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第10話

残酷な描写があります。苦手な方は閲覧はお控え下さい。

 王都の端、打ち捨てられたヴォルフィル旧伯爵邸の地下室には、湿った土の匂いと鉄錆びた血の香りが充満していた。


「ちっ! クソ忌々しい!! あいつの侍女を痛めつけても、腹の虫が収まらぬ! 早く来い! 来ないと貴様の大切な侍女が先にくたばるぞ! ホラッ、泣き叫べ! 命乞いをしろ!」


 リュシテル伯爵子息は、額の汗を拭いながら忌々しげに吐き捨てた。


 その手には、血に濡れた鞭が握られている。

 目の前では、椅子に縛り付けられたキルムが、全身を傷だらけにしながらも、その腫れ上がった瞼から瞳の光を失わずに彼を睨みつけていた。


「……お嬢様は……貴方のような、卑怯な方に……負けたりしません……っ…こ…殺すなら…殺しなさい!?お嬢様には指一本触れさせません!!」


「黙れ! あの女は、呪毒で死ぬはずだった化け物だ! 私を、王家の前であれほど無様に辱めた……あの女の絶望する顔を見るまでは、私の気は済まないのだ!」


 リュシテルは歪んだ笑みを浮かべ、再び鞭を振り下ろそうとした。その時――。


──ドゴォォォォォォォンッ!!!


 廃屋の重厚な門扉が、内側から爆発したかのように吹き飛んだ。

 凄まじい衝撃波と共に、地下室の埃が舞い上がる。

 そして待機していた王家暗部の精鋭三十名が一斉に武器を構え、入り口へと視線を走らせた。


「……何事だ!?」


 立ち込める土煙の向こう側から、カツン、カツンと、静かな、けれど心臓に直接響くような足音が近づいてくる。


 そこには、白銀に輝く瞳に漆黒のオーラを陽炎のように揺らめかせた一人の少女が立っていた。

 夜の闇を凝縮したような血に濡れたネグリジェの裾を引き、月の光を撥ね付けるほどに輝く白銀の髪。


「……エリス……! やっと来たのか、この化け物が!」


 リュシテルが叫ぶが、エリスの視線は彼を通り越し、傷ついたキルムへと注がれた。


 瞬間に、漆黒のオーラが質量を持ち地下室の壁や天井が『ズズズッ』と鳴動した。

 漆黒のオーラから、弾けるように漆黒の翼が広がり闇を呑み込んだ。

 苛立たしげに漆黒の翼が羽ばたき空間を叩くたび『パキンッ』と衝撃が走り、同時に空間に亀裂が生じる。


 「キルムをその鞭で……」


 エリスが一歩踏み出すごとに、彼女の足元から黒い霜が広がり、床がピキピキと凍りついていく。白銀の瞳が輝きを増し、威圧も増して行く…。


 エリスが一歩進むたびに後退る精鋭部隊から冷や汗が滝のように流れ落ちる……


「私が何をした…家族が…キルムが…貴様らに何をしたぁ!……何をしたか言ってみろぉぉぉぉおおお!!?」


 エリスの絶叫が木霊する。白銀の髪が燃え盛る様に巻き上がった。威圧は重圧を増し、漆黒のオーラに禍々しい霊圧が混じり、冥府の蓋が開き亡者の叫びや呪怨が静かに響き渡った。


──グゥクルシイ呪ゥァウラメシイゥ怨ゥァッ──


「や、やれ! 殺せ! その女を細切れにして、お、王女殿下へ…さ、捧げろ!?」


 暗部の指揮官の合図と共に、精鋭が影のようにエリスへ襲いかかった。


「この憎しみ、この恨み……」


 だが、憎悪を滾らせ口角を僅かに上げるエリス。


「……逃がさない…貴様ら誰一人も逃さない!(むご)たらしく…死ねぇぇぇぇええ!?」


 エリスの背後で、空間を苛立たしげに叩いていた翼が爆発的に広がり空間を軋ませ羽ばたいた。

 それはもはや翼というより、空間そのものを切り裂く巨大な黒炎の刃だった。


「ひ……ぎゃあああああああッ!!!」


 先頭にいた三人が焔に焼かれ絶叫を上げ床を転げ回る。

 その背後にいた二人の胴が、エリスが指をスーッと横へ滑らせた瞬間に上下に泣き別れ崩れ落ち、上半身が絶叫を奏でる。

 剣を抜く暇さえ、呪文を唱える隙さえ与えない。エリスは血の海の中を、まるで死神が舞い降りたように、残酷(ざんこく)に、凄惨(せいさん)に獲物を狩り始めた。


 その一歩が敵の心臓を貫き、その一振りが敵の魂を黒炎で焼き尽くす。

 三十人の「精鋭」と呼ばれた男たちは、冷酷な死神の笑みを湛えたエリスに、一人…また一人と、激痛と後悔を刻まれ、ただひたすら「肉の塊」へと変えられ、廃屋の床を赤黒く染めていった。


 漆黒のオーラから這い出た死霊やレイスが死した騎士達の魂を冥府へ引きずり込んで行く…


「あ、ああ……有り得ない……。こ、こんな……っ」


 リュシテルは、目の前で繰り広げられる「(おぞま)しき虐殺」と「怪異」に腰を抜かし、ただガチガチと歯を鳴らすことしかできなかった。


 その凄惨(せいさん)な光景の真ん中で、エリスは(おびただ)しい返り血を浴び、紅く染まったネグリジェから血が滴り落ち、幽鬼のように揺れながら、ピチャリ……ピチャリと血溜まりを踏みしめながら歩み寄る。


 リュシテルは腰を抜かし、這いずりながら後退る。

 その背中が冷たい壁に当たった時、エリスは彼の目の前でピタリと足を止めた。


「ねぇ───リュシテル様。……私のキルムを、こんなに汚してくれたの───」


 エリスの白銀の瞳の奥で、アスレンの魔力が漆黒の渦を巻く。


「ヒッ、ヒィィぃ───!?」


 彼女はリュシテルを無視するように、椅子に縛り付けられたキルムの元へ歩み寄り、同時に全身に黒焔を纏い、一瞬のうちに身体やネグリジェに付着した返り血を蒸発させた。


「……お、おじょう……さま……」


 キルムの腫れ上がった瞼が、微かに開く。彼女の頬を伝うのは、痛みへの涙ではなく、再会への歓喜だった。


「……最後に……ひと目……お会いできてよかった……」


「馬鹿ね、キルム。最後なんて言わせないわ。痛かったでしょ…良く頑張ったわね」


 エリスが優しくキルムを抱きしめた瞬間、まばゆいばかりの漆黒の光が二人を包み込んだ。

 アスレンの超常的な回復術式が、キルムの裂かれた皮膚を癒し、折れた骨を繋ぎ、失われた生命力を瞬時に充填していく。


「……あ、ああ……。痛みが、消えて……」


「もう大丈夫よ、キルム。……さあ、少しだけ目を瞑って待っていてね。まだ『復讐』が終ってないの」


 エリスは縄を消滅させ、キルムをそっと壁際に座らせ目を瞑っているのを確認すると、ゆっくりと振り返った。そこには逃げ場を失い、恐怖で顔を歪ませたリュシテルがいた。


「ま、待て! 私は伯爵家の跡取りだ! 私を殺せば、王家が黙っていないぞ!」


「王家? ……ふふ、そんなもの、もう私の世界には存在しないわ」


 エリスはリュシテルの髪をガシッと掴み、床に叩きつけた。


──ブチブチブチブチ……ドガッッ!


「グッぎゃぁァ!!?」


 指の間に挟まった頭髪を見て、眉間を寄せたエリスは、黒焔で燃やし尽くし、手を払った。


 「痛いでしょ?髪を掴まれて、地面に叩きつけられると…ふふふっ」


「…や、やめ……」


 「後は『オラッ』で、蹴り飛ばすのでしたわね…オラッ!」


───ドゴォォォォン!!


「グフッッ!!? ゲホ…ゲホッ……」


 リュシテルは壁に叩きつけられ、血反吐を吐き、痛みに床に這いつくばった。


「抵抗できないって、辛いでしょ、悔しいでしょ。そして、これが、キルムの分……」


「や、やめ、て、くれ…」


「私が同じ事を言った時…貴方は、止めてくれたかしらぁ?止めなかったでしょう」


 エリスは、黒く微笑みながら首をコテンと傾けた。漆黒のオーラを鞭に変え、リュシテルを打った…


──ビシャンンッ バッッチンッ…… …


「ぐぅうっ……た、助け、て…何でも…する、から…許して……くれ…」


「あらぁ、私のキルムは、そんな弱音は吐かなかったわよ?まぁ、いいわ。仕上げですわ」


 エリスはリュシテルの髪を掴み、軽々と持ち上げた。

 そして、白く細い手の平の上に、ドロリとした不気味な「漆黒の液体」を生み出した。


「これに見覚えはないかしら? ……貴方が私に飲ませた、あの呪毒。……それをね、アスレンの力で少しだけ『特別』に作り替えてみたの」


「ア、アスレン?……な、何を……やめろ! やめてくれぇぇ!!」


「私と同じ苦しみを、その身に刻みなさい。それと、我が家を襲撃した報いをその身を持って()()()()()()()()


 エリスは漆黒の魔力で無理やり彼の口をこじ開け、その液体を喉の奥へと流し込み、床に投げ捨てた。


「ぐっ、がはっ……ぁ、ぁぁああああああああッ!!!」


 リュシテルの全身が、内側から燃え上がるように赤黒く変色し、血管が浮き上がる。のたうち回り、自分の喉を掻きむしる彼を見下ろし、エリスは冷酷な宣告を突きつけた。


「安心なさい。すぐには死なせないわ。その呪毒はね、貴方の細胞を破壊しながら、同時に再生し続けるの。……きちんと伝言できるか、貴方の魂が燃え尽きるまで、貴方は死ぬことさえ許されず、全身を焼かれる苦しみの中で後悔を噛み締めることになるわ。それが、私と私の家族への代償よ。……さようなら、リュシテル様。地獄への道中で、せいぜい己の愚かさを呪うがいいわ」


 エリスはゴミを見るような一瞥をくれると、キルムを軽々と横抱きにした。

 背後で爆散するように展開される、巨大な漆黒の翼。


「キルム、もう目を開けても大丈夫よ。しっかり掴まっているのよ」


「は、はい……お、おじょう、さま。そ、その、黒い……翼は……」


「ふふっ、怖い?でも素敵だと思わない?これの説明は落ち着いてからよ」


(アスレン、帰りましょう。お父様とお母様が待っているわ)


(ああ。……邸宅が心配だ、急ごう)


 エリスは廃屋の天井を漆黒の炎で焼き切り、そのまま夜空へと舞い上がった。

 満月の光を浴びながら、白銀の髪をなびかせてネグリジェで飛翔するその姿は、理を脱し、真の自由を手に入れた妖艶(ようえん)な悪魔か断罪の女神のようだった。


 遠ざかる廃屋からは、リュシテルの絶叫がいつまでも、いつまでも響き渡っていた。


お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。

どうぞ、引き続きご覧下さい。

宜しくお願いします。

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