第15話
指揮官と思われる人物の上空で漆黒の翼を羽ばたかせて、白銀の輝く瞳で卑下し告げる……。
「二重音声」が響き渡る。
「──私を殺め、家族を、私の愛する者達を貴様らは殺めようとする…何度お前たちは繰り返す……貴様らは一人残らず生かしてはおけない──」
漆黒のオーラが朝日を呑み込まんと大空に強烈な勢いで立ち昇った。
──エリスの姿は殺意と共に一瞬の内にかき消えた。
白銀に燃える瞳の残光が軌跡を描き、侯爵邸を取り囲んでいた騎士達が吹き飛び、鮮血とともに木の葉の様に宙を舞った。
超高速で飛び回り、侯爵邸を取り囲む騎士達を容赦なく、翼で騎士を焼き殺し、脚で背骨を粉砕し、拳で頭を砕き、手刀で首を刈り、胸を穿ち敵を打払って行く。
「私の苦しみを…憎しみを背負って…死ねぇぇぇええ──!!」
だが、蹂躙は止まらない…。宙を舞う騎士に追い打ちを掛け執拗に粉微塵に粉砕していく、千人いた部隊の半分以上が、瞬く間に千切れ飛散し、澄み渡る空から鮮血の雨が降り注ぐ。
「な、なんだ……あの化け物は! 構わん、放て! 魔法を叩き込め!狙いは王家をあだなす、エルヴァン侯爵だ!総員、打ち込め!」
騎士団長の号令とともに、数百の魔導兵器による攻撃が空を埋め尽くす。
──ズゥドドドドドドッ!!ズゥドゥン!
漆黒の結界に火、土、風、水の様々な属性の魔導攻撃が収束し、魔力が混じり合い辺り一面を魔力の残滓が水蒸気と共に巻き上がり屋敷を覆い隠した。騎士団は破壊の余韻に昂ぶり、目標を殲滅した暗い愉悦に高揚を隠せなかった。
充填魔力がつき魔導攻撃が止んだ……だが、水蒸気と魔力の残滓が晴れたそこには先程と変わらず、漆黒の結界に守られた邸宅が佇んでいた。
漆黒の結界が全ての攻撃を吸い込み、無効化していたのだ。
「なっ!?む、無傷……だと!? 総員魔導兵器に魔力充填を急げ!!」
「私を狙わず…お父様とお母様と屋敷の者達を狙うとは…楽に死ねると思うな…死してなお苦しみ抜いて後悔させてやる」
エリスは内に溢れる粘りつく様な暗く歪な憎悪を開放した…
瞳が輝きを増し、漆黒のオーラが影の様に地面を這い騎士団全体の足下を覆い尽くしたその刹那…
地面の影から漆黒のオーラが上空へ溢れ出し、一瞬の間に騎士達を囲む半球状の異界を生み出した。
「な、なんだこれは!?突然辺りが薄暗くなったぞ!化け物が何かしようと……」
───ズゥゥゥン
騎士達の言葉は続かなかった……薄暗い空間の中で、白銀の双眸が憎悪を孕み揺らいでいた……。
薄暗い闇に浮かぶ、エリスのシルエットに双眸の輝きが騎士達を萎縮させ、その異様さが恐怖を増幅させた。
肌がひり付く圧倒的な憎悪とプレッシャーを感じとった騎士たちは固唾をのんで恐怖に震えた。
エリスが右手を振り下ろすと、漆黒のオーラが禍々しい霊気を纏い、冥府の蓋が再び開いた。
──グゥクルシイ呪ゥァウラメシイゥ怨ゥァッ──
開いた漆黒のオーラの穴から、数え切れないレイスや怨霊が這い出し、騎士団に襲いかかる。
「ぎゃあああ! 鎧が、腕が溶けるッ!」
「助けてくれ! 魔力が吸い取られて……力が……!」
「うっぐっぁぁぁああああ!?引き込まれるぅぅぅぅううう!?た、たす…け…」
残された騎士団の精鋭たちが、戦うことすら許されず地面を這いずり回りレイス達から逃げ惑う。
「奪われる苦しみを堪能できたかしら?うふふふふっ…」
レイスが飛び交うその中で、エリスは口角を上げ、漆黒の翼を羽ばたかせた。
爆速で騎士たちの心臓を鎧ごと貫き、凍てついた棘を無数に空中に浮かび上がらせ、寸分違わず騎士たちの四肢を穿ち、苦しみを与え続ける。
倒れ伏した騎士達に、レイスや怨霊が群がり、レイスに冥府へ引きずられ生身のまま連れ去らる者、怨霊に精神を貪られながら、狂気の末に絶命するものなど、阿鼻叫喚の地獄絵図を呈していた。
それはもはや戦闘ではなく、絶対的な存在による「蹂躙」だった。
わずかな時間のうちに、包囲網は沈黙の塊へと変わった。
漆黒の半球状の異界は冥界の蓋と共に消え去り、中から白銀の髪を鮮血に染めたエリスただ一人が宙に浮かび羽ばたかせていた。
侯爵邸の周辺には夥しい騎士の亡骸が倒れ伏していた……。
侯爵邸の周りは辺り一面が血の海と化した。呆然と見ていた王都民も例外ではなく、血の洗礼を受け、全身鮮血に染まっていた。
「その醜い魂、その不遜な身体ごと消滅し、魂すら残らず消滅しなさい──」
漆黒と白銀が織りなす焔が一気に広がり、侯爵邸を中心に辺り一面が焔に包まれ、 倒れ伏した騎士団は武装諸共消滅していく…その跡には血痕一つ残らず消え、騎士団の存在自体が幻の様に霞に消えた。
また、惨劇を呆然と見ていた王都民の血に染まった身体や衣服の血だけを、燃やし尽くし、王都民は互いに見比べ夢か幻を見た錯覚に陥った。
常軌を逸した出来事に、侯爵邸の親族や派閥の重鎮達、その光景を目にした王都民は、超越した力に驚愕と畏怖の念を覚え、その存在から目が離せないでいた。
血塗れだったエリスの髪もドレスも血は消滅し、宙に佇む凛とした姿がそこに存在した。朝日に照らされた白銀の髪は輝きと共に、神々しく靡いていた。
立ち昇る漆黒のオーラは燐光を湛え、その姿を見た者は、ただその場で膝をついた。それは、生存本能が命じる「畏怖と畏敬」だった。誰かが「断罪の女神様だ……」と掠れた声で呟く。その声には、救いへの期待よりも、理不尽なまでの強者に対する根源的な恐怖が混じっていた。
エリスは中庭に降り立ち、翼を閉じた。白銀に輝くその視線の先には、朝日を浴びて輝く王城が聳え立っている。
「お父様、お母様。……露払いは終わりましたわ」
父プレイドの魂の抜けたような驚愕に口を開け放心している姿を横目に…
その場に膝をついた親族と派閥の重鎮達。そして、心から心配していた母テレモアと傷も癒えぬシャーリーとキルムが駆け寄り、エリスを独りにさせない、という想いと共に抱きしめた。
一方で早朝の騒動は王都民の知るところとなった。
また、エリスの姿を見た者達は一様に悪政を敷く王政への断罪だと、「断罪の女神」の降臨を口々に噂するのであった。
エリスの白銀の瞳に宿る深淵の焔は、この国の腐敗の根源である王都そのものを焼き尽くさんとするほどに、静かに瞳の中で揺らめき燃え上がっていた。
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