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第1話

「……あーあ。本当に無様ね、エリス?」


 悔しさと情けなさに唇を噛み締める。


……血の味が口腔に広がった。


 その場にあるのは、静寂と私の鼓膜に鳴り響く鼓動の音だけだった。


 頬の痛み、全身に広がる暴力の痕、床に押さえつけられた際の肩と腕……全身が熱く脈動している。


 頭上から降り注ぐのは、冷ややかな侮蔑の声と容赦のない暴力。惨めに這いつくばり、項垂れるしかない私……。


「無様だな、オラッ!」


──ドカッ!!


「ウグッ…」


「もっと這いつくばれよ!」


「何故私が……」という悔しさと、恐怖と、怒りが一層胸中を焦がす。


 王城の庭園。本来ならば貴族たちが優雅に社交をするその場所で、私は惨めに、嘲笑と侮蔑を湛えた多くの瞳に見下されていた。


 そっと視線を上げると、そこには勝ち誇った顔をした見目麗しい少女が立っている。


 清楚な白をベースに、水色のレースと宝石を散りばめたドレス。彼女が優雅に扇を動かすたび、縫い込まれた魔石が眩いまでの青い残光を散らし、土に塗れた私の視界を容赦なく焼き払う。宝石のような青紫の瞳は、私を人間としてすら見ていなかった。


 この国の第三王女であり、私を貶めた女。彼女の背後には、私を力でねじ伏せた騎士たちの鉄臭い気配と、「正義」の側にいると信じ切っている取り巻きたちの歪んだ笑みが壁のようにそびえ立っている。そこには、私の味方は一人もいなかった。


「身の程を知りなさい、エリス。王女である私への不敬の数々、そして、暗殺未遂」


「ち……違……」


「黙りなさい。誰が話して良いと言ったの? 」


 王女の冷徹な一喝に、周囲の空気が凍りつく。


「貴女への罰は『呪毒の刑』よ。楽に死ねたらいいわね。もし、貴女が生きていられたら無罪放免にしてあげるわ。……これ以上歯向かうなら、エルヴァン侯爵家がどうなるかしらね。ふふっ」


『呪毒』──その不吉な単語が庭園に響いた瞬間、観衆の間に波紋のような戦慄が走った。扇で口元を覆う淑女たちの瞳に、残酷な好奇心と、関わり合いを拒む拒絶の色が混ざり合う。


 私は口を噤むことしかできなかった。父と母にまで累が及ぶのを恐れたからだ。


 王女は卑劣に嘲笑った。


「これでも温情だと思いなさい。……もっとも、生きていられたとしても、呪いに侵され、惨めに這いつくばって生きていきなさいな。生きていられればの話だけどね」


 王女は汚いものを見るような目で私を一瞥すると、軽やかな靴音を奏でて踵を返した。


 彼女が去った後には、甘い香水の残香と、死の宣告を受けた私を囲む冷酷な静寂だけが残された。


「おい、衛兵!こいつを連れて来い!」と、リュシテル伯爵子息が、さも面倒くさそうに衛兵へ命令を下す。


「「ハッ!」」


 観衆の間を引きずられるようにして乱雑に連れて行かれた先は、城の地下にある歴史を刻む古びた両扉に、重厚な(かんぬき)が備えられ、床や壁には(おびただ)しい黒い染みが広がる不気味な部屋だった。


──何の罪も犯していない私が、冤罪によって刑を執行されようとしている…裁かれる事も無く…両親との別れの言葉も無く…無情にも刻々と時が進む…。


 体中に走る暴力の痛みが熱を持ち、力が入らない。


「た……すけ……て……私は……な、にも、していな……い」


 湿り気を帯びた薄汚れた部屋が、私の掠れた声を無機質に跳ね返す。


 椅子に縛り付けられた手首には、麻縄のささくれが食い込み、すでに感覚を失いつつあった。


 その横で、王女の取り巻きであるリュシテル伯爵子息が冷酷に言い放った。


「ふん、王女様の機嫌を損ねたのだから諦めろ。お前の『潔白』なんて、この部屋の埃ほどの価値もないんだよ」


 彼は潔癖そうに鼻を寄せると、埃を払うようにヒラヒラと手を振った。


 その合図で、背後に控えていた衛兵の濁った瞳が動く。


──機嫌を損ねた……ただそれだけの理由で、私は……。


 無理やり顎を掴まれ、上を向かされる。


 封印の施された瓶の蝋がパキリと砕かれた瞬間、部屋の温度が数度下がったような錯覚を覚えるほどの、悍ましい呪いの煙が立ち昇る。


 切れた口に、粘り気のある呪毒が容赦なく注ぎ込まれる。


「い……嫌……っ、ぐぅぅぁぁぁぁぁぁっ……!」


 喉を焼く熱い鉛のような感触。それが胃に落ちた瞬間、内臓が内側から無数の鉤爪で掻き毟られるような衝撃を襲った。


「いっ、つ……ぐぅ……うぐっ……ぐあっ……おえ……ぁぁ、ぁぁ……っ!」


 のたうち回る衝撃で、古びた椅子が悲鳴を上げて砕け散る。


 爆ぜた縄が肉を打ち据え、皮膚が弾けて鮮血が床へと滴り落ちる。


(痛い、痛い、痛い、苦しい、熱い、熱い、熱い……!)


 全身が内側から焼けるように熱く、呪詛と呪言と怨鎖が血管を逆流し、全身から呪いが痛みを伴い噴き出しているような錯覚を覚える。


 視界が赤く染まり、自分の叫び声さえ、どこか遠い世界の出来事のように遠のいていく。


(何で私が……何を……したっていうの……。憎い、憎い、憎い、憎い……!)


 溢れ出した憎悪が、体内の呪毒と共鳴し、黒い炎となって私の意識を焼き尽くす。


 痛みを凌駕するほどの憎悪が溢れ出し、深淵に何処までも堕ち続ける…


────世界が暗転した。


 お読み下さりありがとうございます。応援と評価を下さると励みになります。

 「転生女神と聖母テティアの創世譚〜追放された母娘が世界の闇を浄化するまで〜」の筆耕途中に気分で書き上げた作品なので、更新は1週間に1回程度を考えています。

 本命の「転生女神と聖母テティアの創世譚」の作品を超えるPV数と⭐の状況があれば、更新頻度を考えたいと思っておりますので、コメントを頂ければ幸いです。

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