邂逅
初投稿です。
王道を目指してます。
よろしくお願いいたします。
ようやく冬の冷たさの名残も消えてこれから暖かくなろうという季節に、どうして気持ちが少しばかり沈んでいるんだろう――同じ方向に歩いている同い年の、同じ制服を着た人たちはまさに『これから三年間楽しむぞ! 頑張るぞ!』という希望の表情をしているのに――きっと今、僕はここに居る誰よりも沈んだ顔をしている。はあ……と大きく溜息をついた。重い足取りでコンクリートで丁寧に舗装された道を進む。と、見えてきたのは立派な門とその後ろにある近代的な建物――今日から僕が通うことになった学校だ。ここは他の高校と少々、いやだいぶ違う。何でこんな学校に通うことになってしまったのか。受験の時、行きたい高校が特になかったから、親の勧めるままにいくつかの高校を受験した。この学校は学費がほぼタダだからという理由で親は選んだと思う。受かったらラッキーという思惑も感じた。正直僕は受かるとは思っていなかった。今だって何で受かったのかと疑問に思っている。学力試験はまだしも面接では質問――『君は何のために戦うのかね?』なんて――に全然答えられなかったから、落ちたとばかり。
ふと足を止めた。
少女の像が建っている。その周りには色とりどりの花が咲いていた。この像が誰を示すかは合格してから目を通した学校案内で知っている。この学校の創設者であるアナスタシアという女性の幼少期、だそうだ。その像の横を通り過ぎて、僕は掲示板を目指した。
「ええと、クラス……僕のクラス、は……」
自分の名前――『橘 悠真』を探す。あった。A組だ。知ってる名前は当然、ない。抱える不安が強くなった。。次は何をするんだったっけ……ああ、クラスに行って色々と書類をもらって入学式まで待機だった。
「ねえ見て見てあの子! 可愛い!」
「可愛いっていうより美人じゃない? 絶対友達になる!」
何だか後ろの方が騒がしい。
僕は何も考えずに振り返った。
一人の女の子がこちらに向かって歩いてきていた。プラチナブロンドの腰まである長い髪に、緑色の瞳。あんまり女の子に見とれたことのない僕でもつい見つめてしまった。そして気づく。その制服のリボンの色は黄色――僕と同じ新入生なんだ。彼女は周りの視線を気にすることなく掲示板へと向かった。名前が確認出来たのか、彼女はさっさとクラスに行ってしまった。ここで僕も校舎内に入ったら彼女の後を追いかけたと思われてしまうかもしれない。もうちょっとしてから行こうかな――そんなことを考えているとまた声が上がる。今度は何なんだろうと見てみれば、僕と同じ学ランを着たがっしりとした男の子が歩いている。左袖のラインは黄色。あの人も新入生。
「見ろよ、狼城 迅だ」
「ああ。あの『蒼煌の女帝』の弟――」
その言葉が聞こえたのか、彼の表情が険しくなる。
「誰だ今喋ったのは!」
その場に居る全員が口をつぐむ。彼は怒りをあらわにしていた。
「俺の前でそれを口にしたら許さない。分かったな!」
彼は大股で歩き出した――まずい、こっちに来る! へんな因縁つけられてはたまらない。僕は慌てて校舎内に入って、A組の教室を目指した。階段を上がって三階に到着。右に曲がって一番奥の教室へ。教室の入り口で名前を告げて、中に入って――。
「わ」
僕は思わず声を出した。
先ほど見かけたあの美人過ぎる女の子が僕の隣の席だったからだ。僕はぎこちない動きで席についた。何か声をかけないのも変だと思われるだろうか。
「え、えっと……僕は橘 悠真。三年間、よろしく」
僕がそう言うと、彼女はこちらを向いた。小さく微笑んでくる。クラスのあちこちから感嘆の溜息が聞こえた気がした。
「桜木 聖良です。よろしくお願いします」
鈴が鳴るような清らかな声。その音にクラス中が静まり返った。が、直後教室に入って来た人物によってその静寂は乱される。
「俺のクラスはここか。……ん?」
昇降口前で叫んでいた彼――ええと、狼城くん、だっけ。まさか同じクラスになるとは。
「お前が今回最高得点で合格した桜木か」
そう言いながら狼城くんは真っ直ぐこっちに向かってくる。
「貴方は」
「俺は狼城 迅。いいか、この学校で――いや世界で一番の守護獣使いになるのは俺だ。お前じゃない」
「そうですか。その高い志、感服します」
「っ、なんだその馬鹿にしたような言い方は!」
狼城くんが荒ぶる。僕は思わず二人の間に割って入った。
「や、やめなよ」
「なんだお前! ひっこんでろ!」
狼城くんが僕の肩を押した。僕はよろけて軽く後ろの壁にぶつかる。それを見た桜木さんが叫んだ。
「おやめなさい! ここでは皆が世界平和のために学び戦う同志でしょう!」
桜木さんと狼城くんの視線がぶつかる。一触即発の雰囲気に誰も何もできない。
「席に着け」
鋭く静かな声が教室内に響く。黒縁眼鏡をかけた先生が入って来た。皆慌てて自分の名札が置いてある席に座る。
「今日から三年間、君たちを担当する白羽 蓮司だ。入学式が始まるから講堂へ移動する。廊下側の生徒から二列になって私についてこい」
先生に言われるまま、僕たちは講堂へと向かった。講堂は僕の想像していたよりも大きかった。確か、千五百人ほど収容できると学校案内に書いてあった。上級生の視線はやはり桜木さんと狼城くんに注がれている――気がする。こそこそと小さな話声も聞こえてきた。しかし話声は先生に注意されると二度と聞こえることはなかった。
『それでは入学式を始めます。まずは校長先生のお話を――』
壇上に上がったのは白衣を纏った男性だった。白髪交じりの頭をみると、白羽先生に比べれば年齢はいっているのだろう。けれど、なんだろう。その目は少し怖い。異質な光が宿っているみたいに見えた。
『新入生諸君。校長の御影 照遠だ。――エクリプス・アカデミアへようこそ』
マイクを通して聞こえる声は何処までも冷たい。俺は思わず震えてしまった。
『|侵蝕獣という未だ正体が知れぬ脅威がこの世界に現れ、人類を恐怖に陥れてから早三十年。諸君らはその恐怖から人類を守る最後の希望だ』
御影校長先生がそう言うと、隣の桜木さんが何か呟いた。日本語ではない。どるごぇ、ぶれぇ……にゃ……?
『それでは短いがこれで挨拶を終わる。諸君らの健闘を、祈る』
その後入学式は何事もなく終わった。学校設備の簡単な説明を受けてその日は終了となった。結局、あまりクラスメイトと会話を交わすことなく僕は寮へと向かった。これから三年間過ごすことになる部屋のドアを開ける。二人一部屋だと聞いていたからもしかしたら一人で使えるスペースは狭いのかと思っていたけれど、違った。パーティションで仕切られた空間はそれなりに広かった。家から送っていた荷物はもう届いていて、向かって右側におかれていた。ベッドと勉強机。それに本棚。箪笥。ここで三年間。――僕は本当に三年間、ここでやっていけるのだろうか。今この瞬間にも世界を蹂躙している正体不明の生物、侵蝕獣と戦う訓練をするここで――。
部屋のドアが開く。
入って来た男の子と目が合った。
「お、お前が同室か! 桜木さんの隣、うらやましいぜ!」
「え、えっと……君は?」
「ああ悪い悪い。俺は佐伯 翔太! よろしくな!」
差し出された手を僕は握り返した。
「橘悠真。よ、よろしく」
佐伯くんがにかっ、と笑う。
「入学式前は災難だったな。あの狼城迅に絡まれるなんて」
「あの人って有名人、なんだ?」
「何だお前知らないのかよ。あの世界最高の浸食獣討伐部隊『絶対零度』のリーダーである『蒼煌の女帝』、狼城 翠蘭の弟だぜ。しかもあいつもう自分の守護獣持ってるんだってさ」
「そうなんだ、佐伯くんは物知りなんだね」
「翔太って呼んでくれよ。俺も悠真って呼ぶからさ」
「うん」
僕は相槌を打った。
「まあ気楽にやって行こうぜ」
「う、うん」
それから僕は翔太くんと自己紹介を交えた雑談をして――眠りについた。