第12話
王城の一室、豪奢な天蓋付きのベッドの傍らで、一睡もできずに待ち続けた第三王女サリエラは苛立ちを隠せずにいた。
「……遅い。遅すぎるわ。たかだか小娘一人と、侯爵一家を仕留めるのに、なぜこれほど時間がかかるのよ!?」
エルヴァン侯爵邸へ向かわせた二十人の精鋭暗殺部隊。そして、確実に「化け物」のエリスの息の根を止めるべく送り出した、リュシテル伯爵子息率いる三十人の暗部。
まだ薄暗い暁時になっても、誰一人として帰還の報告に現れない……。
痺れを切らし、様子を見に行かせた護衛騎士達もまだ戻らないでいた。
エリスとの別れ際に放たれた言葉が、深淵の瞳に射抜かれた恐怖とともに頭をよぎる。王女の指先が、焦燥からガタガタと震え始めた。
深夜を過ぎたにも関わらず呼び出され、王女の命を受けて、郊外の廃屋へと向かわされた二人の護衛騎士は、変わり果てた「地獄」を目の当たりにしていた。
「「……な、なんだ、これは……」」
地下室の扉は壊れ、扉があった場所を潜った瞬間、溢れ出したのは濃厚な死臭と、鉄錆の匂い。
「うっぷっ…!?なんだ……この惨状は…」
そこには、王家が誇る暗部たちが、炭化した死体、下半身を失った死体、心臓を貫かれた死体…まるで見えない巨大な力で握りつぶされたかのように無惨な肉塊となって転がり、一面が血の海と化していた。
「おっ……おえぇぇぇ……!?」
「だ、大丈夫か……こ、これは酷い…あ、あれは、リュシテル伯爵子息か……」
そしてその中央、血溜まりの中で、リュシテル伯爵子息が獣のように呻き、悲鳴を上げながら、自身の喉を掻きむしり、床をのたうち回っていた。
その瞳には、もはや理性のかけらもなく、ただ底知れぬ「恐怖」と「後悔」だけが張り付いている。
「お、おい……これって……呪毒の刑だよな……」
「あ、ああ、そうだな。だが……この様子だと死ねずに一晩中のたうち回っていたのだろう……」
二人の騎士は、死体を跳ね除けたようなリュシテルの周囲には、ポッカリと何もない、血すらぬぐったような床が広がりその惨状に戦慄した……。
「「……………」」
「お、おい。先に調査をするぞ…つ、ついて来い……」
「……ぁぁ……」
しばらく調査を行った騎士は、暗部全員が苦悶と恐怖の表情を張りつかせ、目を見開き絶望に瞳を濁らせ亡くなっていた……。
死ぬ間際まで抗うことができないような化け物に襲われて亡くなったかのような惨状だった。
「こ、これ……ぜ、全部……エリス嬢一人でやったと…お、思うか?」
「壁際の足跡を見てみろよ……どう見ても一人だろ……」
「人間に……可能なのか…この惨状を作り出すのは……」
「……俺達には無理だな……エリス嬢は、サリエラ王女に嵌められて、死して……復讐するための力を得たのだろう……」
「お、俺…帰ったら…故郷に帰るよ…」
「あぁ、そうすればいい……」
(俺も、そうするか……まずは、王家への報告が先だな……)
護衛騎士二人は各部屋を調査するが、惨殺された遺体以外は特筆することもなく、ただ一点、廃屋内には、地下から屋根へと真っ直ぐ焼き切られた跡があり、既に報告を受けていたエリス嬢の能力による破壊の跡だと結論づける。
「そろそろ良いだろう。これ以上は調べても無駄だ。リュシテル伯爵子息を、そのままじゃ連れて帰れないから……縛るか?」
「不敬罪にならないか……エリス嬢のように冤罪で殺されたくないぞ……」
「あぁ…縛らないと連れて帰れないだろ………」
「そ、そうだな…縛るか……」
近衛騎士たちは、血みどろになりながらも、震える手でリュシテルを縛り上げた。
王城へ帰還した近衛騎士は、リュシテルを監禁し、サリエラ王女の元へ向かった。
「ただいま戻りました。王女殿下」
廃屋の惨状とリュシテルの報告を受けた王女は最悪の事態に陥ったことに顔を引つらせ蒼白にさせた。
「恐らく、侯爵邸に向かった部隊も同様に壊滅しているかと」
父王から借り受けた精鋭部隊の全滅。
(……不味い、不味い、不味い…)
「リュシテル伯爵子息はいかが致しましょう…」
「……一度、会ってみるわ……」
サリエラ王女は、近衛騎士を伴って、リュシテル伯爵子息の元へやって来た。部屋からは獣のようなうめき声と、床を這いずり転げ回る音が聞える。騎士が恐る恐る鍵を「カチャリ」と外し扉を開けた…。
──ぐっ、がはっ…ぁ、ぁぁあああッ!!
両手両足を縛られ、苦悶の表情でうめき、部屋中を転げ回っていたリュシテル伯爵子息が、サリエラ王女の姿を視界に収めた瞬間…
──がっあぁぁ…ぁぁ……ぁ…───
暴れていたのが嘘のように静まり、首だけがグリっと王女に向き虚無の目で王女をジッ──と見つめ…静寂が支配する……。
「──────」
床に寝転がっていた体が重力を無視して立ち上がった…そして……ゆっくり向き直り…王女の真正面に、……立ち尽くした……。
掻きむしった首は皮膚が削げ落ち、その、双眸は漆黒に濡れ、全身血だらけの姿に、エリスを彷彿とし、王女は身を固くした。
そして…目の前のリュシテル伯爵子息の虚無の瞳に射抜かれ、底知れぬ恐怖に悲鳴を上げた。
「ひっ、ひっいぃぃぃ!?」
「……エリス嬢を…傷つけ殺した時の報いを…、同じ呪毒を…この身に受け…苦しみ抜いて死ぬことが…私に与えられた呪いだっ……そして…」
「「「………」」」
サリエラ王女と護衛騎士二人は、リュシテル伯爵子息の『呪い』の言葉に身の毛をよだつ恐怖に慄き、全身から鳥肌が治まらず…体の芯から寒気が溢れだした……。
リュシテルの声が…鈴を転がすようなエリスの声と、地底から響くようなアスレンの低い声が重なった「二重音声」に置き換わった。
「「「!!?」」」
『……私を罠に嵌め甚振り…、呪毒の刑を執行させ…、そして侯爵家を襲った恨み……この呪いは必ず受けてもらう……。おぅ、け(王家)に…必ず死より苦しい…復讐を…する…』
「「「……………」」」
サリエラ王女と護衛騎士三人は恐怖のあまり目を見開き言葉を失なった……。
「……約束…通り……伝えた………」
最後の一言を残して、崩れ落ちた。リュシテル伯爵子息は解放されたかのように安らかな顔で絶命していた……。
「ひっいいぃぃっ────」
その場に居合わせた護衛騎士は、この怪異を仕組んだエリス嬢に心底恐怖し…不可視の呪いに背筋が凍りついた…。
王女は顔から色を失い、恐怖と後悔のあまり放心し、崩れるように倒れ意識を手放した。
心神喪失となった王女に代わり、騎士から報告を受けた国王は激昂する。
「全滅だと……しかも、たった一人の小娘に!? 我が国の精鋭部隊を…だぞ! そんなことなどありえぬわ!?エルヴァン侯爵の腕利きの護衛か何かだろう!くそっ忌々しい…」
王は顔を真っ赤にして憤った。
「こうなったら、醜聞も関係ないわ!? おい! 宰相と軍務卿をいますぐ呼んでこい!謀反の罪でエリス嬢を捕まえて、エルヴァン侯爵の目の前でむごたらしく処刑してやるわ!」
こうして、王家はさらなる破滅の沼へと嵌まっていくのであった。
お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。
どうぞ、引き続きご覧下さい。
宜しくお願いします。




