この話は一先ずエピローグとなりますが、皆様のお影でランクインする事ができました。このお話の続きを書くことに決めましたわ。本当の最後までお楽しみいただけたら幸いです!いつか、このお話の続きを楽しんで頂けたらと、宜しくお願いしますわ。

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